第3夜

文字数 1,550文字

注意! かなり高レベルな本編ネタバレ要素を含んでいます!
……なんだって。
えーと。何の話をしてたんだっけ。
そうそう。とにかく僕らの業界は、非常に厳しい環境に置かれている。


そんな中でも僕なりに、陰陽師がどう生き残るかを真剣に考えてきた。そうやって出した答えが日輪高校での試みだった。

文明が発展して、人間の何が衰えたと思う? 僕ら除霊屋には分かるけど、魂そのものがめっきり衰えてるんだ。


一般には実体とか存在のことを指す”Entity”という言葉は、一部の人の間では魂とか死霊としても通用している。僕がここで言う「魂」は、そのEntityに近い。


人間は機械じゃない。喜怒哀楽があって、その時々で魂は力を得たり失ったりするんだけれど、生涯を通じてその総量は各人ごとに決まっている。


その総量、「人類全体の」と言ってもいいかもしれないが、それがこのところ加速度的に減少してるのさ。


前に向かって生きる力が人間に残っていれば、過去に回帰しようなんて考えない。目の前の苦しみや悲しみを、苦痛を感じながらも乗り越えようとするだけの力があるのなら。でも、誰だって永遠にそうしてはいられない。ましてこれほどに魂の力が弱くなってしまっている時代には。


悲惨なケースだと、重荷に過ぎなくなったEntity(中身)は放り出し、Empty(からっぽ)な入れ物になった方が生物としては活性化するみたいな、自暴自棄な考えに陥ってしまう。心当たりのある人はいるんじゃないかな?


だから僕は、そんな人たちが憩える場所を用意した。彼らの魂の一部を過去に引き戻し、つかの間の安逸を得られる場所を。


座光寺君は「イメクラだ」と言ったけど、彼にはまだ分からないんだろう。

苦労知らずに育った彼は、多くの人が味わう人生の苦しみから隔てられている。人生の現実がどんなものか、少なくとも僕は彼よりは知っている。


ここでちょっとプライベートな話をしよう。


今でこそ僕は西塔家の当主だけど、実は養子なんだ。末流も末流の、極貧の母子家庭で育った。実の父親にはいまだに会ったこともない。

物心つくかつかないかの頃から、普通の人に見えないものが見えた。すぐに霊と対話できるようになり、彼らを操れるようにもなった。末流ながらも西塔の血を引いていた母が、7歳の僕を男子のいなかった宗家に紹介した。その1年後に母は結婚して、今では新しい夫の子供がいる。


生活上の理由もあったろうけど、何よりも母は宗家の養子にすることで僕の才能を生かそうとしたんだと思う。だから感謝しているよ。


話を戻そう。


持論では、もう既成の宗教には魂の救済なんてできない。極楽往生にせよ最後の審判にせよ僕に言わせれば絵に描いた餅、ただの迷信だ。ビジネスとしての宗教が客を集めるための謳い文句に過ぎない。


何より救いようがないのは、多くの人がそれを分かってしまってるってことなんだ。


そんな人々の魂を救えるのは、絵に描いた餅じゃなくて、苛酷な人生を文字通り夢に変えてしまえる場所なんだよ。


ここが肝心だ。「思い込み」じゃなくて逆転なんだ。現実が夢になり、夢が現実になる逆転。これを僕は実現できると思った。

そりゃ、バラ色の人生を送ってる人には何も必要ないだろうさ。そういう人たちが鼻で笑いたいなら勝手にすればいい。


彼らは彼らで、自分たちが人から褒められるような人生を送ってるかどうか知りやしないんだから。


彼らの何十倍、いや何百倍もの、救われない人々が世界にひしめいてる。世の中に溢れている悲惨さのマイナスを、そのままプラスに転換することができない限り、苦しみ続けなくちゃいけない人たちが。そんな人々を救わなくてどうするんだ?


これがビジネスチャンスでなくて何なんだ!……って話を座光寺君にしたんだけどね。
彼は「不健全」だってさ。
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