第4幕 ガー博士の仮説

文字数 3,887文字

 なーんてガラにもなくブルーになってたら、マンションの廊下からあたしの部屋の窓をノックする音がしたわ。
「どうしたのよ、ガー。こんな時間に」
「あのね、ライチ。ライチの超能力が発動する条件を、ボクなりに一所懸命考えてみたんですよ」
 ガーは一生懸命のことを、わざと一所懸命って言う。元々は一所懸命だったのが、時代とともに一生懸命に変わったんだって。
「えー、そんなこと、どーでもいいよー。冷房かけてるんだから、窓閉めるわよ」
「どーでもいいって、自分のことじゃん! ライチ、友達のことには一所懸命になるくせに、自分のことはナンにも考えなさすぎです! それならボクのためだと思って聞いて下さいよ!」
 うわー、パパよりメンドくさーい。
「じゃあ、三分だけよ」
「わ、分かりました……。まずライチの、【急に身軽になれちゃう超能力】が発動したのは、過去三回。ボクが川に落ちた時と、この間の市立博物館の時、そして池田さんに会った時」
「あ、ガー! 池田クンって、愛ちゃんのお兄さんだったのよ。知ってた!?
「えぇーっ!?
「はい、一分」
「待って、待ってよ! で、その三回に共通するのは……」
「全部、あんたがいた。はい、二分」
「ま、まだ二十秒しかたってないですよ! 確かにいつもボクはいたけど、小さい頃から毎日のように顔を合わせてて、そのうちのたった三回なんだから、とりあえずボクは条件から外しましょうよ!」
「なるほどぉ……。それもそうね。んで?」
「えーと……、その三回に共通するのは、わざわざ条件の悪いところを選んで走ってるってことなんです」
「え? どゆこと?」
「ただ単に身軽になれるだけの超能力なら、ボクが川に落ちた時は、岸を走りながら棒かナニかを拾って助けてくれればよかったわけだし、この間の市立博物館の時は、真っ直ぐ歩道から男を追いかけて、最後にガードレールを踏み切って飛び蹴りすればよかったわけだし、それから池田さんに会った時は、ランドセルを置いて逃げればよかったわけでしょ?」
「むきーっ! つまり、いっつもいっつもこのあたしの判断が悪いってことをディスりに来たのね!?
「だからー、そ・こ・なんです。必ずわざわざ条件の悪いところを選んで走ってるじゃない? それがカギなんですよ。ボクが思うに、ヒトがまだ小さな哺乳類だった頃からもうその超能力は存在してて、天敵に襲われた時とか天変地異が起こった時に、一匹だけは群れと別行動で、わざわざ条件の悪いルートから逃げるよう、遺伝子に選択的にプログラムされてた……」
「頼華ー、お風呂入っちゃいなさいよー」
「はーい、ママ。じゃあね、ガー」
 窓、ピシャン!
「あ」
 ここからウンザリするほど話が長くなることは分かりきってたから、これ以上はないってタイミングでママに助けられちゃったわ。
 うーん、それにしても
『自分のことはナンにも考えなさすぎです!』
 ……か。
 幼馴染みだけあって、イタいとこ突いてくれるわね、ガー。 

 翌日も、あたしは朝から愛ちゃんちに遊びに行ったの。
 午前中はお部屋で一緒に夏休みの宿題をして、お昼はお庭の木陰で女子ミニバス部のみんなとお弁当を食べたのよ。
 愛ちゃんのお弁当は、池田クンが早起きして作ってくれたんだって。
 いかにも栄養満点で、とーってもおいしそうなのはいいんだけれど、すっごく量が多いの。
「ちょっと、池田クン! 愛ちゃん、牛じゃあないんだから、こんなに食べられないでしょ!」
「あはは。なら、じゃじゃ馬が残りを全部食べればいいじゃんか!」
「もうっ、あっかんべーだ。あ、そうだ。ねぇ、池田クン」
「ナンだい?」
「池田クンは、ナンで体育の先生になろうと思ったの? その……、普段は運動音痴なんでしょ?」
「まぁ、運動音痴って言ったって、真面目に頑張れば、ナンだってそこそこはできるようになるもんさ!」
 池田クンはそう言うとTシャツの袖をまくり、右腕に力こぶを作って笑ってみせたわ。スラッとした体形からは想像もできないほど、ビックリするくらい筋肉が盛り上がる。
 ま、真面目に頑張るって、一体どれくらい頑張ってるのよ!?
「キミなら分かってくれるだろうけど、いつ発揮できるか分からない身軽さなんて、初めからないのと同じだからな。結局、努力あるのみってことさ! そんなことよりミニバス部のコたちを見てみろよ。みんなキラキラしてるだろ。オレは、この感じが大好きなんだ。体育の先生になりたいって思ったのは、ただそれだけの理由さ。会社をいくつも持ってる親父には、猛反対されたけどね……。ん? なぁ、もしかして、進路に悩んでるのか?」
 確かに池田クンは、池田家を代表して女子ミニバス部の練習にただ立ち会うだけのはずだったのに、自然とみんなのコーチみたいになってた。大好きって言うだけあって、きっとスポーツを指導するのがウマいのね。元々が運動音痴だから、逆に教えるポイントがよーく分かってるのかも。
「うーん、悩んでるってほどじゃあないんだけど……」
「OK。じゃあキミは一体ナニが好きなんだい?」
「清水エスパルスよねー」
 愛ちゃんがニコニコ笑う。くうぅっ、マジ天使。
「う……ん」
「へーえ、意外だな。サッカーが好きなのか。じゃあ、とりあえずエスパルスに関係する会社で働くことを目指してみればいいじゃあないか。その会社に就職するためには、どの大学のどの学部が有利なのか調べてさ、次にその大学に入るためには今からどんな勉強をすればいいかを調べるんだ。大学に入れば、先輩の先輩くらいの人がその会社にはいるはずだから、うまくコネを使えば学生のうちからアルバイトできるかもしれない。そうすれば就職はさらに有利になる……。だろ?」
 ……将来、エスパルスに関係する会社で働けるかも……しれない!?
 うわーっ。あたし、そんなこと考えたこともなかった! いいなぁ、お兄ちゃんがいるって。
「えへへー。ありがと、池田クン。ちょっと見直した」
「まっ、これでも一応、先生を目指してるからね。キミや愛たちが中学三年生になる頃は、オレも先生一年生さ。もしかしたら紺碧中で一緒になれるかもな!」
 体育の先生か……。
 そうね、声が大きいとこなんかはピッタリよね。悔しいけど、スラッと背の高いイケメン君だから、きっと生徒たちにも人気が出ると思うわ。
「池田さーん、これ食べて下さーい」
 ほら、早速ミニバス部のコが……。
 えぇーっ! ま、まさかのクールビューティ舞子ぉっ!?
 ちょ、あんた! それ、キャラ変わっちゃってるって!

 市立体育館の壁の補修は一週間ほどで完成し、それに合わせて、愛ちゃんちのお庭のテニスコートを借りた、臨時の女子ミニバス部練習も無事に終了したわ。
 結局、池田クンは女子ミニバス部のコーチを伊東先生から正式に頼まれて、舞子は鼻血を出さんばかりに大興奮し、舞子ファンの下級生たちを呆然とさせたの。
 って言うのも、ミーハーな舞子ファンのほとんどが池田クンにもポーッとなり、ところが舞子が最大のライバルだと分かった瞬間、みーんな一気に戦意喪失しちゃったってわけ。
 舞子本人にしたって、さすがに小学六年生と大学二年生じゃあ叶わぬ恋だとは思うけど、うちのパパとママは二人と同じ八歳違いだから、可能性ゼロ、とは言い切れないわよね。
 で、池田クンが女子ミニバス部のコーチを引き受けたことで、思わぬ余波をくらっちゃったのが愛ちゃんよ。
 そう、夏休み中に愛ちゃんを『日本で海から一番遠い場所』に、車で連れて行ってくれる人がいなくなっちゃったの。
 だからその日の夜、あたしすぐにパパに頼んだわ。
「ねぇ、パパ。なるはやで連れて行って欲しいとこがあるんだけど……」
「なるべく早く? いいよ。どこ? 日本平スタジアム?」
「もうっ! エスパルスの試合は、元々観に行くことが決まってるでしょ! 違うの、『日本で海から一番遠い場所』よ」
「『日本で海から一番遠い場所』!? ほ、北海道の真ん中あたりかい? そ、それはちょっとママに相談してみないと……」
 うわー、あたしと全く同じ反応だー。やっぱり親子だなー。
「違うの、それが佐久なのよ」
「え、佐久? 佐久って長野の? 軽井沢の近くじゃあないか。へー、意外だな」
「うん。上信越自動車道の佐久インターチェンジから20キロくらいのとこなんだって。そこから沢伝いに一時間くらい登るらしいよ」
「ほーぅ、それはパパも行ってみたいな。じゃあ今度の日曜日はどうだい?」
「ホント? いーやっほぅ! でね、でね、愛ちゃんも連れて行ってほしいの」
「おっ、そりゃ名案だ。だって一週間も連続で椿峰のお屋敷におジャマしてたんだろ。ナニかお礼をしなくちゃあいけないなって、ママと話してたんだ」
 ところが話はそれで終わりじゃなかった。
『ねぇ、頼華ちゃん。誠クンも誘っちゃダメかな?』
「え? 大丈夫だよ! うちの車、七人乗りだもん。うひょー、ラッブラブね」
 少しでも早く知らせてあげたくって、すぐに愛ちゃんに電話したら、急遽そういうことになったのよ。
 うふふ。愛ちゃん、天使のわりに意外と積極的。
 はっ、愛の天使だから当然か!
 なーんてね、えへへ。
 軽井沢の別荘に行く途中で、しかもお兄さんの池田クンの運転だったら、とても誠クンは誘えなかっただろうから、夏休みの計画がこっちに転んで逆にラッキーだったわね、愛ちゃん!
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