第3幕 愛ちゃんち

文字数 4,166文字

 明日から待ちに待った夏休み!
 だけど朝から舞子の様子が、どうもヘンだった。
 学年で一番背が高くって、ショートカットがよく似合うボーイッシュな舞子。そう、バレンタインには下級生から、いーっぱいチョコをもらっちゃうタイプ。
 そんなクールビューティな舞子に元気がないように見えたから、ちょーっと心配になっちゃって、全校朝礼が終わってから教室で声をかけてみたの。
「じゃじゃーん。舞子ちん、その悩み、ライチ様が一緒に悩んであげよーぅ!」
「ぷっ。解決を手伝ってくれるんじゃないんだ?」
「は? あたしが? あんた、このあたしと何年付き合ってんのよ。顔も普通、頭も普通、スタイルも普通、ついでに運動音痴のあたしにできることなんて、あんたに元気がないことに真っ先に気づいてあげられることくらいじゃない。で、どうしたの?」
「あははは。そういうことを恥ずかしげもなく自分で言うかー。うーん、実はね、いつも女子ミニバス部で借りてる市立体育館の壁が壊れちゃってさ、夏休みのしょっぱなから練習で使えなくなっちゃったのよ。八月の終わりには小学校生活最後の大会があるっていうのに、今さら他の練習場所なんて見つかるわけないし……」
「ナニ? あんたが壊したの?」
「壊すかぃっ!」
「ドッカーン!」
「うちはゴジラかっ!」
 近くにいた男子たちが、一斉に笑った。
「あのぅ、頼華ちゃん。そのお話、わたしでよければ力になれるかも……」
 そんなライカ・マイコのベッタベタなボケツッコミにかぶせてきたのは、お笑いになんて全く興味がなさそうな天使の愛ちゃんだったわ。
「わたしの家のお庭にテニスコートがあるんだけれど、ちょうどミニバスができるくらいの広さだと思うの……」
「ふあぁっ?」
 舞子とあたしの声が当然のようにハモった。きっと二人とも、知性のカケラもないようなアホ顔だったんじゃあないかしら。
「い、い、家のお庭にテニスコートぉっ!?
 でも舞子より、部外者のあたしのほうが少ーしだけ冷静だったわ。
「ねぇ、ちょっと、ガー! テニスコートのサイズってどれくらい!?
 一番前の席のガーが、慌てて百科事典を開く。
「や、約、縦24メートル、横11メートルです!」
 回答まで約五秒。まぁ、合格ね。
「舞子、ミニバスのコートのサイズは?」
「最低で、縦22メートル、横12メートルよ」
 横が……、少し足りないか……。
 でも!
「愛ちゃん、テニスコートの周りにもスペースはあるよね?」
「ええ、多分3メートルくらいずつは……」
「キターッ! 舞子、それだったら楽勝でミニバスできるじゃん!」
「だけど、肝心のリングが……」
「それなら兄が高校の頃、バスケのシュート練習に使ってた移動式のモノがガレージに二台あるわ。確か高さもミニバス用に調整できたはずよ」
「だ、だけど……、そんな大事なこと、隣のクラスの愛ちゃんに頼めないよ……」
 舞子の表情が曇った。
 うわぁ、愛ちゃんとは全然違うタイプの美少女だ。六年生になってからキレイになったよなぁ。これは下級生にモテるわけね……。あたしと同じで頭は普通だけれど、顔よし、スタイルよし、ついでに運動神経バツグンなんて、絶対ズルい!
「大丈夫よ、舞子ちゃん。わたしのクラスにだって女子ミニバス部のコはいっぱいいるし、市立体育館が直るまでの間ってことなら、例えお父様とお母様が反対しても、兄が喜んで説得に協力してくれるはずだもの。だって兄も紺碧小では男子ミニバス部だったのよ。それに今は、体育大学で体育の先生になる勉強してるの」
「ホ、ホ、ホント!? うち、うち、すぐ顧問の伊東先生に相談してくる!」
 最後のセリフを聞いて、いても立ってもいられなくなった舞子が、ロケットみたいに教室を飛び出していくのと同時に、あたし、思わず愛ちゃんに抱きついてたわ。
「愛ちゃん、愛ちゃん! サンキューベリーめっちゃ!」
「うふふ。頼華ちゃん、なぁに、それ?」
「あぁ、今の? これね、幼稚園の頃、ガーが言い間違えたのよ。でも、めっっっちゃ気持ちが伝わるでしょ?」
「ええ、とっても。わたしも早速使わせてもらおうっと。頼華ちゃん、この前はトートバッグを取り返してくれて、サンキューベリーめっちゃ❤ あれ、兄からの誕生日プレゼントだったの」
 あぅー、愛ちゃんが言うと、あたしと同じセリフでも、自然に語尾にハートがついて聞こえるよぅ。
「そうだったんだー。あたしも愛ちゃんのお兄さんに会ってみたいなぁ。あ、ねぇ、ミニバスの練習の時、あたしも愛ちゃんちに行っていい?」
「もちろんよ! あーん、急に夏休みが楽しみになってきちゃった」
「いーやっほぅ、やったぁ!」

 話はトントン拍子に進んで、夏休みの二日目にはもう、女子ミニバス部の練習が、愛ちゃんちのお庭のテニスコートで始まることになったの。
 集合は朝の八時、紺碧小学校から二つ先の椿峰駅改札口。キャプテンの舞子を先頭に、顧問の伊東先生も含めて、集まった女子ミニバス部のメンバーはおよそ四十人。全員お弁当持参。
 愛ちゃんちは、駅から歩いてたった三分くらいのところにあった。延々と続くレンガ造りの壁だけ見たって、小学校よりも広そうな大大大邸宅よ。お庭にテニスコートがあるって時点で想像はしてたけれど、それ以上のデカさだったわ。
 ところがよ!
 シンデレラ城みたいに立派な門に辿り着いた途端、とーっても意外な人と再会したの!
「ちょっ、池田クン! ナニしてんの、こんなとこで!? ここ、愛ちゃんちじゃない!」
「げっ、じゃじゃ馬ライチ! キミが紺碧小だってことはもちろん知ってるけど、ミニバスできる運動神経なんてないだろ。ナンでうちに来るんだよ。大体、愛は俺の妹だぞ!」
 えぇーっ!
 た、確かに愛ちゃんは池田愛だけど、えぇーっ!
 って言うか、みんなの前で大声で『じゃじゃ馬』とか『運動神経ない』とか、えぇーっ!
「い、池田クンだってあたしと同じ運動音痴のくせに、た、体育の先生になろうとしてるだなんて……」
「あ、伊東先生! 大変ごぶさたしております。父も母も仕事に出かけてしまいまして、代わりに私が皆さんをご案内するようにと!」
「おぉっ、池田クン! すっかり頼もしくなって。今回は助かりました。本当にありがとう」
 むきーっ! 大人って、大人って!
「おはよう、頼華ちゃん」
「きゃー! おはよう、愛ちゃん」
 一人でおかしなテンションになっちゃったあたしに、池田クンの後ろからひょっこり顔を出した愛ちゃんがウィンクしてくれた。うぅ、確かに整った顔立ちがよく似てる……。
 あ!
 その時、気づいたの。
 そうか。愛ちゃん、『あたしがガードレールの上を走ったこと、みんなには秘密にしておいてね』って約束を守ってくれて、お兄ちゃんの池田クンにも、あたしのこと内緒にしてたんだ!
 だって池田クン、必死にあたしを探してたわけだし、『日曜日に市立図書館に行った時、ポニーテールの女のコを見かけなかったか?』とかって、絶対に家で愛ちゃんに訊いたに決まってるもの。
 で、金曜日にあたしに会ったあと、今度は『同級生の源頼華って知ってる?』って、また訊いたはずよ。
 きっと愛ちゃんがうまく誤魔化してくれたから、池田クン、あたしがミニバスに関係なく、普通におうちに遊びに来ちゃうくらい愛ちゃんとは仲良しだってこと、知らなかったのね。
 うーん、愛ちゃん最高!
 ついでに池田クンなんて、あっかんべーだ。

「それでね、それでね、お庭にはテニスコートだけじゃあなくって、バラ園があるの。バラ園の真ん中にはね、噴水まであるのよ。愛ちゃんのお部屋もすごかったー。うちのリビングよりも広くって、家具が全部白で統一してあるの。絨毯もフッカフカで、まるで雪の中にいるみたいだったわ」
「分かったから、ご飯を食べ終わってからゆっくり話しなさいよ。ほっぺにご飯つぶがついてるわよ。それにほら、パパがいじけちゃったじゃない」
「どうせうちは狭いですよぅ。こんな小さなおうちでスイマセンねぇ」
「ナーニ言ってんのよ、パパ。パパとママは、このうちにしかいないじゃない。パパとママがいてくれれば、あたし、他にナーンにもいらないわ」
「あぅー、頼華ぁー」
 ……ふぅ。
 もうっ、メンドくさいパパだなっ。
 ――家に帰ってきて夕飯を食べ終わったら、イマイチやることがなくなっちゃって、お部屋でボーッとしちゃったわ。
 だって昼間は舞子たちがミニバスの練習をやってる間中、あたし、愛ちゃんといーっぱいおしゃべりしながら、夏休みの宿題をしてたんだもん。
 初日からこんなに進んじゃったら、最後の日に焦ってやる分がなくなっちゃうじゃない!
 で、その愛ちゃん、小説家になるのが夢なんだって。
「あのね、長野県に鬼無里(きなさ)っていう地名があるの。鬼の無い里って書いて、キ・ナ・サって読むのよ。それでね、主人公の女のコが池袋の鬼子母神で迷子の鬼のコに出会ってね、鬼のコのおうちを探してるうちに秩父の長瀞、長野県の佐久へ順々に誘導されてって、それで最後の目的地が鬼無里だってことに気づくお話を書いてるの」
「えー! すっごーい、愛ちゃん! それ、めっっっちゃおもしろそう! 鬼子母神、長瀞、佐久でキ・ナ・サかぁ。なるほどねぇ。でも鬼子母神は神社だし、長瀞は絶景の観光地だから分かるけど、佐久にはナニがあるの?」
「うふふ。『日本で海から一番遠い場所』があるのよ」
「『日本で海から一番遠い場所』!? それって、北海道の真ん中あたりじゃあないの!?
「それがね、数キロの差で長野県の佐久なんだって。だから今年は軽井沢の別荘に行く時に、兄に車でそこへ連れて行ってもらうことにしたのよ」
「わー、取材だねー。もうプロの作家さんみたーい!」 
 もしかしたら誠クンでさえ知らないかもしれない書きかけの小説のお話をしてもらえて、その時はとーってもうれしかったんだけれど……、でもね、あとからちょーっとだけさみしくなっちゃったんだ。
 だってあたし、将来ナニになりたいかなんて、全然思いつきもしないんだもん……。
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