第7話

文字数 1,771文字

 君は、宣言通り、とてもきれいだった。
 出会った頃の私たちとは、何もかもがまるで違っていた。
 例えば君の髪。学生の頃は肩に付くくらいの茶髪だった。思い切ったショートヘアにしたのは就活のためだった。黒く染めた髪は、艶やかでよく似合っていた。
 例えば私の髪。あの頃黒髪のボブだったのが、今は伸びて、胸まである。伸ばしたのは今日のためで、理想の花嫁の髪型になるのに必要な長さまで、我慢して伸ばした。
 例えば服装、私は純白のウェディングドレスで、君は紺のドレス。結婚がまるで想像もできない遠い国のできごとだった時から、私たちはずっと二人だった。
 例えば爪、今日のためにサロンに行った私の爪は、普段使いなんて到底できなさそうなキラキラしたものになっている。おしゃれな君はセルフネイルをよくやっていたけれど、社会人になってからはやらなくなっていた。
 私たちは何もかもが変わっていて、それでも、初めて見た時に目を奪われた君の姿勢のきれいさは健在で、そこには確かな華やかさと凛とした強さが滲んでいた。
 私の希望を聞いてくれた彼のおかげで、自然な雰囲気が魅力的な、木漏れ日の射す教会で式を挙げた。親族と、互いの近しい友人が数人づつ。君に送った招待状には、マナーに則った返信が来た。それ以上でも以下でもないけれど、あの最後の言葉を忘れられない私と、忘れていない君がそこにいて、嬉しかった。
 父親に手を取られて、入場の扉があいた瞬間、君のいる場所が分かった。ヴァージンロード沿い、友人席の一番後ろの列にいる君は、まっすぐに私を見ていた。
 練習どおり、前にいる彼を見て進む私は、左側にいる視界の端の君にずっと集中していた。そうしない、なんて出来なかった。君を見るのは実に半年ぶりだった。
 君はひどく優しい目をしていた。私の部屋で朝を迎える時はいつも、こんな顔をしていた、と懐かしくなった。飲んだ次の日は、決まって変に早い時間に起きてしまう私は、横で寝ている君を起こさないように水を飲むのだけれど、君はいつも、かすかな物音でも目を開けた。
 いつしか君専用になったガラスのコップに水を注いで渡すと、律儀にありがとうございます、と言って一気に飲む。君は私の体調を気遣ったあとは、先にシャワーを浴びて、私がシャワーを浴びている間に身支度を軽く済ませて、始発に合わせて家を出る。君が朝、家にいるその時間は、私がありのままでいられる唯一の時間だった。他の誰のことも気にしなくて良い、一番安心できる場所だった。普段なら絶対に起きていない時間に、普段ならいない君と過ごす休みの日の早朝、私たちは同じ匂いに包まれて、幸せだった。
 君が家を出発する時、私は部屋着のままエントランスまで君を見送る。晴れていれば君が角を曲がるまで、道に出る。雨の日とか、寒い日は、君が許してくれないからエントランスまでで我慢する。そうして、がらんとした部屋に帰る。後に残る、君しか使わないコップが寂しさを加速させるから、真っ先に洗う。大抵その日は休みだから、時間を持て余してはまた、君にメッセージを送る。
 君の目の前を通る時、大勢の拍手の音を縫って、君が言った、おめでとう、が聞こえた気がした。たった一歩で通り過ぎた、その一歩が、永遠に思えた。振り返ったら泣いてしまう、と思った。
 あの日から、本当はずっと前から終わらせるべきだったかもしれない私たちは、今日、私が罪悪を感じることで限りなく永遠に近づく。君が二回繰り返した罪と、今日私が侵す、比べ物にならないぐらいの大きな罪が、互いを互いに縛り付けて、離れられなくなる。私は君のものだし、君は私のもの。証拠なんてないけれど、君も同じ気持ちでしょう。
 柔らかな光に包まれた道の先、緊張した面持ちの彼に、私の手は渡る。純白の手袋越しに、良い生地の上着に包まれた彼の腕の固さを感じる。どこか柔らかい君の腕とは、違う。
 君の見守る中、私は彼と唇を重ねる。
 かすかに震える手でベールをあげた彼が、照れながら私と目を合わせる。そうして練習通りのタイミングで顔を寄せるから、私は目を瞑れば良かった。
 世界中の誰よりも見られたくない人の前で、世界中で一番幸せな瞬間を迎えた。
 唇が重なった瞬間に、沸き起こる拍手の波の中、君は確かに微笑んでいると、見てもいないのに分かった。
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