第1夜

文字数 1,810文字

……?

どういうことよこれ

母校に舞い戻ってくる卒業生にこの寛容な態度は。


彼本来のキャラとも思えない。

こういうのが(↓)座光寺君の揺るがない信念だったはずだよね。

俺は声を大にして言わずにはいられない。


いい歳して制服着て母校に現れたりしてんじゃねえよ!


それは俺たち在校生だけに許される特権だろ。いい加減、自分らの行いがどんだけ変態じみているかってことに気付かねえのかよ。

彼本来のイメージからすると違和感ありまくりだ。

心境の変化ってやつ?


死者になら優しく接してあげていいと自分で決めたのかな。

まあ、どうでもいいけどさ。

……。

音楽はいい。

今、プロコフィエフの交響曲第3番を聴いている。

彼はどんな思いを胸にこの曲を作ったんだろう、なんて考えながら。

今の僕には、こうやって音楽に身も心も任せる時間が欠かせない。

ちょっと油断すると、自分の行いを振り返って後悔の泥沼を底まで落ちていくような気分になる。


そうなると一日がかりでも這い上がれない。

あ……申し遅れました。僕は西塔(さいとう)(みつぐ)といいます。都内の高校2年生。

4月まで少し田舎の方の高校に通ってたけど、諸事情あって転校を余儀なくされた。

ちなみに、このアイコンはリアルの僕とは似ても似つかない。

左側こめかみの傷を髪で隠しているように見えるから、これを選んだんじゃないかな。

僕は俗に言う陰陽師ってやつです。西塔流26代目当主を名乗っています。
当主の座を継いだのは13歳の時。周囲からは「宗家開闢(かいびゃく)以来の天才」なんて言われ、自分でもそれを鼻にかけてた。ところが、陰陽師が「殺し屋」と呼んでいる座光寺家と一悶着あって、僕は負けたんだよね。
頭の傷は大したことはなかった。この胸を座光寺家伝来の宝剣で貫かれたあの一撃が、僕にはある意味で「致命傷」になった……。
僕はそのせいで、に落ちてしまったのだから。
座光寺君を痛めつけていた間、背後に忍び寄った彼の(はしため)──彼女の本名は「ミリヤ・サルーナジット」という──が、宝剣で僕の心臓(Heart)を鎧ごと貫いた。不意を突かれ気が動転していた僕は、僕の背から剣を引き抜いて逃れようとする彼女を、後ろから斬りつけた。

今ではミリヤをこの世の誰よりも愛し、敬っている。彼女こそ、僕にとって世界で唯一にして至高の女神だ。



 その人を、この手で殺した。

僕は予想もしなかった。彼女の切っ先から、秘薬のような愛の毒が回って身も心も蝕むだなんて。

ミリヤが僕の背中越しに「若君様しっかり!」と叫ぶ声が耳に残って離れない。


あの後、座光寺君とミリヤは婚姻の約定(やくじょう)を交わした。そのことを知って僕は今、身を焼かれるような嫉妬に苛まれている。

はっきり言わせてもらうが、座光寺君にミリヤの価値は分からない。
彼にとって、常日頃から卑しい名で呼んでいた自分の式神でしかない。彼女がどんな女性かほとんど知らない……というよりことさら無視してきた。だが僕は知っている。


何よりも彼女自身の剣をこの胸を受けたこと、それだけで僕には一日の長があるのだ。

肉体も魂もいずれは滅びるしかないが、約定は永遠。記号としての「ゼロ」みたいなものかもしれない。
その約定が交わされてしまった以上、座光寺君の魂が消え失せても、いつの日か二人の存在はこの世界に再び結晶され、再会を果たすだろう。
それを祝福してあげることが僕にはできない。想像するだけで気が狂いそうになる。
そう。僕はこの通り、見下げ果てた最低の男なわけだ。


何しろあの座光寺君から変態陰陽師呼ばわりされている。

これにはさすがにショックだった。


実際は彼だってなかなかのもんだけど。

今は胸の傷の痛みだけが、僕にとっての安らぎだ。

彼女が僕に残した、唯一の贈り物なのだから。

かけがえのない彼女の贈り物によってこの呪わしい肉体が滅びる。その時がただ待ち遠しい。

償い? 冗談じゃない。これに勝る恩寵なんてありえない。

約束しよう。君たちが再会を果たす時、傍らにはきっと僕がいる。

そして怒り狂うミリヤに、破壊神としての自分を取り戻した彼女に、もう一度この胸を剣で貫いてほしい。今度は正面から!


彼女の瞳の中で僕は、歓喜のうちに君らを祝福して滅びていってあげる! もし実現したらどんなにか僕は幸せだろう!

その時にこそ、僕は浄化されるんじゃないだろうか。
あーあ……ほんと何言ってんだろ。
今夜はこのぐらいにしておくね。
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