第2幕 同じ能力

文字数 4,395文字

 月曜日に登校したら、誠クン、両足があざだらけになってた。
 努力家で負けず嫌いの誠クンのことだから、あれから家に帰って、きっとガードレールの上を走る猛特訓をしたんだわ。もしかしたら愛ちゃんを守りきれなかった自分に、腹をたててたのかもしれないわね。
 でも、練習したからって、できるようになるものなのかしら?
 だって昨日、誠クンと愛ちゃんと別れたあと、ガーがこう言ってたの。
「ねぇ、ライチ。ライチが普通の人じゃあとても走れないような……、水の上とかガードレールの上とか……、そう、極端に条件の悪いところでだけは、急に目が覚めたみたいに身軽になれちゃうのって、きっと超能力なんですよ」
「え? あんた、あたしが水の上を走ったこと、覚えてるの?」
「わ、忘れるわけがないです!」
「そう……。あれ、やっぱり夢じゃなかったんだ……」
「だから今日、ついに確信したんですよ。ライチは超能力者なんだって」
「バカねぇ、ガー。超能力って、触らずにモノを動かしたり、未来を予知したりする力のことでしょ?」
「うーん、それはそうなんですけど、たとえば目の悪い僕が、遠い場所で起こってることだけは人よりはっきり見えちゃうとしたら、それは立派な超能力じゃない? 普通の人にできないことが、生まれつきできちゃうってことは、やっぱり超能力なんです!」
「ふーん……」
 だけどホントは運動音痴のあたしに言わせれば、サッカー部の亮クンが休み時間中、ずっとボールを落とさずにリフティングを続けたり、女子ミニバス部の舞子がボールを見ずにドリブルして、そのままロングシュートをキメちゃったりできることのほうが、よっぽど超能力だわ……。
 で、その会話のわずか三十分後には、あたしの部屋の窓に、ガーが書いてくれた、あたし用の社会科見学の感想文の【設計図】がはさまってた、ってわけ。
 あたしの書きなぐりのメモに丁寧に数字がふられてて、『②と③の間に簡単な感想を入れる』とか赤ペンで書いてあるのよ。その通りに書いていくと、ホントにちゃんとした感想文が書けちゃうの。スゴいでしょ。
 あん、バカなんて言っちゃってゴメンナサイ。亮クンよりも舞子よりも、ガーのほうが断然、超能力者よね。あたし、例えばこの但し書きをただ書き写すだけでも、とても三十分じゃ足りないもの。

 ……ふぅ。
 また話が脱線しちゃったわ。誠クンたちの話に戻るわね。
 運動にしろ勉強にしろ、自分にできないナニかを同級生が、……それも運動音痴のはずの女のコができちゃうだなんて、間違っても人に言いふらすような誠クンじゃなかったから、
「あたしがガードレールの上を走ったこと、みんなには秘密にしておいてね。あれからまた一人でやってみようとしたんだけれど、もう飛び乗ることすらできないの……」
 って、あたし、愛ちゃんにだけはこっそり頼んだわ。
 愛ちゃん、
「大切なトートバッグを取り返してくれた」
 って言って、ナンだかすっごく感謝してくれちゃって、あたしたち、急にとっても仲良しになったのよ。
 えへへ。今まで何度もダブルデートしたことがあるのに、ちょっと不思議よね。休み時間になるたびに、隣のクラスからわざわざあたしの席に遊びに来ては、
「頼華ちゃんのクセっ毛、かわいい」
 とか言いながら、あたしの髪を上手にツインテールにしたり、それを今度は三つ編みにしてみたり、かと思えば、手際よく全部ほどいて、トレードマークのポニーテールにしたりしてくれるの。
 でもね、あたしは愛ちゃんのサラサラのロングヘアーのほうが、よっぽどうらやましいわ。
 ほら、また亮クンが愛ちゃんのこと、チラチラ見てる……。

 何事も起こらなかったのは、月曜日だけだった。
 小学生を無差別に突き飛ばす卑劣な犯人は逮捕されたはずなのに、火曜日から市内で似たような事件が続けて起こったの。
 狙われたのはポニーテールの女のコばかり。
 若い男が突然、脇道から現れて、
「キミか? キミじゃないのか?」
 って、大声で聞くんだって。
 どうやらターゲットは間違いなく、あたしのようだった。
 だから金曜日の学校からの帰り道、先生から集団下校するよう強く言われてたのをわざと守らずに、あたし、たった一人で歩いたわ。
 だってそうでしょ?
 仲間を逮捕された恨みだか何だか知らないけれど、新しい犯人がホントにあたしのことを狙ってるんだとしたら、大切なお友達を巻き込むわけにはいかないもの。
 それは、つぶれた大きな板金工場の前だった。
 スラッと背の高い大学生くらいのイケメン君が、腕を組んで灰色の壁に寄りかかってたの。
 長かった梅雨がまるで冗談だったみたいに、すっかり湿気の抜けた気持ちのいい風が穏やかに吹いてたわ。
『こいつだ!』
 不思議と、あたしには確信があった。
 そのあたしと目が合ったイケメン君が、ニヤリ、とやけにカッコよく笑う。
「ポニーテールじゃあなくって今日は二つ結びだが、キミだな! ガードレールの上を走って、悪いヤツを捕まえたっていうのは! まさか紺碧小だったとはね!」
 なによ、あんただって悪いヤツのくせに。それにしても大きな声ね、クセなのかしら。
 あたしは素早く考えた。
 ここで振り返って逃げ出したところで、ランドセルが重くって、きっとすぐ追いつかれちゃうに決まってるわ。
 右側の駐車禁止の道路標識に二歩駆け上がって、左側の工場の壁の上に飛び移り、上から攻撃すると見せかけて、相手がひるんだところを、加速したまま一気に商店街まで走り抜ける。
 これだ! 集中すれば、きっとできる!
 次の瞬間、あたしは壁の上にいた。
 ……はずなのに、一歩目であっけなくバランスを崩して、ゴロンって無様に道に転がっちゃっただけだった。そう、いつものドンくさい運動音痴のライチだったわ。
 イケメン君がゆっくりと近づいてくる。
 すぐに立ち上がらなくちゃあいけないのに、膝がガタガタ震えて動けなかった。
『助け……て……』
 ――崩れかけた工場の屋根に、カラスがいっぱいとまってる――。
 ナゼか、そんなどうでもいいことが気になった。
『パパぁ……、ママぁ……』
 その時だった!
「ラーイチ!」
 遠くからガーの声が聞こえたの。
 あいつ、あいつ、あたしを心配して追いかけて来てくれたんだ。でも……、今は来ちゃダメ! 危ないわ!
 ふわっ、と景色が揺らいだような気がした。
 膝が動く!
 そう感じた時にはもう、あたしは道路標識を踏み切って、壁の上にいた。
 頭がスッと冴え渡る。
 ――制服がキュロットでよかった――。
 そんなことすら考えられるくらい、冷静になれてた。
 だけど、とっても信じられないようなことが起こったの。
 イケメン君があたしと同じように、別の標識を二歩駆け上がって、軽々と工場の壁の上に飛び移って来たのよ。
 しかも、自分の力を見せつけるつもりなのかナンなのか、平均台くらいしか幅のない壁の上をスッゴいスピードで一直線にあたしの方に走って来て、ピタッ、と止まってみせたの。
『同じ超能力者だから、初めて会ったのに、お互いピンと来たんだ!』
 相手にも同じ力があるんなら、小学生のあたしには万に一つも勝ち目はなかった。
『それどころか、こいつ、あたしと違って自由に力を操ってる!』
 もう逃げることすらできなかったわ。
 揺るぎない勝利を約束されたイケメン君が、くやしいほど余裕のある表情で、ゆっくりと口を開く。
「キミに伝えたいことが……、ん?」
 あ!
 ねぇ、想像できる?
 あたしが小さい頃からよく見知ってる細い両手が、工場の壁の下から音もなく伸びてきたかと思ったら、壁の上に立ってるイケメン君の左足首をしっかりとつかんで、その動きを封じてくれたのよ!
 でもそこは、断じてあいつの身長なんかで手が届く高さじゃなかったわ。
 あたしがチラッと歩道に視線を走らせると、ガーのヤツ、壁ぎわに寝かせた自分のランドセルの上に、どうやら学校の図書室で借りて来たらしい見慣れない百科事典を立てて、ナンと、その上に乗ってたの。
 百科事典の正しい使い方ってヤツを、やっと覚えたのね! もしかして、こうなることを見越して図書室で借りて来たの? ……そんなわけ、ないわよね。だけど、あんた、やっぱり最高!
 さぁ、これで形勢逆転よ、覚悟しなさい、大声男!
「ま、待て、違うんだ! その力を子供のうちに使い過ぎると、筋肉に負担がかかり過ぎて成長が止まったり、下手をすれば命に係わることさえあるんだ。そ、そのことを伝えるためにオレは……、んがっ!」
「え? え?」
 あら、ヤダ。
 ちゃんと防御してくれないから、モロにあたしのキックが股間に入っちゃったじゃない。すっごく痛いんでしょ、男の人って、それ……。
 イケメン君は、壁の上にしゃがみ込んで、歩道へ降りることすらできずに、五分以上もウンウンうなってた。
 責任を感じたガーは、商店街まで走って行って、自動販売機でペットボトルのお水を買って来たわ。
 ……イケメン君の名前は、池田クンだった。
 お水を飲んで、ようやくまともに話ができるようになった池田クンによれば、あたしや池田クンのような、【急に身軽になれちゃう超能力者】って、一千万人に一人くらいいるらしかったわ。
 つまり……、日本だけでも十人前後いるってことよね。
「その代わり、体育のセンスは一切ないから覚悟しておけよ!」
 って、恥ずかしいくらい大声で言われたの。
 さっきは自由に力を操ってるように見えた池田クンも含めて、昔っから能力が発動する条件がどうもハッキリしなくって、スポーツにはどうやっても生かすことができないんだって。
 池田クン自身も小学生の頃、同じ超能力を持った別の大人から、そう教えられたそうよ。それで日曜日の事件の話を耳にして、あたしのことを必死に探してくれたらしいわ。それこそ、新たな変質者に間違えられちゃうくらいにね。
 『ガードレールの上を、ポニーテールの女のコがものすごい勢いで走って来て、引ったくり犯の顔面に飛び蹴りしたらしい』って、やっぱりあの現場の近所では噂になってたみたい。
 もちろん、そんなマンガみたいな噂、池田クンのような同じ超能力者でもないかぎり、誰もまともに信じやしないでしょうけれどね。
 ……そうかぁ、この不思議な力、使い過ぎると成長が止まっちゃうのかぁ。でも、どのタイミングでスイッチが入るのか、確かに自分でもイマイチ分かんないんだよなぁ。
 『昔っから能力が発動する条件がどうもハッキリしない』って聞いた途端、ガーの両目がキラキラ輝き始めたのが妙に気になるけど……。
 ま、いっか。
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