第10話

文字数 1,692文字

病室の窓は俺に現実を見せる。日は沈みかけていた。そしてもう朝は来ないのだろう。
あれほど騒がしかった奴が今静かに横たわっているのは実に気味が悪い。口を開け、あの異国語混じりの口調は、あのオーバーなアクションはどうしたって言うんだ。俺には眩し過ぎたあの笑顔は…。頭ではわかってはいたが、しかし俺はこいつに話しかけなければならなかった。
「おい、宮間冗談だろ?疲れていたとしてもこんなに長時間寝ていたら逆にエネルギーを使うだけだ。それとも死んだフリでもして俺を驚かすつもりか?勘弁してくれよ」
無機質な部屋の壁は意地悪く俺の声を響かせ、それがまた虚しく感じられた。
「おいおい、無視するなよ。俺は天下の剣崎様だぞ」
「返事をしろ宮間!この剣崎雄の命令だぞ!俺の話を聞けよ!…この俺を…見てくれよ…」
興奮気味になり火照った頬を冷ますように水が滴り落ちる。この感覚はいつぶりだろうか…いや、思い出すのはやめておこう。
ふと液体で思い出した。これならあのお喋りな口を開かせることができるかもしれない。俺は部屋にあったペーパーナイフを手にし、右人差し指を切りつけた。今や俺の体にも白城千同様不老不死者の血が流れているはずだ。同体質になったとはそういう事だろう。だとすれば死にかけだった俺が半不老不死化したようにこいつも…。
しかし現実は俺の血と同じく甘くはなかった。他者と白城の血の違いの一つは味だ。普通血液というものはなんとも形容し難い苦味を持ち口に含むと頭がくらっとするような感覚があるが、あいつの特殊な血液はゴクゴクといける。言葉には表せないが少なくとも不味くはない。そんな判別方法を俺の血液でも試してみたのだが絶望感も相まって胃がムカッとしたわけだ。最後の手段も封じられた。
俺は病室を出た。自分の欲以外のために白城を探すのは初めてかもしれない。いや、これも俺の欲なのだろうか。


「聖はどう思う?あれが中峰の仕業だとは到底思えないが…」
「でも本人がそう言うならそうなんじゃない?故意と言うよりは過失、って雰囲気だけど」
「事故ってあんなもの召喚されちゃ困るがな」
「彼のことを詳しく聞こうにも名探偵さんとは離れ離れになっちゃったからなぁ…。大人しい子イコール良い子とは限らないと思うよ?全然喋らないのは本性を隠しているからかも…」
「さすがにそれはないだろ。もしそうなら相当な役者だが、そもそも長畑の目を欺けるとは思えない」
「白城くんについても何か見抜いているようだったね。俺より白城くんのことを知ってるなんて許せないなぁ」
「あれはそういう魔法らしいがな。正直悪趣味極まりない」
長畑は俺の記憶を読み取ったようだが、それによってこの華那千代王国の国土が元々全て若市領であったことも知ったのだろうか。今となっては更築などがある都市部と古都月城は飛び地のようになっているが、昔はこの地に華那千代王国などは存在せず、若市はもっと広い領土を持っていた。では何故若市領に新たな国が出来たのか。それは現華那千代領一帯が一度更地になったからである。思ったよりも短い時間で生態系が回復したのはここら一帯に魔力や妖力と言った力が溢れているからであろう。そう、この地はかつて強大な炎で焼け野原になったのだ。
「…白城くん?」
「ああ、いや、少し昔のことを思い出していた」
「“ 昔のこと”ねぇ…。せっかく魔法が使えるようになるなら人の記憶や心を読み取れる魔法が良かったなぁ」
「それがわかって楽しいもんじゃないってのはよくわかっているだろ」
「有象無象の思考なんてリスクを回避するのには役立つかもしれないけど、興味はないよ。ただ君の堅い口を開かせるにはそういう非科学的な手段に頼るしかないじゃない」
「お前に通電以外の魔法の適性が無くて良かったぜ…」
「まあ剣崎くん?に聞けば済む話だろうけど」
「いや、あれも知らないぞ」
「なーんだ、使えないの…」
俺は聖の生涯を大方把握している。情報の非対称性に聖が不満を抱くのもまあわからなくはない。とは言え俺の過去など知るべきものでは無い。今の聖なら関係者を尽く抹殺してもおかしくはないだろうし…。
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登場人物紹介

白城千

『千年放浪記』シリーズの主人公である不老不死の旅人。人間嫌いの皮肉屋だがなんだかんだで旅先で出会った人に手を貸している。

三又聖

白城と旅する幽霊。生前は鉄道会社の社長だった。ふわふわとした不思議系だが切れ者で何を考えているかわからない。

剣崎雄

世界の全てを記録するという野望を持つ少年。ひょんなことから半不老不死の身体を得、元気に冒険中。わがままでナルシストだが認めた相手には素直。

宮間タイキ

別世界の「アメリカ」という場所から来た少年。持ち前の明るさと才能で言語や文化の壁を越え魔法国家華那千代でもトップレベルの実力を持つ蒼炎使いになる。

長畑友樹

魔法国家華那千代に住む少年。町探偵という名のなんでも屋を営んでおり、強い魔法は使えないがトーク力と情報収集力はピカイチ。

中峰祐典

宮間や長畑の友人。魔法学校に在籍するも、極度に臆病な性格で外に出ず引きこもっている。星座のモチーフを召喚する魔法が使えるが力が制御出来ず失敗することも多い。

新井和彦

宮間や中峰の面倒を見ていた半人半妖の男性。妖怪としては珍しく科学技術や新しいものが好き。明るく面倒見がよい兄貴分だが、伝説の剣豪と呼ばれるほどの実力を持ち白城の師匠でもある。

日向洋介

華那千代の学校に務める理科教師。怠け者でだらしがない人物。魔法より科学に興味を持つ変わり者。

岩村海翔

華那千代の学校に務める理数科目担当の教師。戦争で廃れた理研特区を離れ華那千代に来た。真面目で生徒からは恐れられる厳しい教師。

倉持健二

漂流していたところを日向に救われた理研特区の人物。ストイックで厳格な軍人のような人物だが最近歳のせいか涙脆くなってきた。

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