アルミニウム、回る。

文字数 1,374文字

 ポンポンポンポンポンポンポンポンポン

 仲之助(なかのすけ)は、椿(つばき)()(しげ)る崖下に、即席で建てられたほったて小屋を凝視(ぎょうし)した。
 アクロイド式機関が蒸気を放つ、規則的な音が響いてくる。
 小屋の戸口に立つクマオが、手を振って合図する。
(いけ)さん、来るぞ」
 鍛冶場小屋(かじばごや)の中で配線をいじっていた庄太郎(しょうたろう)が、いけねえ、と手を離す──。

バチッ

 (むち)を打つような音がしたかと思うと、ジジジと(うな)りを上げながら、チェーンギアが回り始める。
「おおおい! 回ったぞお!」
 仲之助が声をあげると、動力小屋の戸が勢いよく開いて、クマオが仰向けに引っくり返る。
 飛び出してきたアンは、勢い余って、仲之助に激突しそうになる。
 その小さな身体(からだ)を受け止めて、仲之助は鍛冶場小屋の入り口にアンを立たせた。
 アンは目を輝かせて、言葉を発することもなく、その機械を見つめている。
 車夫の善吉(ぜんきち)が、気の抜けた声を出した。
「そんで──回ったが、どうした?」
 アンは大きく息を吸うと、決然として言った。
「これこそ、女中の革命──」
 鼻先に(すす)の汚れをつけたアンは、大股(おおまた)に機械に近づくと、木の外蓋(そとぶた)を開く。
 内部では、アンの背丈(せたけ)ほどもあるアルミニウムの大きな(おけ)が、ガタガタと音を立てて回転している。
ドラム式洗濯機(・・・・・・・)!」

 アンはしばらく、満足そうにその様子を(なが)めると、ギアを回している電動機の横にある切替機(スイッチ)を落とした。
 アルミニウムの槽が、ガタンと音を立てて止まる。
 庄太郎がそそくさと踏み台を用意する。
 それに登ったアンは、銀色に光る内蓋の()()を興奮気味に外す。
「これですよ、これ!」
 槽の中に頭を突っ込んだまま、アンが叫ぶ。
 そのまま、落ちていきそうだ──。
 仲之助は、そっとアンを支えながら、自分も槽を(のぞ)()む。
 中に張られた水の表面は、真っ白に泡立っている。
 細かい、雪のような泡だ。
 その泡に、(なか)ば沈んでいたシーツをアンが(つか)む。
 そのシーツごと、仲之助がアンを引っ張り出す。
「ほら! ほら! ちょっときれいになってる!」
 アンが勢い込んで指し示すと、女中仲間は疑わしそうに顔を見合わせる。
 実験のためにつけた、紅茶がら(・・・・)煮詰(につ)めた(しる)(あと)は、たしかに薄くなっているようではあった。
「時間をかければ、きちんと汚れが落ちますから!」
 アンがむきになって言う。
──こんなときは、子供らしい顔をするんだな。
 夢中になって話し込んでいるアンを眺めながら、仲之助はそんなことを思っていた。

「完成したか」
 老人は、洋館を(のぞ)縁側(えんがわ)で、ずず、と茶を(すす)った。
 日が傾いて、紅葉(こうよう)をあかく照らしている。
 洗濯機の試運転(デモンストレーション)のときとは、打って変わった静けさだ。
 庭に立つ仲之助は、(かばん)から書類挟み(ファイル)を取り出した。
「……こちらを」
 老人は、黙ってそれを受け取ると、開くこともなく座布団(ざぶとん)の横に置いた。

 アンと行動をともにし、その言動を記録すること。

 初めて老人と銀髪の少女に出会った日、仲之助が校長から受け取った紙片には、そう書かれていた。
「お訊ねしてもよろしいでしょうか」
「なんじゃね」
「彼女は──アン嬢とは、何者なのですか」
 老人は、また茶を啜ると、静かな声で言った。
「あれは」

──かわいそうな子、じゃよ。

 仲之助は、続く言葉を待った。
 だが、老人はそれぎり、何も言わなかった。

<第1章 Fin>
※つづきは、ゴールデンウィークくらいになりそうです……!

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登場人物紹介

ドイツ名、アンネ・フーバー。フランス名、アンヌ・ユベール。

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