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 三好と親密になるまで、わたしは男と月に三、四回ほど会っていた。最初のうちは喫茶店などで待ち合わせ、ホテルに行く前に軽くお茶を飲みながら雑談をするようにしていたが、そのうちそうした粉飾は省略され、会ってすぐホテルに直行するようになった。そしてそれで何の問題もなかった。むしろわたしたちの間で、お互いの人格は邪魔になった。わたしはただ殴り、男は殴られるだけの存在になることを切望した。
 一方でわたしは三好との生活を楽しみ、性交を楽しんだ。それはわたしを性的に満足させたが、しかし男との行為によって得られる充実とはどうしても質が異なった。わたしは三好を抱きながら、わたしの攻撃をかたく拒む男の骨の感触を思い出すことがあった。そういうときわたしは三好の肩や腕を噛んだ。三好は「痛いよ」と言いながら嬉しそうにしていた。
 一時期、三好に頼み込んで殴らせてもらうことも考えた。しかし実行はしなかった。もし三好と暴力で繋がってしまえば三好と人格同士の交流ができなくなるかもしれない、それが嫌だったのと、わたしがどうしても女を殴る気になれなかったからだ。それは今の社会に流通しているような規範意識のためではない、わたしが女を殴りたいと思わないのは、その中に子宮があることがどうしても意識されてしまうからだ。三好の子宮を傷つけてしまうことをわたしは恐れた。これ以上(・・・・)三好から何も奪ってはいけないと思った。
 男を殴ってきたある夜、わたしは三好とくっつきあうようにしてベッドに横になっていた。目を閉じ、三好の規則正しい呼吸を聞いていると、そのうち意識が波打ち際で行きつ戻りつする小枝のように夢の入り口に近づいたり遠ざかったりした。その日の夢の中には三好がいた。三好は服を着ていたがなぜかその下が透けて見えて、子宮があるあたりの腹に赤黒い痣が広がっているのがわかった。そのうち、仁王立ちになっている三好の股から血が垂れた。経血とは違う、さらさらとした鮮紅色の色水みたいな血が、三好の真っ白い内腿をゆっくりと伝って流れた。わたしは目を開けた。横を見ると、三好はわたしの方に顔を向けて気持ちよさそうに眠っていた。軽く頬をつっついてみると、伏せられた睫毛がぴくりと動いたが、しかし瞼は閉じられたままだった。それを見ていたらふと、三好を大事にしたい、と思った。できることなら三好との関係を、丁寧に積み上げてみたい。そう思った。わたしのビジョンの中で三好はなぜか、足の間から血を滴らせながら、嬉しそうに笑っていた。
 大事にしたい。だけどどうやって? 三好の寝息を感じながらわたしは考えた。わたしたちはもうすぐ四年生になろうとしていた。わたしも三好も院に進むつもりはなかったから、つまり、就職活動の時期が迫っていた。就活の話題はわたしたちの間に出てきていても何の不思議もなかったし、実際三好以外の同級生とはしょっちゅう就活が不安だという話をしていた。だけどわたしと三好が二人でいるときは、自然に、徹底して、その話題が避けられていた。未来の話、将来の話、それはわたしたちが目を背けていたいものの一つだった。三好の細い髪を撫でながら、未来、と小さくつぶやいた。三好の髪がわたしの息でふわりと揺れた。
 未来、未来、世の中の同性カップルは一体どんなふうにしてその暗く恐ろしく悲しいものに対処してるんですか? わたしたちはいわゆるちゃんとしたカップルなわけじゃないけど、でも悩みの方向性はだいたい同じだろう。付き合おうとかって言葉がわたしたちのどちらからも出てこなかったのだって、きっと、わたしたち二人とも「二人でいる未来」を思い描けなかったからだった。わたしたちは結婚できないし子供も作れない、愛があれば形式なんて必要ないという考えもあるだろうがわたしたちの間には愛があるのかすら怪しい。あるとかろうじて言えるのは、性的な快感と、ともに過ごす時間の心地よさだけだ。もしかしたらその心地よさを愛と呼ぶ人もいるのかもしれない、でもわたしにはそう呼ぶにはあまりに頼りないものに思えた。そういう頼りないものを補強して、愛ですよと横から保証してくれるのが、目に見える形式なのだと思った。形式、そう頭の中でつぶやきながら身をよじった。結局人はわかりやすくみんなの目に見えるもので規定されるしかないんだなと思った。それは考えてみれば至極当然のことだった。そういう「当然のこと」で傷ついている人が世の中にはどのくらいいるんだろう。

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