第2話 Prime Minister(1)
文字数 1,631文字
本当にこれは現実なのだろうか。
三島慎一郎は目の前で起きている出来事が信じられずにいた。
夢であったら、はやく目覚めてほしい。そう願ってみたものの、願いはかなうことはなく、すぐに現実へと引き戻された。
「総理、会見の時間です」
秘書官である佐伯が声をかけてくる。
佐伯の声は心なしか震えているように思えた。
三島慎一郎は、内閣総理大臣という職に就いていた。
総理になって三か月。これといった不祥事などもなく三島内閣は順風満帆に進んでいた。
鼻から大きく息を吸い込むと、ゆっくりと10秒掛けてその空気を口から吐き出していく。何か大きな発表などがある時、三島がゲン担ぎとしてやっている呼吸法だった。
祖父は外務大臣、父は国連事務総長を務めた。
元々は兄が政治家であり、党の政調会長まで務めた人物だったが病に倒れて政界を引退していた。その志を継ぐということでサラリーマンから政治家へと転身したのが15年前。周りの後押しもあって、政治家としての道を切り開き、ついに内閣総理大臣になることができた。
それなのに、なんなんだこの仕打ちは。
私が何をしたというのだ。
三島はもう一度、鼻から大きく息を吸い込み、こころを落ち着かせる。
首相官邸に設けられた会見場の扉を佐伯が開けて三島が歩みを進めると、会場にいた報道関係者たちが一斉にフラッシュを焚く。
会見場にいる報道各社の記者たちは見知った顔ばかりであったが、どの顔にも緊張感が漂っていた。
日本国旗に一礼をし、壇上にあがる。三島の頭の中にはこれから話す内容がしっかりと記憶されているが、目の前にある透明のスクリーンにちらりと目をやる。
このスクリーンはこちら側から見ると文字が表示されているのだが、記者側の席から見るとただの透明のアクリル板にしか見えないという装置だ。
これから、現在発生している地獄のような現実を国民に発表しなければならない。
これはただの病原菌ではない。人が人を滅ぼすためのウイルスなのだ。
感染者は非感染者を襲い、場合によっては殺害してしまう。
運が良ければ非感染者は感染者となる。運が良くて、それだ。
いまは非感染者をいかにして守るか。それだけだった。
会見席に並べられたマイク。
マスコミの代表社のカメラに向かって一礼をする。
この放送は全テレビ局が代表1社の映像を使う。
マスコミもあちこちの取材に飛び回っており、人が足りないのだ。
目の前に置かれたコップの水をひと口飲んだ後、咳ばらいをしてから三島は話しはじめた。
「日本国民の皆様にお伝えいたします。
いま、我が国は危機的状況にあります。
原因不明のウイルスが街にはあふれ、ウイルスによって狂暴化した感染者たちが暴れまわっています。
我々はこの感染者をデッドマンと呼ぶことに決めました。
WHOによれば、このウイルスは全世界に広がっており――――」
三島が会見を行っていると、記者席の後ろの方で何かが倒れるような大きな衝撃音がした。
一斉に記者たちが音のした方を振り返るのと同時に、三島の周りにいたSPたちが配置につく。
「ちょ、おまえ、やめろ。痛っ、痛えな。バカ、噛みつくな」
記者席の後方で望遠レンズ付きのカメラを構えていた新聞社のカメラマンが大声をあげている。
腰のあたりには報道という腕章をつけたパンツスーツ姿の若い女がしがみついており、カメラマンは必死にその女を自分の体から引き離そうと、握り拳を女の頭に振り下ろしていた。
「感染者だ」
誰かが叫んだ。
会見場にいた記者たちが後ずさる。
各社のカメラマンたちはこのチャンスを逃すまいと言わんばかりにカメラのシャッターを切る。
「痛い、いたたたたた。ちょっと、お前ら、撮ってないで助けろよ。痛い、痛いって」
しがみつかれたカメラマンは腹のあたりを噛みつかれたのか、着ている白いTシャツが赤く染まっていく。
周りのカメラマンたちはシャッターを切るばかりで、誰も助けようとする人間はいなかった。
三島慎一郎は目の前で起きている出来事が信じられずにいた。
夢であったら、はやく目覚めてほしい。そう願ってみたものの、願いはかなうことはなく、すぐに現実へと引き戻された。
「総理、会見の時間です」
秘書官である佐伯が声をかけてくる。
佐伯の声は心なしか震えているように思えた。
三島慎一郎は、内閣総理大臣という職に就いていた。
総理になって三か月。これといった不祥事などもなく三島内閣は順風満帆に進んでいた。
鼻から大きく息を吸い込むと、ゆっくりと10秒掛けてその空気を口から吐き出していく。何か大きな発表などがある時、三島がゲン担ぎとしてやっている呼吸法だった。
祖父は外務大臣、父は国連事務総長を務めた。
元々は兄が政治家であり、党の政調会長まで務めた人物だったが病に倒れて政界を引退していた。その志を継ぐということでサラリーマンから政治家へと転身したのが15年前。周りの後押しもあって、政治家としての道を切り開き、ついに内閣総理大臣になることができた。
それなのに、なんなんだこの仕打ちは。
私が何をしたというのだ。
三島はもう一度、鼻から大きく息を吸い込み、こころを落ち着かせる。
首相官邸に設けられた会見場の扉を佐伯が開けて三島が歩みを進めると、会場にいた報道関係者たちが一斉にフラッシュを焚く。
会見場にいる報道各社の記者たちは見知った顔ばかりであったが、どの顔にも緊張感が漂っていた。
日本国旗に一礼をし、壇上にあがる。三島の頭の中にはこれから話す内容がしっかりと記憶されているが、目の前にある透明のスクリーンにちらりと目をやる。
このスクリーンはこちら側から見ると文字が表示されているのだが、記者側の席から見るとただの透明のアクリル板にしか見えないという装置だ。
これから、現在発生している地獄のような現実を国民に発表しなければならない。
これはただの病原菌ではない。人が人を滅ぼすためのウイルスなのだ。
感染者は非感染者を襲い、場合によっては殺害してしまう。
運が良ければ非感染者は感染者となる。運が良くて、それだ。
いまは非感染者をいかにして守るか。それだけだった。
会見席に並べられたマイク。
マスコミの代表社のカメラに向かって一礼をする。
この放送は全テレビ局が代表1社の映像を使う。
マスコミもあちこちの取材に飛び回っており、人が足りないのだ。
目の前に置かれたコップの水をひと口飲んだ後、咳ばらいをしてから三島は話しはじめた。
「日本国民の皆様にお伝えいたします。
いま、我が国は危機的状況にあります。
原因不明のウイルスが街にはあふれ、ウイルスによって狂暴化した感染者たちが暴れまわっています。
我々はこの感染者をデッドマンと呼ぶことに決めました。
WHOによれば、このウイルスは全世界に広がっており――――」
三島が会見を行っていると、記者席の後ろの方で何かが倒れるような大きな衝撃音がした。
一斉に記者たちが音のした方を振り返るのと同時に、三島の周りにいたSPたちが配置につく。
「ちょ、おまえ、やめろ。痛っ、痛えな。バカ、噛みつくな」
記者席の後方で望遠レンズ付きのカメラを構えていた新聞社のカメラマンが大声をあげている。
腰のあたりには報道という腕章をつけたパンツスーツ姿の若い女がしがみついており、カメラマンは必死にその女を自分の体から引き離そうと、握り拳を女の頭に振り下ろしていた。
「感染者だ」
誰かが叫んだ。
会見場にいた記者たちが後ずさる。
各社のカメラマンたちはこのチャンスを逃すまいと言わんばかりにカメラのシャッターを切る。
「痛い、いたたたたた。ちょっと、お前ら、撮ってないで助けろよ。痛い、痛いって」
しがみつかれたカメラマンは腹のあたりを噛みつかれたのか、着ている白いTシャツが赤く染まっていく。
周りのカメラマンたちはシャッターを切るばかりで、誰も助けようとする人間はいなかった。