第5話 ばけもの

文字数 400文字

 カウンターの隅でグラスを傾けるその女性は、とても傷ついているように見えた。
「よかったら悩みを聴かせて」
「彼氏に『ばけもの』って言われたんです」
 その気持ちはよくわかる。
「彼の母親と同い年なの。『最初は自分と同じくらいだと思った』って、それを友達に自慢する時に私のことを『ばけもの』って」
「褒め言葉ね」
「でも私は傷ついた」
「年齢なんて記号みたいなもの」
「明日で五十歳。おばあちゃんでしょ?」と哀しい目をする。
「まだまだ若いよ」と私は笑った。
「ありがとう。失礼ですけど、日本語お上手ですね」
「長いからね」
「生まれはどちら?」
「ポーランド王国」
「素敵!」
「大人になってからは転々と……」
「いつから日本に?」
「何年前かな? ヴァリニャーノの船で来たから」
「船旅って憧れます」と彼女は目を輝かせた。
「ずっと船倉に隠れてたけどね」
「映画みたい」
「帰れなくなってそのまま日本にいる」
(確か天正七年って言ってたな)
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