第2夜

文字数 1,353文字

この1年半ほど、西塔家に除霊の注文は1件も入ってきていない。その前なら年に2回、多い年で4回はあったんだけど、ぱったり音沙汰がなくなった。

建物を新築する前の方位占いなんかもそうだ。地鎮祭だけはしっかりやるのに全然声がかからない。


なんでだろうって不思議で仕方なかった。まあ今は納得ができるけれど。

確かに、もう専業の人は一人もいないとはいえ、僕らだって報酬を受け取って除霊なり卜占(ぼくせん)なりを請け負ってる。成果が金額に見合わなくなったっていうより、陰陽師が陰陽師として、真剣に生き残りの努力をしてこなかったのが最大の原因だと思う。

そこへいくと神職ときたら本当にえげつないね。

まあ中世からこのかた衰退の一途だった陰陽師とは比較にならないけど、明治以来彼らも時代の変化の中で必死に活路を見いだそうと努めてきたわけだ。目端が利いてたのは間違いないよ。


座光寺君の一族もそうだ。彼ら滅霊師(めつりょうじ)は「殺し屋」って点で成果がはっきりしてる分、僕らよりも重宝がられる。悔しいけどこれは認めざるを得ない。

悪霊だろうと善良な霊だろうと、滅してしまえばゼロ、完全な「無」。戻ってくることはあり得ないから生者は枕を高くして寝られる。需要は高いだろうよ。


ちょっと脇道に逸れるけど、日本では人が死ぬと、住民票を削除して「除票」という書類を作る。最近法律が改正されて、この除票の保存期間がこれまでの5年からなんと一気に150年に延長された。つまり、ある人が存在したという記録は、死後150年残ることになったわけだ。
これはもう、お寺の過去帳に匹敵すると言ってもいい。
そうはいっても、成仏せず現世に漂っている霊が150年経てば消えてしまうわけじゃない。書類の保存期間に縛られるわけがないからね。
そういう意味で「霊」は、僕らに言わせると、半永久的な「記録」あるいは「証拠書類」みたいな側面があるんだ。
除票のような書類には故人の名前とか性別、生年月日といったごく基本的な情報が記録されてるわけだけど、霊にはもっとプライベートな部分、つまり性格とか行動パターンとか物事の好き嫌い、あるいは生前から持ち越された心残りみたいな、全人格的なものが保存されている。

僕らはそういう情報一つ一つを尊重して、霊の振る舞いが生者の生活と摩擦を生じる場合には、平和的にお鎮まりいただくように努めるのが仕事だ。

ただしここで、生者にとって都合が悪いもの……まあ悪霊だね。こういう悪霊自体がバグみたいなものだから、構成するデータを書き変えたり、霊をまるごと消去したりできれば一番手っ取り早いじゃないか、なんて乱暴な考えを起こす人たちはどうしても出てくる。

そういう身勝手な動機を是とするか非とするかは、ひとえに人間の節度にかかってると僕は思う。悪霊化した事情を全面的に受け入れて「せめてここはお鎮まりください!」と懇願するか、「くたばりやがれ!」と滅ぼしてしまうかは、良心とかいう以前に、やっぱり節度の問題だと思うよ。


……とまあ、手前味噌なことを言ったけど、実効性の点で除霊が一時的な処置にとどまるのは否定できない。「所詮は気休め」「対症療法」なんて言われて何度ガックリきたことか。でも最近は慣れっこになった。


なんだか眠くなってきちゃった。続きはまた今度。
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