アンネの鍛冶場小屋
文字数 12,039文字
そのままぶらぶらと表通りを歩けば、
その敷地の
門を入ると、左斜め前に、
秋も深まって、色づいて
どこかで目にした西洋の風景画のようだ。
──ここが、日本とは。
仲之助は、そんなことを思いながら、戸口に立った。
通されたのは、玄関の
「次の間」といっても、仲之助の居室より広い。
玄関ホールからは二階に上がる大階段があった。その階上から音楽が──ピアノの音色がポロリポロリと聞こえてくる。仲之助には、なんという曲ともわからないが、快活なメロディーだった。
──あの子が、
アン、と呼ばれていた銀髪の少女。
いったい何者なのだろう。
「ふん」
開け放たれたドアのほうから、鼻息が聞こえて、仲之助は顔をあげた。
肉付きのいい少年が、腕組みをして立っていた。
大きくて丸い顔に、三角定規のような鼻がちょこんと乗っている。その鼻筋の通り方は、どこか西洋人を思わせた。十歳くらいだろうか。
「やあ、こんにちは」
仲之助は座ったまま、笑顔で声をかけた。
だが、少年はいかにも
「一家の主人に、座ったままこんにちはとは。軍の規律も相当
「な……?」
やれやれ、と少年は次の間に入ってくると、仲之助の向かいに座った。テーブルに出されていた
「僕はこう見えても、原田家の
「し、失礼いたしました!」
太っちょの少年は、立ち上がって敬礼した仲之助を見て、
「へへ、兵隊さん、びびりましたね。冗談ですよ、じょーだん」
僕が嫡男なのは、ほんとですけどね、と少年はまた菓子を口に運ぶ。
「おじいさまはいらっしゃらないのに、新顔の兵隊さんが来るなんて珍しいですね」
「少将閣下はご不在ですか」
ああ、だめだめ、と少年はかぶりを振る。
「このうちに出入りするなら『閣下』はだめです。おじいさまがいやがるから」
「いやがる?」
「『そういう
「三等に?」
「その
──いつも、ああなのか。
砲兵工廠であった老人の
仲之助は
「では、アン
げっ、と少年は
「まさか、兵隊さんもアンネを追っかけてきたの」
兵隊さんも、という意味は、裏庭に案内されて、すぐにわかった。
「師匠、こんなもんですかぃ」
「……曲がってる」
「くっ」
駿河台の、
一面に、白い布がはためいていた。シーツの海だ。
午前いっぱいをかけて、この大量の洗濯物を済ませたのだろうか。
少女は腕まくりをして、自分の
その少女にこき使われて、日焼けした職人風の男が悪戦苦闘していた。
どう見ても、この
「アンネ」
少年──クマオというらしい──が声をかける。
「お。ぼっちゃん。そちらさんは?」
なぜか、職人風の男のほうが反応する。
「アンネを追っかけてきたの。
「なにぃ?」
年は三十を超えているだろうか。どんぐり
仲之助は、あわてて否定した。
「いや、自分は決して、そのような」
池さんと呼ばれた男は、なぁに、
「なんだかズレたお人だねえ。俺は
「小石川の砲兵工廠から来た、伊藤仲之助です。それにしても、いったい何を──」
「……今日は、月曜日」
アンが、さも
「月曜日は、
そして──。
仲之助もまた、上着を脱いで、洗濯物と格闘することになった。
シーツ、テーブルクロス、
干すべきものは無尽蔵にある。
中には仲之助が見たこともないようなレース編みの
この邸の敷地は
中には六軒の家屋と洋館があり、それぞれから洗濯物が出る。
「家を建てるのはおじいさまの
洗濯の日である月曜日には、それらの家々の大物を一度に洗う。
それが、アンの、この家での仕事なのだ。
──あんな小さな身体で。
東北の生家では、たしかに小さい弟妹も、いつも家の手伝いをしていた。
だが、背の高い物干しと、細く小さいアンの姿は、いかにも
彼女は、使い古した木箱を台がわりに、
棒切れのような手足は、少し間違えば、すぐにでも折れ曲がってしまいそうだった。
その上、そんな作業をしながら、彼女は肩で息をしている──。
庄太郎と仲之助、そして──
──なるほど、これは、なかなかの重労働だ。
仲之助が息をついたとき、庄太郎が声を上げた。
「よおしっ、終わったっ! 師匠っ! 行きましょう」
「池さん、行くというのは……?」
庄太郎は、仲之助に胸を張ってみせる。
「おう、師匠の工房さぁ」
工房とは、物干し場からも見えていた、煉瓦造りの小屋だった。
「これはアンネのじゃない、おじいさんの
クマオは、不満そうに教えてくれた。
──少将の実験室か。
戸をくぐった仲之助は、目をみはった。
小屋、といっても広い。建物の中は奥の半分ほど、地面が掘り下げられており、天井が高く感じる。
鍛冶場小屋というだけあって、金属を溶かす
一角には薬品棚があり、変色したラベルに
感心してあたりを見渡していた仲之助の
「ここで何を……?」
「こいつを、
庄太郎が、
仲之助の胸のあたりまである、大きな回転輪。
機関車の模型のような機構部の真ん中に、
「アクロイド式ってんだ。うまくいきゃ、こんなオンボロでも結構な馬力が出る」
アンは、鋼鉄の管のようなものを庄太郎に見せた。
「……中が、腐食している」
「おっと、やっぱりか。こりゃ交換だ」
うちの
仲之助は、目を輝かせて、鈍く光るギヤやパイプに見入った。
「お、兵隊さんもわかるか、こいつの
庄太郎が、仲之助の様子に気づいて言う。
「ご
もったいねえじゃねえか、なあ、と庄太郎は仲之助の肩をバンバン叩く。
「でも、アン嬢は一体、これをどうしようっていうんです?」
仲之助が聞くと、アンがぽつりと言った。
「電気を、作る」
「電気?」
「ここでは、電気が夜しかこない」
それはそうだ。電気は電灯をつけるためのもので、家庭用の契約では、夕方から深夜までか、長くて翌朝までしか供給されない。
「それに、
アンは、いかにも不満そうだ。
たしかに、翌朝までの契約をすると電気代は、月二円はするだろう。砲兵工廠の工員たちの給金が一日
──だが、昼間に、電気で何を?
仲之助が考え込んでいると、庄太郎が待ちきれないように声を上げた。
「そいじゃ師匠、今度はこっちの図面を見てくれよ」
と棚に置いた
「……ずいぶん大きい」
「そうさ、こいつは船に積むんだ」
仲之助も図面を
全体的に目の前にあるアクロイド式と似ている──ように見える。
「これも、アクロイド式ですか」
「てやんでぇ、馬鹿いっちゃいけねぇ」
庄太郎は
「いいかあ、アクロイドってのは、こう、外から火を入れてやる必要があるのよ」
火を吹く先端を振りまわしながら、庄太郎は熱弁を振るう。
「だが、こいつぁ別もんだ。こう──」
スコン、と火を吐く
「空気を圧縮する。そこに燃料を吹き付けりゃあ、熱がなくても火がつく。圧縮着火。それが、ディーゼル氏式のおもしれぇところよ」
「あ、あの、池さん、熱いんですが……」
仲之助が身をよじって火を避ける。
アンは、そんな仲之助たちには構わず、いつの間にか出してきた角砂糖をポリと
だが、ふいに首をかしげて、一角をトン、と指した。
「これじゃ、だめ、かも」
庄太郎が、なんだってぇ、と着火器を仲之助に押し付ける。
「師匠、どこだ」
「これ……排気弁が先に閉じる」
おおお、と庄太郎は頭を
「あの人はいつも、あんな感じかい?」
ようやく炎を消した仲之助は、長椅子に腰を下ろして蒸気船のおもちゃをいじっているクマオに耳打ちする。
クマオは、小さく息を
「あんな感じだね」
アンが、悩んでいる庄太郎を置いて、仲之助の前に立った。
「……それで?」
今日初めて、アンが仲之助をまともに見た気がする。
「ああ……そうそう」
すっかり、本来の用事を忘れていた。仲之助は、例のアルミニウムの
作業は、思いがけないことで難航しそうだった。
「
三軒隣に
日焼けした顔でニカッと笑い、性格は竹を割ったようで、
半年ほど前、不幸にして夫の島田
そんなマツが、警察にしょっぴかれた。
三歳になった、息子の
「おマツさんが忠ぼうを殺すなんて、考えられません」
初音は、仲之助にそう訴えた。
底冷えのする早朝、その
ここ数日、雨も降らぬ晴天で、
その
身につけているのは、ふんどし一枚。
顔を下にして浮いた、その背は真っ赤だ。
舟を出して、
はずみで、真っ赤な子供の身体が、くるりと天を向いた。
親父は、ひえっと声をあげて、舟底にへたり込んだ。
子供の顔は、
「……<
「げっ」
机にかじりついて、仲之助の話に聞き入っていたクマオが飛び上がった。
背後で突然、声がしたからだ。
仲之助も驚いて、小屋の戸口を振り返る。
西洋人形のように、きれいに巻かれた髪。桃色のワンピースを着た女の子が、壁にもたれて話を聞いていた。
「おノブ、おどかすな!」
クマオが
「お兄さまは、犬が鳴いても悲鳴をあげるじゃないの」
──兄妹なのか。
仲之助が立ち上がると、女の子はごきげんよう、と
「事件のことを知っているのですか」
「ええ、もちろん。学校の前で子供の遺体が上がったといって、警察の方々がずいぶん大騒ぎをなさっていましたもの」
学校──。
たしかに、湯島の川岸は、
クマオとノブという、この兄妹は、
遺体の異様さ、そして
予審判事は、事件が本裁判で審理すべき事案かを判断する役目を負っている。
そして、顔の崩れた子供の遺体を見て、西洋かぶれの予審判事はこんなことを言ったのだ。
「諸君。
見れば、この子供は、身体はそれほど腐敗しているとも思えないが、口の
殺人──それも、子供に酸を飲ませるという、西洋伝来の
すると、牛込署から、三歳の男児が
それが、神楽坂若宮町の島田マツの長男、忠太であった。
ただちにマツが
だが、警察の目は冷ややかだった。マツを連れ出したのと入れ替わりに、巡査が島田家を捜索した。その結果、押し入れの奥の
マツは、それは先年亡くなった夫の持ち物で、自分にはなんだかわからないと言った。だが、警察は信じない。
故人である島田氏は、やはり房州の農家の出で、東京に来てからは
空になった
予審判事の見立て通りではないか。
翌日からの聞き込みで、警察はさらにマツへの疑念を深めた。
まずは、忠太失踪の届けが出た経緯である。
忠太が夜になっても戻らないと、マツから聞いたのは、隣家の女房だ。だがこの証人によると、マツの様子はどうもおかしかった。探しに出ようとするでもなく考え込むばかりで、
マツは、何を
何か
さらに、別の証言。
近頃、時折、長屋を訪ねてくる男があった。
男が来ると、マツは忠太を外に遊びに出し、戸を閉め切って過ごす──。
もちろん、亭主の死んだあとのこととて、何も不義密通ではない。だが、口さがない近所の住民の中には、こんなことを言うものがあった。
──おマツさん、また子ができたと言っていたが、ありゃ、島田さんの子なのか、
──いつだか、男とおマツさんが口論していただろう、ありゃきっと、男が忠ぼうを引き取るのをいやがって、
──男を取るか、子供を取るかで、
「そんなのは
と、初音は仲之助に怒りをあらわにして
「赤ん坊が生まれるまでは
──私は、本当のことが知りたいんです!
「……と、まあ、お初ちゃんはそんな調子というわけさ」
仲之助は肩をすくめた。
ふむ……とアンは
「真相がわかれば、初音さんは作業に集中できる、と」
「まあ、そうだろうね」
「……仕方ない」
アンは紙片に何やら書き付けをすると、
そして、仲之助に向かって言った。
「明日も、付き合ってもらえますか」
翌朝、校長の許可を得て、仲之助は小石川砲兵工廠の門前に立っていた。
砲兵工科学校の外出は、成績に応じて半日、一日と認められる時間が異なる。それなのに、少将一家の御用と言ったら、すぐに丸一日の許可が出た。
──いったい、どうなってるんだ。
そんなことを考えながら、ぼんやりと水道橋のほうを眺めていると、子供たちが駆けてきた。クマオとノブの兄妹、そしてアンである。
兄妹は「小学生」という言葉がぴったりの、かわいらしい
アンは相変わらずの服装で、手には
「やあ、みんな揃って行くのかい」
仲之助が言うと、クマオがふん、と鼻を鳴らした。
「僕らは学校。兵隊さんとアンの
「あ、逢引きとは……」
仲之助がうろたえると、ノブがふふふと笑う。
「ずいぶんおマセな
「おマセとはなんだ! 僕は兄さんだぞ」
「あら、さっきも犬に吠えられて、散々逃げ回っていらしたくせに」
なにぉおとクマオが赤くなって怒る。
晴天。
神田川沿いに
東京高等師範の前で兄妹とは別れた。
高師の真ん前に、御茶ノ水橋がかかる。路面が
昌平坂を下って、遺体発見現場に着いた。
川向かいの崖の上に、ロシア正教の大聖堂、ニコライ堂の
「
仲之助はそんな言葉を口にしたが、アンは聞いているふうでもない。
岸に
「ここから、川上に行けますか」
とアンが問うと、ちょうど
「朝っぱらから、いいご身分だねえ」
と
──どいつもこいつも。
仲之助は、にわかに頭痛がしてきたように思った。
小舟に揺られる。
神田川の南岸は、水面近くまで枝を垂らす、
行き交う船は少なくないが、夜ともなれば、あたりは真っ暗だ。
子供が泣こうが叫ぼうが、まず人目につくことはないだろう。
水道橋の手前で、市中に上水を引く
砲兵工廠の中を抜けてくる小石川と合流。
このあたりから、少し岸辺が開けてくる。
南に
アンは、ときおり、バスケットから小さな角砂糖を出しては、口に放り込む。
小石川橋。
飯田橋の手前に、
仲之助が船頭に船賃を払っているうちに、アンは
河岸には昔ながらの町家もあるが、
材木屋が
西の突き当たりに
──このあたりの景色も、どんどん変わっているんだな。
仲之助が、その屋根を見上げていると、いつの間にかアンが
「この人たちは、どこから……?」
アンが仲之助に訊いた。
河岸では他にも、米、雑貨、魚など、さまざまな荷が積み下され、野菜の籠を背負った行商人なども行き来している。神楽坂あたりの商家で売られるのだろう。
「どうだろう。
「おおかわ」
「えっと、
「隅田川の向こう……すみだ区」
「いや、それを言うなら
アンは、むむ、と押し黙る。
妙なことを言うものだ。
仲之助は続けた。
「でも、言いたかったのはもっと東、つまり千葉県だね。
実際、
維新ののち、水戸藩
だが、幕末に湯島にあった
「でも、甲武鉄道もまた延伸されるというし、鉄道だけで日本中に移動できる日も近いかもしれないね」
仲之助は、そう付け加えた。
牛込署の前を通過して、若宮町まで歩く。
神楽坂の一帯は、夜は
どこかから、
初音の住む長屋は、若宮
初音の母キヨは、息を切らしたアンの姿を見て目を丸くした。
「まあ、それでは、おマツさんのことで」
「陸軍でも、お調べをなさるのですか」
仲之助も、何と言ってよいかわからない。
「はあ……まあ、現場が現場だけに、特務といいますか……」
「おマツさんの、亡くなったご主人というのは、どんな方でしたか」
アンが訊く。
「島田さんですか。真面目な人で、仕事一筋というお方だったと思います」
「仕事というのは」
「下谷あたりの、たしか小澤さんというお宅で奉公していると聞きましたけれど」
「おマツさんは、見つかった薬品は夫のものだと供述したそうですね。島田さんは、その小澤という家で、どんな仕事をされていたんでしょう」
「さあ、詳しいことは……ただ、
──あたしにゃ学がないけど、あの人はちがうんだ。難しい西洋の本もすらすら読みこなしちまうんだよ。
仲之助は、実のところ
普段は、ほとんど単語しか話さないアンが、これほど
「ははうえ、ははうえ!」
そのとき、戸口から
「
「島田の
「いいですか、とおっしゃい」
「見にいっても、いい、です、か」
「ええ、行ってらっしゃい」
そこで市之助少年は、初めて客の姿を見た。
「
「こら、市之助。お客さまを指差すんじゃありません」
キヨが
「あいすみません、
「……島田のカメ、というのは、
アンが不思議そうに言う。
「ええ、カメです、おマツさんのところの。向かいのお宅で預かっていて」
「カメが、産卵するんですか」
「はあ、さんらん?」
「赤ちゃんを、産むと」
「ええ、もう
「臨月──カメが?」
まったく会話が
キヨは、救いを求めるような目で仲之助を見た。
仲之助は、ああ、と気がついた。そして吹き出した。
「アン嬢、カメというのは、
「カメが、犬?」
アンは目をぱちくりさせる。
「洋犬のことを、カメというんです」
横浜あたりで、英国人が飼い犬に”
島田家では、それがそのまま犬の名前になったようだ。
「カメが、イヌ……」
「忠ぼうは、うちの市之助とも仲良くしていたのですけれど、本当に
仲之助は訊いた。
「おマツさんのところに、
「ええ、見かけたことはあります」
「警察では、その男が忠太を嫌がるので、おマツさんが犯行に及んだと見ているようです。おマツさんは、その──そこまで、その男に
「惚れ込む? いいえ……むしろ、おマツさんは迷惑がっているようでしたけれど」
「迷惑?」
「ええ。
夕刻、帰宅したキヨが戸口に手をかけたときだった。
ゴトゴト、ドン、と暴れるような音がして、おマツの家から男が転がり出てきた。
「冗談じゃない、帰っとくれよ!」
おマツの声がして、男のものらしい
それだけではない。芋、豆、
「……また、来る」
と、男はぽつりと言うと、籠を拾って去っていった。
「二度と来ないどくれ!」
おマツは戸口から身を乗り出して叫ぶ。
キヨは、おそるおそるおマツに近づいた。
「おマツさん、大丈夫」
「あっ、キヨさん……悪いねえ、いやなところ見せちまって」
「いったい、どうしたの」
おマツは、どこか悲しそうな目をして、言った。
「……
「
仲之助は
どういう意味だ。
「狭いご近所ですから、そんな言葉もすぐに広まりますでしょう。それで、今度は忠ぼうのことがあって、おマツさんの家は呪われているとか、死んだ島田の亭主が
春先にも、人殺しがあったばかりですし、とキヨは言う。
そうだった。たしか四月頃にも、あの場所で顔を
「あれも、この近くの家で。ほんとうに──」
いやな世の中になりましたわね、とキヨが言ったときだった。
「かあさま、かあさま!」
と市之助が血相を変えて戻ってきた。先ほどとは、明らかに様子が違う。
「どうしたのです」
「カメが、かっ、カメが……」
「なんです、はっきりおっしゃい」
市之助は、
「みっ、
外に出てみると、すでに向かいの家には人垣ができていた。
失礼、と仲之助は家に踏み込む。不安そうにヒソヒソと耳打ちをしていた人々は、突然やってきた兵隊と──銀髪の少女を見て、いっそうざわついた。
裏庭の一角で、この家の主人らしい男が石の上に座り込んでいた。
視線の先には、耳の垂れた、白い洋犬が横たわっている。
その腹には、まだ毛も乾いていない、生まれたばかりの仔犬が四頭。
他の三頭より、ひとまわり小さい一頭が問題の仔犬だと、すぐにわかった。
──本当に、緑だ。
仲之助も、背筋が寒くなった。
羊水に濡れたまま、プルプルと震えて、瞳も閉じたままなのは、他の仔犬と変わらない。しかし、それが全身、緑色なのだ。
みな、そう思っているのは明らかだった。
「……今のうちに、打ち殺したほうがいいんじゃねえか」
誰かが言うと、同意するような声があがった。
「うちの庭でか」
この家の主人は、困ったような顔をしている。
うちまで呪われるのは、ごめんだぜ──。
そのとき、アンが、つ、と動いた。
おい、あんた……? と
そのまま、縁側に置いたバスケットに手際よく仔犬を入れると、
「もらいます」
と宣言して、
一同、