8.蟻だー

文字数 6,287文字

 地下洞窟環境ドームにアズールを案内したところ、アズールはある動物に興味を持った様子。
じーっとその動物を眺め、手が出てまた引っ込めてとウズウズしてるようだ。
 その動物とは、実験用マウス。地下洞窟環境の適応とジュースキノコの危険性調査のために飼育していたものだ。
 あわよくば、マウスを持って帰ってもらい、集落の環境に適応できるか見たかった俺はこのチャンスをものにしたい。

「アズール、あれはマウスという動物なんだ」

 じーっとマウスを見つめるアズールにそう声をかける。

[マウスですか。何をしてくれる動物なのですか?]

 わざわざドーム内で飼育してるのを汲んでその意図を聞いてくるアズール。まさか、俺が現地の食べ物を食べれるかの実験用とは言えない。

「割に環境変化に強い動物だから、俺が地下洞窟でヘルメットを外せるか試してるんだよ」

 マウスが環境変化に強いとか、ないけどね。

[そうなんですか、見たことない動物です。ペットなんですか?]

「そうだね。可愛がるだけしか出来ないけど。欲しければ持って帰ってもよいよ」

[わー]

 マウスに少し触れながら、アズールは感嘆の声をあげる。マウスを持って帰るなら、洞窟までは送っていかないと。さすがにそのまま地上と水中はダメだろうし。
 マウスを持って帰るなら、マウス用ゲージとジュースキノコパウダーがあれば大丈夫だろう。サイズが少し大きいので、まずゲージだけでもいいかな。
 俺はアズールに、マウスのゲージのことと餌のことを説明しつつ、持って帰るなら、洞窟入り口までマウスを運ぶことを伝えた。

[持って帰れるか、みんなとお話しします!]

 上機嫌なアズール。集落でマウスが無事なら俺も無事なはずだから、ぜひ持って帰ってもらいたい。
 持って帰ってもらうマウスは念のため去勢しておこう。万が一、このマウスが大繁殖して環境汚染したら困るから。

 次に蛍光色の様子を見てもらった。アズールが言うには日光に当てないほうが良いらしい。地下洞窟で育ってるものだし当然だよな。というわけで、蛍光色はプレハブの中で育てることにした。
 蛍光色は大小様々な生物で構成されているみたいだけど、狙い目は小さなシダと細菌類(キノコ)だろう。虫やらはシダを食べるし。育てるには不要だと推測される。

 今回アズールは、また違う種類のシダとキノコを持ってきてくれた。今度のキノコは黄色、それも蛍光色の黄色。シダのほうは、10円玉ほどの大きさの種。種の殻を取ると、中は寒天とツブツブが入っていた。
 かなり、変わった植物だけど、まず調査してみよう。
 次は何を持ってきてくれるか楽しみだ。

 そして、試食タイム!
 今回は、ジュースキノコにキュウリを数本だ。ちゃんと無菌処理をしているから問題ない。キュウリはこの前のシダの種の分析から食べれると判断した。メロンも大丈夫そうだけど、まだ育っていないから今回はキュウリで我慢してくれ。

 アズールはキュウリの緑色をマジマジと見ている。緑色の実は珍しいのだろうか。カミキリムシなら葉っぱも食べれそうだけど、消化できるか不明な成分があるため出せない。

[おいしいです!こんなみずみずしい食べ物があるんですね]

 どうも、キュウリのような水分豊富な食べ物は珍しいらしい。

 アズールが帰宅してから、さっそくもらった食べ物の成分調査をすることにした。

「えー、黄色のキノコ。見るからにダメそうな雰囲気を出してるけど、どうなんだ、これ?」

「調べておくから、全部置いといてね。それより島田。野良蟻洞窟で動きがあったわよ」

「何があったんだ?」

「蟻はどんどん増えてたんだけど、新キャラクター登場よ」

「なんか嫌な予感がするんだが」

「よくわかったわね。新キャラクターは巨大蜘蛛よ。蟻を捕食してるわ」

「蜘蛛か、蜘蛛は場合によっては脅威だな」

 蜘蛛は、地球の進化の歴史では、最古参の鋏角類に入る生物だ。鋏角類はかつて最も繁栄したグループだったが、陸では昆虫類に、海では甲殻類に押され、衰退していった。
 しかし、古い進化系統の種でありながら、有力な捕食者として綿々と現在まで生き残るのが蜘蛛とサソリだ。蜘蛛は網をうまく使うことによって捕食者としての地位を守ってきた。
 巨大蜘蛛となると、蜘蛛糸と8本の足による柔軟な動き、強力な顎と人間にとって脅威と予想される。
 巨大蜘蛛がどれだけ水中適用しているのかによっては地上まで来る可能性まである。
 とはいえ、昆虫類と違って頑丈な装甲を持たない蜘蛛が熱湯の雨の中で生き残れるとは思えないし、雨がなくとも、気門で呼吸する限り、酸素濃度が極端に低い地上では生存不可能だろう。
 結果、蜘蛛であっても俺のドームには影響はない。だが、もし遊泳できた場合にはアズール、リーノにとって脅威になるかもしれない。

「シルフ、その蜘蛛は遊泳できるのか?」

「不明ね。ただ、野良蟻洞窟まで入ってきたから短時間なら泳げる可能性もあるわね」

「だなー。巨大蜘蛛がどんなのかまず見てみるか」」

 監視カメラってほんと便利だよね。いろんなところに仕掛けてるのだ。

「これは...」

 モニターで見る蜘蛛のサイズは、巨大蟻と同サイズだった。ドーベルマンほどのサイズだ。蜘蛛らしく俊敏な動きで、洞窟の壁や天井でさえ苦もなく歩行する。
 糸は巣を張るタイプではなく、手に持って投げるタイプの蜘蛛糸だった。蟻に向かって糸を投げつけ、動きが止まったところを捕食。蟻は多少抵抗するものの、さすが家畜にされるくらいの生物なので、あっさりと仕留められている。
 野良蟻たちは、巨体に関わらず割に繁殖速度が早いので全滅まではいかないだろうが、ほうっておくとどんどん蜘蛛の個体数が増えていくだろう。
 これは手を打ったほうがいいかもしれない。

「巨大蟻じゃ相手にならないようね」

「んだな。こんなのが集落に侵入したらアズールたちでも大変なんじゃないか」

「案外、あっさり撃退するかもしれないけどね。あの子達、人間よりも身体能力がかなり高そうだし」

 確かに、泳ぐ速度もそうだが、蛍光色を取りに行った時の触覚の感知力もスグレモノであった。泳ぐ速度から陸上種ということを加味すると陸上でもかなりのパフォーマンスが予想される。
 蜘蛛は蜘蛛で、壁を縦横無尽に駆け回る俊敏さと粘着性のある糸がある。実際見てみないとわからないけど、どっちかが一方的に仕留めるのかもしれない。

 蜘蛛の話で心配していたら、翌日リーノが訪ねてきたのだった。



[すまない。蜘蛛が出た]

 リーノは訪問早々そう言って少し頭を下げた。

「野良蟻のところ?」

 知っているけど、一応そう答える。

[そうだ。蜘蛛は多少なら泳ぐことはできる。島田は泳ぐのが得意じゃなさそうだから、気をつけて欲しい。地上に来ることはない]

 泳ぐのは普通だって。人間だもの。リーノたちのようにはいかないさ。

「蜘蛛がリーノ達を襲うことってあるのか?」

[蜘蛛は捕食できるものなら何でも襲いかかる。もちろん私たちも例外ではない]

「そうか。蜘蛛を相手にするとどうなんだ?」

[数匹同時でなければまずやられることはないさ]

 逆に言えば、数匹同時なら危ないってことか。なら協力してもいいか。

「蜘蛛は野良蟻という豊富な食料があるから、大繁殖するかもしれないぞ。よければ蜘蛛退治に協力させてくれないか?」

 ものすごく意外そうな顔をされたんだけど、そんなに俺は弱そうなのか...


 蜘蛛も気門から呼吸してる限り、必ず溺れるはずだ。シルフの事前調査から少し手を加えればやつらを殲滅できる。

「大丈夫、もし失敗したらすぐに伝えるから。三日後にまた来てくれないか?」

[私たちは、蜘蛛が来るなら倒すつもりだったんだ。洞窟まで行くことはない。君が倒すというなら、ありがたい話だよ]

 半信半疑な様子のリーノ。

「野良蟻も殲滅してしまうが、よいよな」

[ああ、問題ない]

「あ、せっかく来てくれたし、蟻食べていく?」

[フェルミーカがまだあるのか!実のところ私はフェルミーカに目がなくてね]

「甘い味付けでも大丈夫か?試してみたい味付けがあるんだ」

[ああ、問題ない。できるまで待たせてもらうよ]

 明らかに上機嫌でリーノはそう応じた。
 よし、今日の蟻は、ジュースキノコパウダーをふりかけてみるぞ。

 蟻の身を蒸らして、ジュースキノコパウダーを振ってみる。プリプリの蟻の身が食欲を誘う。カニだ、これはカニなんだ。

「さあ、食べるが良い」

 何者だよ俺。俺の変な言葉を気にすることなくリーノはフォークを持ち、豪快にカニではなく...蟻の身に突き刺した。

[ほう、ジュースキノコか、これはいける]

 ほうほう。それは良かった!マウス実験もそろそろ終わるし、俺も近く食べれそうだ。
 リーノは完食すると、帰宅して行った。

「さて、シルフ。いよいよ異星人による侵略だ」

「そう言うとカッコイイけど、ぼっち島田による、ずる賢い蜘蛛殲滅作戦。ついでに蟻も死んじゃうよ作戦だよね」

「ずる賢いって、安全確実じゃないか」

「作戦行動の98パーセントは私がやるんだけどね」

「ま、まあ。ブリーフィングをしようじゃないか」

 作戦は単純だ。蟻洞窟の奥に一箇所抜け穴があるので、そこを爆破し塞ぐ。次に、湖側の入り口があるけど、ここは放置でもいい。今回蜘蛛が流れてきたら困るからカーボンで一時的に塞ぐか。

 作戦は水責めだ!塞いだ後にポンプで洞窟に水を注入し、息絶えるのを待つ。まあ一晩置いておけばよいだろ。
 指揮官たる俺はここを動かない。

「動かないんじゃなく、やれることないだけでしょ」

 いつもながら、突っ込み激しいな。まあ、そういうことだ。
 いざ決行だ!

「あー、あー、こちら島田、ポイントA準備はどうだ?」

「ポイントAて何よ?合図だけでいいわよ」

「いや、こういうのは雰囲気がな。まあいい。爆破頼む」

「あいあいさー。モニターチェック!」

 モニターには、崩れた岩によって隙間が塞がれたことが確認できる。
 よし、成功だ。次行くぞ。

「次、湖側スタート。塞いだら水を注入開始」

「あいあいさー。洞窟内の水位が満水にらなるまで、およそ5時間」

「さすが、シルフ。無駄に高いポンプの性能だ」

「私にかかれば、こんなもの容易いことよ」

 ほーっほっほとでも、笑いそうな雰囲気だな。シルフもノリノリだよ。たまにAIであることを忘れる。

「状況監視を頼む。24時間後に洞窟内にいるラジコンにて周囲の状況を確認。問題無ければ、入り口のカーボンを撤去」

「りょーかい」

 あれ、ほんとに俺、何もしてない。まあいいや、寝よう。


 さて、蜘蛛と蟻はどうなったかなー。
 モニターを見る限り、全て死滅しているように見える。素晴らしい!さすが俺の作戦。

「状況報告頼む」

「赤外線で見る限り、熱反応は一切ないわね。休眠でやり過ごす可能性もあるけど、私がそれを見逃すはずはないわよ」

 機械のような正確さだな。あ、コンピュータか。余りに人間ぽくてすぐ忘れるけど、シルフはコンピュータだ。
 アンドロイドの技術が出来れば、シルフのAIを突っ込んでみたい。きっと人間と変わらないぞ。

「回収はどうしよう?数にして100は軽く超えるよな」

「放置も不味いわね。明日リーノが来るまでに、10体づつくらい回収しちゃう?サンプルも欲しいよね」

「蟻は食用だしな。凍らせておけば保管できるし、蜘蛛は糸次第で使えるかもしれないな」

 残りはリーノたちと相談しよう。シルフに大型作業車両を出してもらって、運んでもらうか。俺はここでモニターしておこう。何もしてないじゃないか?って、気にするな。問題ない。
 下手に見学して怪我したら嫌だしなー。

「そういえばシルフ。リーノが言ってたんだけどフェルミーカって何?」

「フェルミーカは...蟻よ」

「蟻のことかよ!なんでわざわざフェルミーカなのか」

「あんたの好きな雰囲気作りじゃないの?よくわからないけど」

 フェルミーカとはイタリア語で蟻のことらしい。ついでだからリーノも意味あるんじゃないだろうかと思い、シルフに聞いてみるとイタリア語で水玉やドット柄のことをチルコリーノとかパッリーノとか言うらしい。
 なら、アズールも意味あるんじゃないかと思い聞いてみると、こちらはフランス語で青という意味らしい。
 「全員そのままじゃないか!」とシルフに突っ込みを入れたら、「あんたの頭が単純なのよ」と返された。テレパシーを受け取る側は相手のイメージを脳内で自分の言葉に変換すると予想されるので、俺の頭がそのまんまな解釈をしたってことか!
 我ながら単純だな。俺。

 翌日、蟻と蜘蛛を運び込み、蟻はそのまま冷凍保存へ。今後冷凍保存を行う食べ物が増えるかもしれないので、新しく冷凍用のドームを仕立てた。蜘蛛は一体を検査に回し、残りはとりあえず冷凍ドームへ放り込んだ。
 腐ると大変そうだしね。もし処分するなら焼却に限る。蜘蛛の検査や先日アズールにもらった食べ物の検査、マウス実験の成果などなどやりたいことがいろいろあるが、おそらくそろそろリーノが来るはずだ。
 蟻の身蒸しジュースキノコを添えてを準備しておこうか。

[こんにちは]

 ちょうど出来上がるころにリーノはやって来た。出来上がるのを察知してたんじゃないのかというタイミングだ。

「まあ、食べながら話をしよう」

 と奥の洞窟環境ドームにリーノを案内し、蟻の身蒸しジュースキノコを添えての乗った皿と、炭酸入りジュースキノコをリーノの座るテーブルへ運び込んだ。

[また、新しい料理だな。君は毎回私を驚かせる]

 シュワシュワと炭酸が泡立つジュースを一瞥し、リーノから感嘆の声。俺が思うに、リーノはきっと食べるの大好きだ。食べているときの様子がいかにも食べるの好きですってオーラが出てる気がするからだ。
 炭酸は水に二酸化炭素を混ぜたものだし、この世界にもきっと天然の炭酸水は存在する。
今降っている雨なんて、炭酸水直前だしね。また、二酸化炭素自体は口に入れても問題ないことがわかってるし、むしろ飲む習慣まであるかもしれない。
 現状、リーノからは食べ物を持ってきてもらってないので、彼女がどんな成分を吸収できるかは分かっていない。本人が蟻なら食べれると言っていたので蟻を準備しているに過ぎない。
ジュースキノコはアズールと一緒に飲んでいたから大丈夫だろうという想定だ。

「食べながらでもいいんで聞いて欲しい...っと食べてからにしようか」

 あまりに食べるのに集中しているため、俺は言葉を切り、リーノの食べっぷりを観察している。食べ方は豪快にフォークに突き刺しているとはいえ、口を開き歯でむしゃむしゃするのは人間そっくりだ。
 たまーに、触覚がピコピコ動いているのは意識してなのか、無意識なのかは分からないけど。赤字に青紫の組み合わせの触覚は非常に美しい。
 地球に帰れたら、フリソデエビを飼育してみようかな。この青紫は綺麗だ。
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