第5話 猜疑心の先

文字数 1,108文字

 そのときは突然やってくる――。

 彼は仕事で遠い街へ行ってしまった。
 私は急にぽっかりと空いた時間を持てあますだろうと思っていた。
 それなのに、毎日毎晩、最低でも日に一度、多い時には数十回ものメールや電話がある。
 私の携帯がどんどん彼の履歴だけに埋め尽くされていく。
 何の約束もない。私の欲しい言葉など一つもくれないのに、まだ彼は離れた街へも私を呼ぶ。
 以前ほど、頻繁ではないけれど、私にはまだ彼との時間が与えられている……。
 そのことに、ただ満足感しか覚えなかった。

 ある日、一通のメールに写真が添付されていた。

「今度、猫を飼おうかな」

 愛らしい子猫の写真。
 彼が動物を好きな事は知っていた。

「可愛いね、とても」

 そう返信をして、ふと気づく。
 仕事が忙しくて、部屋を空けることの多い彼が、はたして動物など飼えるのだろうか?
 一つ疑問が湧くと、どういうわけか次々にいろいろな疑問が頭をかすめた。
 そういえば近ごろは、連絡の来る回数が減った。それにまったく連絡のない日さえある。
 今までは何があっても、誰かといても、必ず一度は連絡があったのに――。
 写真の中の子猫は、視線をわずかに下に落としている。その先に目を向けて、ハッとした。
 子猫の乗った台座の横……写真では見切れてしまうくらい端のあたりに、淡いピンクに彩られた指先が映っていた。

「超可愛いよ、名前ももう決めた」

 ペットショップの店員さんの指かもしれない。居合わせた誰かの爪かもしれない。
 けれど、こんな時には何故か変な勘が働くのは、女ならみんな、同じなのだろうか……?

「ところでその猫は、誰が飼うの?」

 そうメールを送った直後に、彼からの着信があった。
 胸が痛む。出てはいけないと思うのに、私はいつものように電話を受けた。彼の第一声が低く響く。

「誰が飼うってどういうこと? 何でそんなことを聞くの?」

 今までと同じじゃないの。今までだって、彼にとって一番である誰かがいても、それでもいいと思っていたじゃない。
 今度だってそう。場所が変わっただけで、状況は何も変わっていないだけなのに。
 私の中で、もう限界がきていたのかもしれない。届かない思いに振り回されて、嫉妬心を必死に抑えていることに、もう耐えられなかったのかもしれない。

「別に……ただ、彼女が猫好きなのかな、って思っただけよ」
「それって関係なくない? 誰が何を好きでもさ。俺、何か約束したっけ? つき合っていたわけでもないよね?」
「……ない。ただ……」
「……もういい」

 今までだって同じだったのに、どうして今度は隠すの?
 そう聞きたかったのに、いいかけた言葉を遮られたのを最後に、連絡が取れなくなった。
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