第33話『森の出口と仲間の再会』

文字数 1,740文字

 木々が晴れる。森の出口だ。
 〈迷子の精(ウィル・ウィズ・ウィスプ)〉は「ここだよ」というように、 ちらちら 散って行った。
「ここは? 」
「湖だよ」
 リクの問いに、コリンが答えた。
「海みたいね」
 うしろから(のぞ)くレアが、ぽかん とした口調で言った。
 近づこうとするコリンの尻尾を、「痛っ! 」掴んだのは、アントワーヌだった。
「なにす──」
「静かにしろ」
 アントワーヌは、コリンの口を乱暴に掴んで黙らせた。(あご)で指し示す。指揮官の示す方向を見て、一行は はっ と息を()んだ。
 湖のほとり、メル⁼ファブリと ひとりの少女が、並んで座っていたのだ。
「キーラだ……」
 コリンが ぽつり と言った。
 濃い茶色の髪の毛が、うすく(くも)った空に照られて美しく輝いている。シンプルなワンピースが風に乗って揺れていた。
「あの子、妖精が見えるの? 」
 ゾーイの質問に、コリンは「いや」と首を横に振った。
「見えないはずだよ。キーラの ひいおばあさんは見える人だったらしいけどね。本人が、“私は まったく見えないし、見たくもない”って言ってたからね」
「じゃあ、どうして隣に座っているのよ? 」
 レアが(たず)ねた。が、問われたコリンは、「どうしてだろう」と首を(ひね)ってしまった。
「たまたま隣に座ってるだけかも知れない」
 絞り出してみた。が、すぐにアントワーヌに「いや」と、否定されてしまった。
「なにか話してるぞ」
「もっと近づいてみようよ」
 しびれを切らしたリクが言いだした。と──……
「誰かいるの? 」
 キーラが こちらを振り返っていた。
「出てきなさいよ。もう隠れたり逃げたりしないわ」
 気の強い少女は腰を上げると、怖がりもせず、ずんずん こちらへ近付いてきた。このまま隠れていても、すぐに見つかってしまうだろう。一行はおとなしく、キーラの前に姿を現わすことにした。
「あら」
 意外そうな声をあげたのはキーラだ。
「きのうの旅芸人さん」
 一行は首を上下に振った。
「言葉が分かるの? 」
 また(うなず)く。
「ミスター・ボイルが、英語しか話せないって仰ってたけど──隠してたって訳ね」
「アイルランド語が話せないのは事実よ」
 ゾーイが答えた。
 キーラは一瞬、首を傾げたが、すぐに理解したみたいだ。
「変な人たちね」
 と毒づくと、「で? 」と一行に向き直った。
「私のこと、迎えに来たんでしょう? 」
 聞かれて、(うなず)きそうになったリクの頭を、アントワーヌが抑えた。コリンの手綱をリクに手渡すと、先頭に出てきて、キーラと対面した。
 アントワーヌの顔は、集落の人間の前で演じていた“おとぼけ”ではなく、汽車の指揮官のものだった。
「アレを」
 と言って、アントワーヌは、キーラのうしろを指差した。
「アレを探していただけだ。今まで衣装係だといって丁重に扱ってやったのに、無断で飛び出していった恩知らずに、(かつ)を入れに来たのだ」
 指名されたメル⁼ファブリは、文字通り飛び上がって、もじもじ し始めた。
「ト、トニ──! 」
 妖精が見えると知られるのは不味い。ゾーイが(そで)を引っ張っても、汽車の指揮官は しっかり前を見据(みす)えたきり、動かなかった。
「メル? 」
 一方でキーラは、アントワーヌの指した先を見て、驚きを隠せない様子だった。
「あなたたちも、メルが見えるの? 」
「ああ、当然だ」
 アントワーヌが頷く。
「な、なぜ──⁉ 」
 と、黒目いっぱいに目を おおきくするメル⁼ファブリと、アントワーヌを見比べて、キーラは何かを悟ったらしい。何度も首を上下させ、汽車一行を手招きした。
「メルが話してた人たちって、あなたたちだったのね」
 ふたたびメル⁼ファブリの側に腰を下ろしたキーラは、一行に言う。
「さっきメルが話してた話、しちゃうけど。ずっと旅してたんだって。メルの作る服を着てくれる、メルに仕事をくれる人たちと一緒に。なるほど、あなたたちだったの」
「キーラちゃんは、どうしてメリィが見えるの? 」
 レアが、大袈裟なジェスチュアで尋ねる。見事伝わったようで、キーラが「これよ」と、林檎の種の指輪を見せた。
「これをしてから、妖精が見えるようになったの」
「どうして、メリィとこんなところに? 」
 と、ゾーイ。
「ちいさな反抗をしてるのよ。私のわがままにつきあってもらってるの」
 キーラは恥ずかしそうに答えた。
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