第22話『中断と翌朝』

文字数 1,769文字

 メル⁼ファブリの捜索を止めたのはアントワーヌだった。
「もう夜遅い。それに、アイツは妖精だ。心配する必要も、戻って来る必要もない」
 この意見には、反対したがりのレアでさえ(うなず)いた。
 人間と違って妖精にはドッペルゲンガーが存在しない。木や草や、自然は、妖精の本来の住処(すみか)なのだし。なによりも、この土地はコリンだけでなく、メル⁼ファブリの生まれ故郷でもあるのだ。
「宴会中に誰かが鈴を取って行った訳でもないし」取って行ったとしたなら、コリンが気付いているわよね「メリー本人が、下車を望んでいたのかも知れないわ」
「ただ、さよならは言って欲しかったね」
 リクも がっくりと言った。
「そうね」
 ゾーイが賛同し、話し合いを締め切った。
 アントワーヌが「明日も早いから寝ろ」と従業員たちに言い、それぞれの寝床に戻った。

 寝袋に体を つっこんで、コリンは トロトロ と眠りに落ちた。
 きょうは色々あった。朝から(ポニー)に変身したり、もうひとりの自分と出会ったり、宴会が開かれたり、ナイフ投げをしたり──しかし、コリンの心に いちばん引っ掛かっていたのは、この世界のコリンとエーファが、婚約関係になかったことだった。
 この世界のエーファは、コリンではなくムルトと結婚することになっていた。しかも、明日、結婚式が挙げられるのだ。
 綺麗なドレスを着たエーファが、パリ っとしたシャツを着たムルトと手を繋いで家から出て来る。集落の人たちが口々に、ふたりにお祝いの言葉を贈る。
 おめでとうございます。
 おめでとうございます。
「ありがとう」
 エーファが笑顔で答えるのを、コリンは遠くで見ている。
 無限に並べられた机には、七面鳥の丸焼きや脂のたっぷり乗ったステーキやら、噛んだら シャキシャキ 音を立てるであろう鮮やかなサラダやら、ずらっと並んでいて、ふだんのコリンであったら喜んで食らいついていただろうけれど、いまは、そんな気持ちになれなかった。お腹は空っぽの はずなのに、何かが ずん と重くて、豪奢(ごうしゃ)な料理たちを見ても、まるで上の空だったのだ。
「エーファ様! おめでとうございます! 」
 隣りでブローが叫んだ。幼い妹の声に、コリンは はっとなる。
 目を向けると、エーファとムルトさんが、すぐそこまで来ていた。
「コリン! 」
 エーファが大きな声で言う。
「私、……、とっても幸せよ」
「そんな訳ない! 」

 「あれ? 」
 木々を行き来する鳥の(さえず)りの中、コリンは目を覚ました。
 早朝の薄明りを見渡し、コリンは ほっ と息を吐いた。
「夢か──うう、寒っ」
 身震いした。
 とにかく火に当たろう。
 コリンが(たきぎ)の積んである女性たちの寝床へ行くと、すでに他の従業員たちが集まっていた。火を中心に、スープを飲んだり、爪を研いだり、それぞれに優雅な朝を迎えていた。
「おはよう」
 コリンが声を掛けると、「おはよう」、アントワーヌ以外の声で返事があった。
「冷えたでしょう、スープ、飲んで」
 ゾーイがコリンに水筒を差し出した。
「ジェイが作ってくれたらしいの。ちょっと しょっぱいけど、美味しいよ」
 “ジェイ”とは、汽車の料理長ソジュンの愛称だ。底なしのお人好しソジュンは、料理長のくせして汽車に乗るまで料理をした経験がなく、最近ようやく目玉焼きなど、簡単なものを作れるようになったばかりなのだ。そのため、ほぼすべての料理は、ウェイトレスであるレアとゾーイが作っていた。それなのに。
「汽車にジェイだけ残してきちゃって大丈夫だったの? 」
 リクが尋ねる。
「ニッキーがいるし、大丈夫でしょう」
 レアが答える。ニッキーとは、炭鉱夫のニックの愛称だ。
「大丈夫かなあ」
 リクが首を傾げる。
 リクは、体が大きく、手も指も、全てが ゴツゴツ したニックが──しかもだいぶ味覚音痴の彼が──ちゃんとした ご飯を作れるとは思えなかったのだ。
「複雑な お料理はできないけれど、ジェイやアディとは違ってソーセージくらいは焼けるのよ」
 レアの回答に、今度はコリンも「大丈夫かなあ」と首を傾げてしまった。
「とにかく、汽車の連中の心配より俺たちの心配だ」
 アントワーヌが仕切った。
「さっさと食料を頂いて、さっさと汽車に戻ろう」
「そうだね。もうひとりのコリンもいるし、早く戻ったほうが良さそう」
 ゾーイが頷く。
「朝食を食べたら、即出発だ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み