プロローグ

文字数 1,002文字

 あたしね、水の上を走ったことがあるの。
 えへへ。自分で言い出しておいてナンだけど、話に突拍子がないにも程があると思うわ。
 ……そうよね、夢だったのかもしれないわよね。だからこのことは、いまだにパパにもママにも内緒にしてるんだけれどね。

 あれは……、幼稚園に入ってすぐのことだった。
 幼馴染みのガーが、近所の川に落ちたの。
 キレイな花が川辺に咲いてて、それを摘もうとしたのよ、あいつ。
 それが違うの、あたしにプレゼントするためなんかじゃない。見たことがないモノに目がないのよ。新しいナニかに出会うと、それに夢中になって、ホントに大事なことを見落としちゃうんだわ。変わってるでしょ。
 ドボン!
 マンガみたいにふざけた音がして、川に落っこちたガーは、みるみる流されていった。
 その時だったわ。あたし、あいつを助けるために、無我夢中で走り出してたの。
 そう、水の上をよ!
 走りながら、まだ冷たい川の中に手を入れて、ガーの襟を引っ掴んだ。さすがに体が沈みかけて、次の一歩が出なかったわ。
 それでも反対の手を必死に伸ばして、岸に生えてた細い木の枝を握ったの。一気に枝がしなり、あたしの体を軸にして、ガーの体がグッと川辺に寄った。
「ぐうぅっ」
 腕が、腕がちぎれる!
 二人分の水の抵抗に負けて、幼稚園児のあたしは、せっかく捕まえた命の枝を、いつまでも握ってることはできなかった。
 もう、ダメ!
 だけどそう思った瞬間、奇跡は起きたわ。
「ライチ!」
 ナンとか岸に辿り着いたガーが、今度はあたしのことを川から引っ張り上げてくれたの!
 あいつね、寒さに震えながら、泣き出しそうな顔でこう言ったのよ。
「ラ、ライチ……。サ、サ、サンキューベリーめっちゃ……」
 あはは、何回思い出しても笑っちゃう。舌が回らなかったのね、きっと。覚えたての英語なんか、ムリに使おうとするからよ。
 でも……、気持ちは通じたわ、すっごくね。

 あたしの名前は源頼華(みなもとらいか)、小学六年生よ。
 うん。仲のいい友達からは、ライチって呼ばれてる。
 だけどね、普段は運動音痴で、四段の飛び箱すらまともに飛べないの。
 もちろんプールや海でも、また水の上を走れないかって思って、何度も試してみたんだけれど、いつだって一歩目から普通に沈んだわ。
 撃沈よ、撃沈。
 やっぱりあれは、夢だったのかしら――。
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