第5夜

文字数 1,433文字

今日はまず「時間」のことから。

僕ら人間は時間を、過去から未来に向かって流れていくものと考えている。物理学的に絶対という意味を除けばそれは真理だ。生物は一般的に時間の流れに沿って成長し、衰え、最後は朽ちて死ぬ。


生物として体感する時間に限って言えば、将来ひっくり返ることがあり得るかもしれない。

昔よりずっと人間の寿命は延びたと言われているけど、今や永遠の生命も夢じゃなくなっている。実際、最新の科学は永遠の命をほぼ射程に捉えたと言えると思う。


それに加えて、死んだ人間を生き返らせることもできたらどうだろう?

死んだはずの親や祖父母が、子供の生きている間に復活するのが当たり前になったりすれば、先祖から子孫へと続くはずの時間の流れが滅茶苦茶になってしまうよね。老いた孫の末期(まつご)を、ずっと若い祖父母が看取るなんてことが現実になったら、嬉しいような気持ち悪いような……。


何世代か何十世代かが円環になって、終わりも始まりもない家族の歴史をぐるぐる回り続けるみたいなことが起きるかもしれない。まあ、選ばれた人だけの特権になるだろうけど。

そんな空想を現実にするためのカギを、僕たちは握っている。


そう、「霊」の活用だ。

死者の人格を形成していた情報の100%を、魂の入れ物である物理的な肉体にダウンロード/インストールすれば、完全にその者は復活することになるわけだからね。


前にも言ったように、「霊」は個人情報の塊だ。丸ごと一つの人格なんだから、紙や電磁的記録上のどんなデータよりも確度が高く、信頼性がある。

あえて乱暴な言い方をしようか。霊は商品になり得るんだ。未開人みたいに霊魂を神格として考えるのはやめて、あくまで個人を構成するパーツの一つだと思えばいい。そして商品化のためのライセンスを、既に僕ら陰陽師は手にしていると言える。

僕の考えでは、契約はあくまで個人単位で、復活を希望する人と事業者である陰陽師──この古臭い俗称もいずれ変えないといけない──が直接取り交わす。この契約に基づいて死後に肉体が再製された時、僕らの管理下で霊を封入するわけだ。


裕福な人なら生前の肉体に縛られることもなく、金に物を言わせて美しく強靭なボディーを選べるだろうけど、それは僕らの知ったことじゃない。

ここで、例の死後150年保存されることになった住民記録が使われる。実行前に除票の記録と照合して、当該人物であることが確認できれば、晴れて死者の復活という運びになる。


もちろん、「なりすまし」を防ぐ必要はある。そのために使われるのがマイナンバーだろう。一つ一つの霊とマイナンバーを紐付けする仕組みについて、政府から認可を得なくてはならない。


そのためには100%完璧な個人認証システムが必須だ。今のところこれが最大のネックだと思う。

「妄想だ」なんて言わないでほしい。「永遠の命」「転生」。これほど現代人が望んでいるものが他にあるだろうか? 夢はいつか実現すると信じるところに、人類の進歩はあったんじゃないか?

ところで「紐付ける」って言い方はなんか嫌じゃない? 自分で望んだわけでもない胎盤と無理矢理(へそ)の緒で結ばれるようなイメージがあるんだよね。


「ひもづける」なんて平仮名で書かれると胡散臭さ百倍だ。拘束されて全然抵抗できないまま「何も心配いりませんよー、ひもづけてあげますからねー?」みたいに甘い声で囁かれてる感じがする。

「リンクさせる」じゃなぜ駄目なんだろうか。


好みの問題かもしれないけど。

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