第10話
文字数 1,692文字
あれほど騒がしかった奴が今静かに横たわっているのは実に気味が悪い。口を開け、あの異国語混じりの口調は、あのオーバーなアクションはどうしたって言うんだ。俺には眩し過ぎたあの笑顔は…。頭ではわかってはいたが、しかし俺はこいつに話しかけなければならなかった。
「おい、宮間冗談だろ?疲れていたとしてもこんなに長時間寝ていたら逆にエネルギーを使うだけだ。それとも死んだフリでもして俺を驚かすつもりか?勘弁してくれよ」
無機質な部屋の壁は意地悪く俺の声を響かせ、それがまた虚しく感じられた。
「おいおい、無視するなよ。俺は天下の剣崎様だぞ」
「返事をしろ宮間!この剣崎雄の命令だぞ!俺の話を聞けよ!…この俺を…見てくれよ…」
興奮気味になり火照った頬を冷ますように水が滴り落ちる。この感覚はいつぶりだろうか…いや、思い出すのはやめておこう。
ふと液体で思い出した。これならあのお喋りな口を開かせることができるかもしれない。俺は部屋にあったペーパーナイフを手にし、右人差し指を切りつけた。今や俺の体にも白城千同様不老不死者の血が流れているはずだ。同体質になったとはそういう事だろう。だとすれば死にかけだった俺が半不老不死化したようにこいつも…。
しかし現実は俺の血と同じく甘くはなかった。他者と白城の血の違いの一つは味だ。普通血液というものはなんとも形容し難い苦味を持ち口に含むと頭がくらっとするような感覚があるが、あいつの特殊な血液はゴクゴクといける。言葉には表せないが少なくとも不味くはない。そんな判別方法を俺の血液でも試してみたのだが絶望感も相まって胃がムカッとしたわけだ。最後の手段も封じられた。
俺は病室を出た。自分の欲以外のために白城を探すのは初めてかもしれない。いや、これも俺の欲なのだろうか。
「聖はどう思う?あれが中峰の仕業だとは到底思えないが…」
「でも本人がそう言うならそうなんじゃない?故意と言うよりは過失、って雰囲気だけど」
「事故ってあんなもの召喚されちゃ困るがな」
「彼のことを詳しく聞こうにも名探偵さんとは離れ離れになっちゃったからなぁ…。大人しい子イコール良い子とは限らないと思うよ?全然喋らないのは本性を隠しているからかも…」
「さすがにそれはないだろ。もしそうなら相当な役者だが、そもそも長畑の目を欺けるとは思えない」
「白城くんについても何か見抜いているようだったね。俺より白城くんのことを知ってるなんて許せないなぁ」
「あれはそういう魔法らしいがな。正直悪趣味極まりない」
長畑は俺の記憶を読み取ったようだが、それによってこの華那千代王国の国土が元々全て若市領であったことも知ったのだろうか。今となっては更築などがある都市部と古都月城は飛び地のようになっているが、昔はこの地に華那千代王国などは存在せず、若市はもっと広い領土を持っていた。では何故若市領に新たな国が出来たのか。それは現華那千代領一帯が一度更地になったからである。思ったよりも短い時間で生態系が回復したのはここら一帯に魔力や妖力と言った力が溢れているからであろう。そう、この地はかつて強大な炎で焼け野原になったのだ。
「…白城くん?」
「ああ、いや、少し昔のことを思い出していた」
「“ 昔のこと”ねぇ…。せっかく魔法が使えるようになるなら人の記憶や心を読み取れる魔法が良かったなぁ」
「それがわかって楽しいもんじゃないってのはよくわかっているだろ」
「有象無象の思考なんてリスクを回避するのには役立つかもしれないけど、興味はないよ。ただ君の堅い口を開かせるにはそういう非科学的な手段に頼るしかないじゃない」
「お前に通電以外の魔法の適性が無くて良かったぜ…」
「まあ剣崎くん?に聞けば済む話だろうけど」
「いや、あれも知らないぞ」
「なーんだ、使えないの…」
俺は聖の生涯を大方把握している。情報の非対称性に聖が不満を抱くのもまあわからなくはない。とは言え俺の過去など知るべきものでは無い。今の聖なら関係者を尽く抹殺してもおかしくはないだろうし…。