第8話 Panic High school(1)

文字数 1,781文字

 英語の授業というのはどうしても好きになれなかった。
 どうして日本人である自分が英語を学ばなければならないのか。
 そういった気持ちがどこかにある。
 英語なんかよりも、もっと日本語について日本人は学ばなければならないのではないだろうか。
 そんな真面目な意見を持っているのかといえば、そうではない。
 ただ、英語の授業が嫌いなのだ。
 そして、英語の教師も。

 教科書を読めというから読んでみれば「キミの発音だと海外では通用しないよ」などといってクラスの笑い者に生徒を吊るし上げたりする。
 だが、あの英語教師は背が高く、人気のある歌手に顔立ちが似ているということで、女子生徒たちからはちやほやされている。
 それだけでも許せない。
 くそ、なんで世の中っていうのはこんなにも不公平なんだ。

 松崎コウジは黒板に向かって英文を書き連ねている英語教師の服部の背中を睨みつけ、心の中で呪詛を呟いていた。

 隣の席に座る白鳥サクラは視線を黒板とノートの間でラリーさせながら、一生懸命黒板の文字をノートに書き写している。
 白鳥サクラは勉強が出来る。
 顔も可愛いし、誰にでも隔たりなく接し、性格もよい。白鳥サクラに好意を寄せている男子は大勢いる。
 松崎もその中の一人ではあるが、その思いは口に出せないでいる。

 もし、白鳥サクラに告白をしてしまえば、いままでのように自分と気軽に話をしてくれなくなってしまうのではないだろうかという恐怖感があるからだ。
 しかし、白鳥サクラのことが好きだという感情は今にも爆発してしまいそうで、夜になるとベッドで一人枕を抱きかかえながら悶々としている日々を過ごしている。

 松崎がぼおっと白鳥の横顔を見つめていると、その視線に気がついたのか白鳥サクラが顔を上げる。
 そして、目が合うと白鳥はにっこりと笑みを浮かべる。
 もう、この笑顔だけで松崎はトロけてしまいそうだった。

 これって、俺に好意を寄せてくれているんじゃないのか。
 そんな風にも勘違いしてしまう。
 いや現実に勘違いしてしまった男たちを何人も見てきた。
 そういった男たちは勢いに乗って白鳥に告白をして玉砕して行っている。

 白鳥サクラ、現在彼氏はいない。
 それだけは確かだった。
 もしかして、俺の告白を待っているんじゃないのか。
 そんな妄想に松崎は掻き立てられることもある。

 しかし、告白するのは怖いのだ。
 ああ、俺はどうすればいいんだ。
 この日も、松崎の悶々とした感情は続くのだった。

「ここでは、助動詞が……ん? 高木、どうした?」
 黒板に書いた英文の説明をしていた服部が教室の片隅へと視線をやって、動きを止める。
 その視線の先にはクラスメイトの高木一生の姿があった。
 きょう、高木は風邪で休みということになっていたはずだ。
 教室に入ってきた高木は虚ろな目をして教室内をゆっくりと歩く。

 高木の席は廊下側の一番端だったが、高木はその自分の席を通り過ぎる。

「おい、高木。いまは授業中だぞ。自分の席に座りなさい」
 服部が声を掛けたが、高木はその声が聞こえないかのようにゆらゆらとしながら教室内を歩く。

 高木の向かおうとしている先、そこには白鳥サクラが座っていた。
「高木、何やってんだよ。服部先生が座れって言ってんだろ」
 クラスメイトの杉内が服部の肩を掴んで立ち止まらせようとしたが、服部はそんなことは意に介せずといった感じで杉内の手を振り解くと、再び白鳥サクラの席の方へとゆっくりと歩き出す。

「いい加減にしろ、高木」
 服部が教壇から降りて、高木のもとへと早歩きでやってくる。

 平手打ち。
 服部の掌が高木の頬を打ったように思えたが、悲鳴を上げたのは服部の方だった。

 高木は口を大きく開けると、服部の手首に噛み付いていた。
 先ほどまで無表情だった高木は、目を見開き狂気が宿ったような顔をしていた。

 バキバキともボキボキとも聞こえる、骨の砕ける音が教室内に響き渡る。
 服部は必死に高木から自分の腕を引き離したが、服部の右手の手首から先は皮一枚でどうにか前腕にくっ付いているといった状況だった。

 服部は悲鳴を上げながらうずくまり、ブルブルと体を震わせている。

 高木は口の中で服部の手首の肉をもにょもにょとしばらく動かしていたが、喉仏が上下し、その肉を飲み込むと、再び顔を白鳥サクラの方へと向けて、ゆっくりと歩きはじめた。
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