第6幕 ミニバス大会の奇跡

文字数 2,818文字

 夏休みも終盤に入り、お盆を過ぎると、いよいよミニバス大会がやってきた。
 公立、私立を合わせた市内十二の小学校が四つのグループに分かれて三校ずつ総当りし、それぞれの一位が準決勝に進むの。優勝すれば、秋の地区大会に進出よ。
 紺碧小学校は毎年、男子も女子も、その予選グループを全敗で敗退しちゃうのが悪い伝統だった。だけど今年の女子に限って言えば、舞子っていう絶対的なエースがいるうえ、池田クンの臨時コーチのおかげで、いつもの年の何倍も強くなってたの。
 試合会場は昨年の優勝校、中央小学校のグラウンド。
 午前中の第一試合で、われらが紺碧ドルフィンガールズは北小学校を大差で撃破し、午後の第二試合では強豪の西小学校にも競り勝って、ナンと十数年ぶりに予選グループ突破を決めたわ。
 ボーイズの結果は……、お願いだから聞かないで……。
 で、舞子ったら、試合終了の挨拶が終わった途端、あたしたちのところに飛んできて大号泣よ。
「ライヂー、愛だーん、ありがどおぉぉぉぅ」
「バカねぇ、舞子。頑張ったのは、あんたたちじゃん。あたしたちはナンにもしてないよ。お部屋で宿題やってただけだもん。ほら、キャプテンなんだから、しっかりしなさい。そ、そんなことよりナニやってんの!? あたしのTシャツで鼻水拭かないでっ!」
「ぢーん」
 さ、最低……。

 翌日の決勝ラウンドも、快晴に恵まれたわ。
 抜けるような夏空の下、準決勝の相手は南小学校。舞子に二人のマークをつけられたせいで、前半は息もできないシーソーゲームになった。
 ところが後半、池田クンの采配がズバリと当たり、舞子を徹底的に囮に使うことでジワジワとリードを広げ、終わってみればナンと20点差の完全勝利!
 ついに決勝進出よ!
 夢の地区大会進出をかけて戦うことになったのは、予想通り中央小学校。
 誠クンをはじめ、応援に駆けつけたみんなの期待も最高潮に達したわ。
 だけど……、現実はそう甘くなかった。
 舞子より背の高い選手を三人も揃え、チームワークにも、一人一人のテクニックにも全然スキのない優勝候補に、紺碧ドルフィンガールズは全く歯が立たなかったの。
 開始わずか五分で、誰の目にも結果は明らかになった……。
 それでも舞子だけは諦めなかったわ。
『たとえ負けると分かってたって、うち、一点でも多くとってみせる!』
 小学校生活最後の大会にかけるそんな気迫が、コートの外まで伝わってきた。
「あ、ヤバいっ!」
 ――試合終了間際のそのプレーに、一番最初に反応したのは誠クンだった。
 ライン際でルーズボールを争った舞子と相手の選手の足が交錯して、ちょうど柔道の投げ技みたいな体勢になっちゃったのよ。二人ともスピードが乗ってたから、次の瞬間、校庭に頭から叩きつけられることになるのは、このあたしにも分かったわ。
「舞子!」
 そう思った時にはもう、勝手に足が動き出してた。
 突然、世の中から一切の音が消えて、全ての景色がスローモーションになる。
 特撮みたいにゆっくり倒れてく舞子に向かって、あたしは、ただまっすぐに走った。
『野球選手みたいに滑り込んで、舞子と地面の間にギリギリで自分の体を入れる! だけど……、それじゃあ中央小のコを助けてあげられない!』
 実際に舞子の下に滑り込みながら、ちょっと遅れ気味にそう思ったわ。超高速の体の動きに、頭のほうが追いついていかなかったのね。
 でも、あたし忘れてた。
 この校庭にはもう一人……、そう、あたしなんかよりずっと速い人が来てたのよ。
 地面に背中をつけて舞子の長身を抱きとめながら、それでも必死に右手を中央小のコの頭の下に潜り込ませようとしたその時!
 この夏休みに何回も見た逞しい腕が、どこかから地面スレスレに伸びてきて、そのコの体を見事に受け止めてみせたの。
 コートの反対側にいたくせに、あたしの二倍以上離れたところにいたくせに……、やっぱりさすがだわ、池田クン!
 世界に唐突に音が戻った。
「ぐえぇっ」
 ものすごい衝撃に息が詰まる。
「ラ、ライチ!?」
「いててて。お、重いよ、舞子。あたしの目の前で転ぶんなら、ちょっとはダイエットしてよ……」
「な、なんであんたがライン際にいるのよ!?」
「えーと、親友だから……かな?」
「は?」
「ふ、二人とも、ケガはないか!?」
 池田クンのその声が合図になったみたいに、審判の先生や、他の選手のコたちや、観客の人たちが一斉にあたしたちの周りに集まってきたわ。みんなナニが起こったのか、まるで分かってないようだった。
 そう……、愛ちゃんと誠クンを除いてね。
「よし、ケガがなかったのなら続行だ!」
 池田クンが中央小のコをそっと抱き起こしてから、パンパンって、大きく手を叩く。その勢いに押されて、一度できあがった人の輪が、またゆっくりと元の位置にバラけていった。
 すごい!
 大声って、人を思い通りに操る一種の超能力なのね。
 そんなあたしの心の中を見通してか、池田クンがこっそりウィンクしてくれた。あたしも人差し指で片目を抑えて、ナンとかウィンクを返したわ。
 えへへ、ないはずの力を同時に使っちゃったね、池田クン!
「さぁ、舞子。応援してるよ。最後まで意地を見せて」
「う、うん……。ホントは池田さんに助けてもらいたかったとこだけど、ライチ……」
「なぁに?」
「サンキューベリーめっちゃ!」
「イェイ!」
 その三分後に試合終了のホイッスルが鳴って……、舞子たちの夏が終わった。

「頼華ちゃん、頼華ちゃん」
「なぁに?」
 校舎をバックにして、ちょっと悪戯っぽい顔で愛ちゃんが笑う。
 舞子たちの試合に感動して、パッチリした綺麗な瞳に、うっすらと涙が光ってた。
「いい試合だったわねー」
「うん!」
「あのね、誠クンが言いたいことがあるんだって。ほら、誠クン」
「み、源さん……。『日本で海から一番遠い場所』の時はゴメン。キミの力の謎を解き明かすことができれば、ボクの空手に生かせると思ってたんだ……。自分の都合で、キミの気持ちを全然考えてなかった。反省している。さっきのを見て、キミの能力はとても真似できないことが分かったよ。キミは……、スゴい人だ」
「え? イヤねぇ、急にどうしたの? あたしのことなんて、どーでもいいのよ。あ、そうだ! そんなことより生徒会長、ちゃんと女子ミニバス部を学校で表彰してあげてよね。創立以来、初めての準優勝よ」
「やーん。頼華ちゃん、だーい好き❤」
「え? え? ナニナニ?」
 愛ちゃんの萌えポイントって……、ホント謎だわ。

 その日の夜、マンションの廊下からあたしの部屋の窓をノックする音がした。
 誠クンからミニバス大会での一部始終を聞いたのね。
 二回……、三回……。
 でも……、あたしは最後まで鍵を開けなかった。
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