第4話 De Nachtwacht(2)

文字数 2,216文字

 モニターの映像内では、女が男に覆いかぶさるようにしている。
 男は必死に腕を振り回して女を跳ね除けようとしているようだが、上手くはいっていない。

「飯島さん、ひとりで大丈夫ですかね?」
「心配だったら、お前も行ってこいよ、石和」
「いや、大丈夫です。飯島さん、ああ見えて柔道黒帯らしいですから」
「そうか。じゃあ、大丈夫だな」

 磯山と石和はモニター内の様子を食い入るように見つめた。

 モニターの端に制服を着た男が登場した。飯島だ。
 画面中央で、男女はまだ絡み合っている。
 飯島の動きに注目していると、口を大きく開けているのがわかる。
 何か大声で叫んでいるようだ。

 しかし、音声はないから、なにを言っているのかはわからない。

 他の店員たちも騒ぎに気づいたようで、チラホラとモニターの端に姿を見せはじめている。

 ちょうど絡み合っている男女二人を中心に円を描くように、店員や客の野次馬の輪が出来上がって来ている。

 飯島が女と男を引き離そうと、覆いかぶさっている女の肩に手を掛ける。
 しかし、女は動こうとはしない。
 飯島は中腰になり、相手の顔を覗きこむ。
 そして、二、三歩後ずさる。
 
 一体、なにが起きているのだろうか。

 飯島が腰に手をやった。特殊警棒を抜き取る。
 警備員が特殊警棒を手にすることなど滅多にないことだ。
 それだけ異常な事態が現場では発生しているということだろう。

「これ、やばくないですか」
「やばいかもしれないな」
 しかし、二人はモニターから目を離さない。
 いや、離せなかった。

 警備員室の電話が鳴った。
 飯島からだ。
 モニターの中の飯島は右手に特殊警棒、左手に店内でのみ使用できる業務用のスマホを持っていた。

「どうしました」
「こいつ、やばいぞ……」
 心なしか飯島の声が震えているように感じた。
「なにがやばいんですか」
「なにがって、お前……とりあえず、警察と救急に連絡を入れてくれ」
「え?」
「警察と救急を呼べって言ってんだよ」
「わかりました。何て伝えればいいんですか」
「そうだな……お客様が急に暴れだして怪我人が出たとでも言ってくれ」
「わかりました。飯島さん、なんで特殊警棒を持っているんですか」
「ん? ああ、こいつか……」
 飯島がそういった瞬間、音声が乱れた。

 モニターへ目をやると、先ほどまで男に覆いかぶさるようにしていた女が、今度は飯島に飛びかかってきていた。

 完全な不意打ちだったのか、飯島は押し倒されるようにして床へと転がっていた。
 しかし、そこは柔道の有段者だった。
 上手く転がり、馬乗りになられるのを避けて、女と距離を取る。

 周りにいた店員や客の野次馬たちの悲鳴が、床に転がった飯島のスマートフォンを通して聞こえてくる。

 飯島はゆっくりと立ち上がり、女との距離を取りながら特殊警棒を前に突き出すように構えた。
 心なしか腰が引けているようにも見える。

 モニターの中に飯島の姿は半分ぐらいしか映ってはいなかった。
 モニターの中央に映っているのは倒れた男だ。
 男は顔がわからなくなってしまっている。
 モノクロだからよくわからないが、実際は血塗れになっているのだろう。

 男は息をしていないのか、ぴくりとも動かなかった。

「もしもし、警察ですか。
 こちらはスーパーマーケット・ダイナソーの警備員室です。

 ええ、そうです。
 お客様同士のトラブルでして、あの暴れているんです。
 
 ええ、ちょっと警備員の手には負えなくて……
 
 ええ、はい。

 そうです。
 
 はい。お願いします」

 石和が警察と救急への電話連絡を行っている間、磯山はモニターから目を離さなかった。いや、正確にいえば離せなかったといったほうがいいだろう。

 モニター内では女が髪を振り乱しながら、飯島へと襲い掛かっていた。
 飯島は飛び掛ってきた女を抱きかかえるようにして捕まえると、そのまま柔道の投げを喰らわせる。
 そして、押さえ込み。

 女は暴れる。
 女が飯島の顔に手を伸ばし、掻き毟る。

 指が目に入ったのか、飯島は顔を押さえる。

 押さえ込みが甘くなり、女は飯島の体からするりと抜け出す。

「飯島さん、逃げろっ!」
 思わず警備員室のモニターを覗き込みながら磯山は叫んでしまった。

 女が顔を押さえている飯島に飛び掛る。
 飯島は防御が出来ず馬乗りになられてしまう。
 そして、女は飯島の首に噛み付く。

 飯島は両腕を振り回すようにして、噛み付いた女を殴り飛ばす。

 女の体が傾き、飯島の上から転げ落ちる。

 飯島は自分の首を押さえながら立ち上がる。
 首からは出血しているのがわかる。
 飯島が女に近づいて行こうとした時、突然、体が痙攣をはじめる。
 膝が震え、足を滑らせたかのように、床に転がる。

 そして、そのまま飯島は立ち上がらない。
 体がビクビクと小刻みに痙攣を繰り返している。

 女は少し離れた場所で口をもごもごと動かしている。
 女の口にはしっかりと飯島の首の肉片が咥えられていた。

「警察と救急に連絡しました。……えっ、飯島さん……」
 唖然とした様子で石和がモニターの中で痙攣をしている飯島の姿を見ている。

「お、おれ、行きます」
 正義感に駆り立てられたのか、石和は対暴漢用の刺又を手にすると警備員室を飛び出して行った。

 警備員室に残ったのは磯山だけだった。
 磯山は石和が出て行った後も、モニターから目を離さなかった。
 全ての出来事をこの目に焼き付けておく。
 それが自分の仕事だといわんばかりに。
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