第2話 傘寿

文字数 400文字

 祖父は誕生日に忽然と姿を消した。
 朝早くカメラを持って散歩に出かけたまま、暗くなっても家に帰らなかった。携帯電話も持たず、手持ちの現金も僅かだったから、きっとすぐに帰って来る、と祖母は言った。
 しかし、翌日も翌々日も連絡はなく、警察に届けたが全く消息は掴めなかった。

 認知症の傾向もなく、自ら命を絶つほどの悩みもなかったはず。そもそも、これから死ぬつもりの人がカメラなど持っては行かないだろう。

 十二年後の朝、食卓に写真を置いた。夕方にはケーキを用意して誕生日を祝う予定だ。
「どこかで生きていたら今日で傘寿ね」と祖母が呟く。

 写真の前に朝食を並べ始めた時、二階のベランダから母の叫び声が聞こえた。
「空から誰かが降りてくる!」

 祖母と二人で庭に出ると、木に引っかかったパラシュートの下にその人は倒れ込み、よろよろと起き上がった。
 それはカメラを首に提げたまま照れくさそうに笑う祖父だった。
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