7.カブトムシが気持ち悪いです
文字数 6,279文字
「まあ、冗談はさて置き、緊急時に蟻駆除は地球的にはアウトだけど、島田にはありね」
「もし、野良巨大蟻がニッチもサッチもいかなくなった場合、藁をも掴む感じでこのドームに押し寄せて来ないとも限らない」
「そういうことにしといてあげるわよ。素直じゃないわね、ほんと」
シルフが危険なことを言っていたが、実のところ俺個人で携帯できる武器はほとんどない。というのは、戦闘行為が想定されていたわけではないから。せいぜい、護身用のライフルと麻酔銃、クリスタルカーボン製のハンマーなどの工具あたりしかない。
他には、炭鉱などに何かと使える爆薬類。何というか、「俺たち開拓団!」な感じの装備しかないんだ。
「シルフ、今のうちに蟻のいる洞窟の詳細な地形調査を頼む」
「あんたの考えたことが、だいたい予想つくわ。鬼畜ね、あんた」
何とでも言うがいい、駆除には安全確実な方法のはずだ。ただし地形による。
「あーシルフ、今育ててるマウスの一部を洞窟環境のドームで育ててみようと思ってるんだ」
「ドームだと限定的だけど、ウイルスや細菌の影響がどれくらいかわかるわね。ついでだから、ジュースキノコのパウダーを与えましょっか」
「化学合成できたのか?」
「未知の物質はなかったし、量産できるわよ」
仕事がはええ。合成できるなら、天然物ではないけど、アズール達に気前よく振る舞えるな。お土産にもよいかも。
ホープのものであっても、地球産の物質と同じものであれば、再現できるはずで、キノコジュースはできたということだ。もちろんできないものもある。何度も精錬してる白銀だ。重量が軽くなるのは何故か全く想像がつかない。
調査できてはないけど、おそらくタマムシ繊維も再現できない気がする。あれも硬度や重量が計算とズレそうだ。
白銀のような謎物質が、どういう構造か分かれば宇宙船や航空機の材料が劇的に変わるかもしれない。
まあ、帰還出来ないんだけど。
アズール達が来るのはたぶん7日後くらいだし、それまでは探索と植物ドーム、家畜ドームいじりをしよう。ヒヨコちゃんも鶏になったし、もうすぐ卵と鶏肉が食べれるぞ!
ドームは休むことなく増設をして行っている、新しいドームは地下洞窟環境にしてみて、地球産植物と洞窟産植物を育ててみるか。
そうと決まれば、洞窟産の植物を取りに行くか!まずはあれが欲しい、あの蛍光色に光る植物。
以前探検したときに、サンプルは取ったんだけど、戻るまでにダメにしてしまった。
なので、採取してくるなら、水中、地上でも運べるように、隔離ケースがいるな。ただのケースじゃダメだ。気密性のあるケースじゃないとな。温度も保てるようにしないとだ。
地上と地下の環境の違いもホープの謎だよなあ。どうなってんだろ。
「シルフ、光るやつ取りに行こうとおもう。気密できて温度も保てるケースがあったはずだ」
「あれは大きさもあるから、手動じゃないとだけど、行くの?」
「いずれ行くつもりだったし、この前アズール達と湖潜ったしなあ。今更警戒してもと思ってさ」
「蛍光色の生き物、植物かも知れないけど、調べたくなったって、ずいぶん余裕出てきたわね」
「何のかんので、生きていく分には不自由なくなってきたしな。食材はどうしようもないし、ちょっとした冒険もしてみたいってね」
「万が一のために、用意できるものはしておくわ」
「明日朝から出かけるよ」
「りょうかいー」
翌日。ワクワクの冒険が始まるよ!
と一人ではしゃいでみたが、虚しさだけが残った...やるんじゃなかったよ。
今回はサンプル採取のため、少し大きめのケースを抱えている。ケース自体のサイズはそう大きくはなく、10センチ四方くらいなのだけど、付属品で倍以上のサイズになっている。
温度を保つための冷暖房機能もあれば、気密性を保つための機能もある。これらを動かすための電源はバッテリーで行う。太陽光発電した電気をバッテリーに貯めておき、気密ケースに接続するわけだ。
このセットは濡れないよう、ケースに全て収納される。そのケースをバックパックに入れ準備完了だ。
湖に着くと、俺は水中移動用のバルブをバックパックから取り出す。これは、肩幅のサイズほどのバトンみたいなもので、手に持って進みたい方向に向けると進んでくれるスグレモノだ。水陸両用車で来ることも考えたのだけど、冒険するなら自力移動のほうが気分が盛り上がると思い、バルブを使うことにした。
自力というなら泳げよって話なんだけど、人力のみでバックパックを抱えたまま進むのはかなり厳しい...というわけでバルブを選択したんだ。
バルブのおかげで水中を快適に進むことができる。アズールたちの速度に負けないほどのスピードで俺は水中を進んでいく。シルフのナビゲートを受けつつ、最短距離でアズールの集落がある洞窟入口まで進んでいく。
なんなく洞窟までたどり着いた俺は、バックパックからケースを取り出し、蛍光色の一群を少し削り取ってケースに収納した。
ガサ!
何の音だ!虫が地を這う音に似ているが、それにしては音が大きい。
ガサ!ガサ!
まずい、近づいて来るぞ。と前方を見ると、うっすらと大きな虫の影とそれに乗る人型が見える。
「シルフ、人型が見えるので接触してみる。まずくなったらすぐ脱出するので、水際まで下がるぞ」
ヘルメットのインカムにそう告げると、俺はジリジリと湖の入口のほうへ後退しつつ、迫る虫と人を待ってみることにした。
虫は、巨大なカブトムシのようだった。ただ色が、アズールと同じような瑠璃色だ。かなり気持ち悪い。背に乗っているのはスーツとバイザーを付けていないが、遠目に見る限りアズールと同じ種族のようだ。
緊張を解かず、待っていると20メートルくらいの距離まで近づいてきた。
[島田さんじゃないですか。こんにちは]
「アズールか?」
[そうです。キノコの採取をしていたんですが、人の気配がしたので来てみました。島田さんがいてびっくりです」
どのあたりから感知出来るのかわからないけど、少なくとも、ここから20分ほど歩き、螺旋の下り坂あたりまでいかないとキノコはなかったはずだ。あの触覚か。感度のいいのは。
「この蛍光に光る生き物?が見てみたくてここまで来たんだよ」
[なるほど。ここまで出てこられるのなら、島田さんが集落に入れるようお話してみますね」
「それはありがたい!ぜひ頼むよ」
この言い方は、俺は引きこもりで外に出たくない!と思われていたのか、いや、水中に潜れないと考えていたのかもしれないぞ。この前、蟻がいる洞窟を案内された時に少し驚いていたようだし。
しかし、思わぬところでアズールから嬉しい提案を受けれた。あの幻想的な集落には行ってみたかったんだ。なら、お願いしたらいいじゃないと思うかも知れないけど、相手の事情や習慣もわからないので下手なことは言えないじゃないか。
異種族は集落に入れないとかあっても不思議じゃないし。
しかし、この巨大カブトムシは何なんだ。ポニーほどの大きさがあるカブトムシ...色はメタリックな瑠璃色。ポニーと違って足が横についてるので高さは低いが。
[ビートルが気になるのですか?]
ビートルってカブトムシじゃねえか!乗れるカブトムシ。乗りたくない...
アズールが説明するには、このメタリックブルーなカブトムシは翅がないそうだ。翅がある部分は空洞になっていてそこに荷物を収納できるらしい。
角に荷物を引っ掛けることもできるし、何より力持ちなんだそうだ。まあ、カブトムシだしね...
巨大蟻なんて目じゃないほど気持ち悪いぞ、カブトムシ。
カブトムシ、カブトムシ...誰だファンタジーが素敵とか言ってたやつ。色違いのカブトムシとかほんとうに気持ち悪い。
と、帰還してから俺はしばらくあのカブトムシを思い出してワナワナしていた。
他の色とかいないだろうな、ほんとうに。
アズールの集落は、俺が一度ラジコンで入り口まで行っているが、思った以上に巨大な集落なのかもしれない。
あのサイズのカブトムシを騎乗用として飼育出来るなら、それなりの餌とスペースが必要だ。白銀の加工や、タマムシ繊維の加工もあるだろうから、予測される規模は集落レベルじゃないかもしれない。
もしくは、あのような集落が幾つかあって、行き来してるのかも。
蟻と違ってカブトムシが水中でも平気なら、地下洞窟内の広い範囲で居住可能だ。そうでなくても、水がないエリアが広大に広がっているのかもしれない。
アズールの集落にはものすごく行きたいのだけれど、冷静になって考えてみると、波風を立てないように細心の注意を払わないといけない。
ヘルメットも取れないし、出されたものも食べれない。うーん。
訪問許可とってくれるみたいだから、もし許可が出て、こちらの準備が整ったらぜひ行かせてもらおう。
「蛍光色はコケ、細菌、シダ、小さな虫と幾つか種類があったわよ」
さっそく、採取した蛍光色を調べてくれたシルフから報告が入る。今回の調査では、無事蛍光色を持ち帰ることができたのだ。
シルフの話を聞く限り、あの蛍光色は単一種ではなく、いろんな生物の集合体だったのか。ドーム内で育成できるか、地下洞窟環境ドームに入れておこう。
「野良蟻の洞窟はどうだった?」
「運の良いことに多少の工事で大丈夫そうよ」
ふむ、蟻のほうは状況がもし変わっても協力できそうだな。巨大蟻は見た目がアレなので躊躇するけど、成分的にはエビカニなので殺菌処理すれば行けるか?
すでにマウスに食べさせるようにシルフへ依頼してるので、問題なさそうなら食べてみよう。海産系の食べ物は養殖出来ないので、人口受精ができる用意もない。つまり、俺はホープにいる限り魚もエビカニ、ノリなどが用意できないのだ。海産物好きな俺には辛い...
その救世主が、蟻なんですよ、蟻。期待はしてるんだけど、いざ食べるとなるとなあ。一応、検査が完了するまで、冷凍保存している。
翌日朝、日課の鶏さんの見学に行くと、なんと卵を産んでいた!ついに卵ですよ。卵。苦節2カ月?詳しくは数えていないけど、とにかくめでたい。
さっそく食べようとしたら、シルフに止められた。
「食べたいのは分かったけど、いきなり口をつけるのは危険よ。まず検査!」
そうだよね。一度異常が無いか見ないとダメだよね。
次にマウスを見に行った。洞窟環境のマウスも蟻を食べさせたマウスも順調そうだ。洞窟環境の低酸素でも健康被害は無さそうに見える。酸素の割合は地球の高地くらいだから問題ないのか。経過観察が必要だな。
ここに来て以来初めて雨が降っている。もう4日も雨が降り続いて、いつ止むのか想像がつかない。雨とはいえ、ほとんどの時間は霧雨で、非常に細かい雨粒が特徴だ。もう一つは、さすが二酸化炭素だらけなだけに、酸性雨どころか炭酸水じゃないのかという雨の成分である。
雨のおかげで、若干気温が下がり、現在外気温は52度。生身は無理だな。
この酸性雨がドームに影響するのかシルフに調べて貰ったけど、硫酸雨でも大丈夫なものが、炭酸程度ではビクともしないとのことだ。温度についても400度でも平気とのこと。強いなこのドーム。
しかし、これほどの雨が降ると地下洞窟環境はどうなってるんだろうか。水の流れる道は決まっているだろうから、変わらないんだろうなあ。
水は地下水となり、地表下まで落ちるはずだが、湧き水として地表に上がる。
地表に上がれば180度の高温だから、蒸発する。地球のように、地表に水はたまらないはずだ。観測結果でも湖は局地以外存在しなかった。
そんなルートを通るはずだから、洪水にはならないんじゃないかなと勝手に推測している。
そんな長雨続きの日々にアズールが訪問してくれた。火傷しないか心配だよ。
[こんにちは]
「雨に打たれて大丈夫だったのか?」
[はい、この鎧と兜があれば平気です]
つええなカマキリバイザーとタマムシスーツ。俺の知らない効果があるのかも知れないけど。タマムシ繊維は手に入れてないからな。
「あ、そうだ。この前洞窟で会ったときに採取した蛍光色をさ、育ててるんだよ」
[私たちも灯りにしたりして、使いますので、育てますよ]
ほうほう、アズールたちは蛍光色を育ててるのか、ならアドバイスが聞けるかも。
「あ、それならうちのドームを見ていってくれないかな?アドバイスがあれば聞きたいな」
[私も島田さんの畑は興味あります。ぜひ見せてもらえますか?できれば他のも]
「時間的に大丈夫かな?なんだっけ空気草の効果が切れるんだっけ」
[この前来た時に気がついたのですが、いつものあの部屋にいるときは、空気草が枯れないのです]
「なるほど。ならアズールが兜を外せるところにずっといるなら大丈夫なのかな。ただ、俺がヘルメットを外せるところにアズールが兜をつけていって大丈夫かはわからないんだよな。危険なので、行かないほうがよいだろうなあ」
[そういうことでしたら、行けるところだけでも見せてもらえれば]
「せっかくだから、ゆっくり喋りたいところだね。空気草が平気なら泊まってくれても」
[本当ですか?でしたら次来る時には都合をつけてきますね]
「おお、ならぜひ泊まって行ってよ。部屋もあるし、寝たり、お茶飲めたりできるよう用意するよ」
用意するのはシルフだけどね。
こうして、次回アズールがお泊りすることが決まったのだった。
アズールが泊まってくれるなら好都合だ。一つ試したいことがあったんだ。彼女が寝たら決行するぞ。
いや、エロいことじゃあないぞ、念のため。
俺は先にアズールをいつものアズール用ドームに案内する。一つ彼女を驚かせたいことがあったので、懐から白い粉が入った小瓶を手渡す。
[これは?]
「それは、ジュースキノコを粉にしたものなんだ。ここに水があるから混ぜて試してみて欲しいんだ」
飲みなれているアズールに量産化で
きる合成ジュースキノコの粉を試してもらいたい。味が天然物とどこまで違うのか興味がある。
さっそく、コップにキノコパウダーと水を混ぜてかき回すと、すぐキノコパウダーは溶けたのでアズールに差し出す。
両手でコップを掴み、じっとコップを見つめた後、アズールは少しだけ口をつけた。
[確かにジュースキノコですね。少し甘味が強いかもしれませんが。私は甘いほうが好きですけど]
「おお。味に問題ないようでよかったよ。よければお土産にそれを用意してるので、どうかな?」
[ぜひ。集落の皆さんにも飲んでもらいますね。ジュースキノコは雨季に入ると取れなくなりますし]
「雨季、今が雨季なのかな」
[これから2ヶ月ほどが雨季になります。雨の日が続きますよ。最も私の集落で雨は降りませんが]
まあ地下だしね。しかし、洞窟の中は一年中気温が一定なんだけど、生育しない時期とかあるんだな。興味深い。
アズールがジュースキノコを飲み終わるころ、俺は農場へ彼女を案内したのだった。
「もし、野良巨大蟻がニッチもサッチもいかなくなった場合、藁をも掴む感じでこのドームに押し寄せて来ないとも限らない」
「そういうことにしといてあげるわよ。素直じゃないわね、ほんと」
シルフが危険なことを言っていたが、実のところ俺個人で携帯できる武器はほとんどない。というのは、戦闘行為が想定されていたわけではないから。せいぜい、護身用のライフルと麻酔銃、クリスタルカーボン製のハンマーなどの工具あたりしかない。
他には、炭鉱などに何かと使える爆薬類。何というか、「俺たち開拓団!」な感じの装備しかないんだ。
「シルフ、今のうちに蟻のいる洞窟の詳細な地形調査を頼む」
「あんたの考えたことが、だいたい予想つくわ。鬼畜ね、あんた」
何とでも言うがいい、駆除には安全確実な方法のはずだ。ただし地形による。
「あーシルフ、今育ててるマウスの一部を洞窟環境のドームで育ててみようと思ってるんだ」
「ドームだと限定的だけど、ウイルスや細菌の影響がどれくらいかわかるわね。ついでだから、ジュースキノコのパウダーを与えましょっか」
「化学合成できたのか?」
「未知の物質はなかったし、量産できるわよ」
仕事がはええ。合成できるなら、天然物ではないけど、アズール達に気前よく振る舞えるな。お土産にもよいかも。
ホープのものであっても、地球産の物質と同じものであれば、再現できるはずで、キノコジュースはできたということだ。もちろんできないものもある。何度も精錬してる白銀だ。重量が軽くなるのは何故か全く想像がつかない。
調査できてはないけど、おそらくタマムシ繊維も再現できない気がする。あれも硬度や重量が計算とズレそうだ。
白銀のような謎物質が、どういう構造か分かれば宇宙船や航空機の材料が劇的に変わるかもしれない。
まあ、帰還出来ないんだけど。
アズール達が来るのはたぶん7日後くらいだし、それまでは探索と植物ドーム、家畜ドームいじりをしよう。ヒヨコちゃんも鶏になったし、もうすぐ卵と鶏肉が食べれるぞ!
ドームは休むことなく増設をして行っている、新しいドームは地下洞窟環境にしてみて、地球産植物と洞窟産植物を育ててみるか。
そうと決まれば、洞窟産の植物を取りに行くか!まずはあれが欲しい、あの蛍光色に光る植物。
以前探検したときに、サンプルは取ったんだけど、戻るまでにダメにしてしまった。
なので、採取してくるなら、水中、地上でも運べるように、隔離ケースがいるな。ただのケースじゃダメだ。気密性のあるケースじゃないとな。温度も保てるようにしないとだ。
地上と地下の環境の違いもホープの謎だよなあ。どうなってんだろ。
「シルフ、光るやつ取りに行こうとおもう。気密できて温度も保てるケースがあったはずだ」
「あれは大きさもあるから、手動じゃないとだけど、行くの?」
「いずれ行くつもりだったし、この前アズール達と湖潜ったしなあ。今更警戒してもと思ってさ」
「蛍光色の生き物、植物かも知れないけど、調べたくなったって、ずいぶん余裕出てきたわね」
「何のかんので、生きていく分には不自由なくなってきたしな。食材はどうしようもないし、ちょっとした冒険もしてみたいってね」
「万が一のために、用意できるものはしておくわ」
「明日朝から出かけるよ」
「りょうかいー」
翌日。ワクワクの冒険が始まるよ!
と一人ではしゃいでみたが、虚しさだけが残った...やるんじゃなかったよ。
今回はサンプル採取のため、少し大きめのケースを抱えている。ケース自体のサイズはそう大きくはなく、10センチ四方くらいなのだけど、付属品で倍以上のサイズになっている。
温度を保つための冷暖房機能もあれば、気密性を保つための機能もある。これらを動かすための電源はバッテリーで行う。太陽光発電した電気をバッテリーに貯めておき、気密ケースに接続するわけだ。
このセットは濡れないよう、ケースに全て収納される。そのケースをバックパックに入れ準備完了だ。
湖に着くと、俺は水中移動用のバルブをバックパックから取り出す。これは、肩幅のサイズほどのバトンみたいなもので、手に持って進みたい方向に向けると進んでくれるスグレモノだ。水陸両用車で来ることも考えたのだけど、冒険するなら自力移動のほうが気分が盛り上がると思い、バルブを使うことにした。
自力というなら泳げよって話なんだけど、人力のみでバックパックを抱えたまま進むのはかなり厳しい...というわけでバルブを選択したんだ。
バルブのおかげで水中を快適に進むことができる。アズールたちの速度に負けないほどのスピードで俺は水中を進んでいく。シルフのナビゲートを受けつつ、最短距離でアズールの集落がある洞窟入口まで進んでいく。
なんなく洞窟までたどり着いた俺は、バックパックからケースを取り出し、蛍光色の一群を少し削り取ってケースに収納した。
ガサ!
何の音だ!虫が地を這う音に似ているが、それにしては音が大きい。
ガサ!ガサ!
まずい、近づいて来るぞ。と前方を見ると、うっすらと大きな虫の影とそれに乗る人型が見える。
「シルフ、人型が見えるので接触してみる。まずくなったらすぐ脱出するので、水際まで下がるぞ」
ヘルメットのインカムにそう告げると、俺はジリジリと湖の入口のほうへ後退しつつ、迫る虫と人を待ってみることにした。
虫は、巨大なカブトムシのようだった。ただ色が、アズールと同じような瑠璃色だ。かなり気持ち悪い。背に乗っているのはスーツとバイザーを付けていないが、遠目に見る限りアズールと同じ種族のようだ。
緊張を解かず、待っていると20メートルくらいの距離まで近づいてきた。
[島田さんじゃないですか。こんにちは]
「アズールか?」
[そうです。キノコの採取をしていたんですが、人の気配がしたので来てみました。島田さんがいてびっくりです」
どのあたりから感知出来るのかわからないけど、少なくとも、ここから20分ほど歩き、螺旋の下り坂あたりまでいかないとキノコはなかったはずだ。あの触覚か。感度のいいのは。
「この蛍光に光る生き物?が見てみたくてここまで来たんだよ」
[なるほど。ここまで出てこられるのなら、島田さんが集落に入れるようお話してみますね」
「それはありがたい!ぜひ頼むよ」
この言い方は、俺は引きこもりで外に出たくない!と思われていたのか、いや、水中に潜れないと考えていたのかもしれないぞ。この前、蟻がいる洞窟を案内された時に少し驚いていたようだし。
しかし、思わぬところでアズールから嬉しい提案を受けれた。あの幻想的な集落には行ってみたかったんだ。なら、お願いしたらいいじゃないと思うかも知れないけど、相手の事情や習慣もわからないので下手なことは言えないじゃないか。
異種族は集落に入れないとかあっても不思議じゃないし。
しかし、この巨大カブトムシは何なんだ。ポニーほどの大きさがあるカブトムシ...色はメタリックな瑠璃色。ポニーと違って足が横についてるので高さは低いが。
[ビートルが気になるのですか?]
ビートルってカブトムシじゃねえか!乗れるカブトムシ。乗りたくない...
アズールが説明するには、このメタリックブルーなカブトムシは翅がないそうだ。翅がある部分は空洞になっていてそこに荷物を収納できるらしい。
角に荷物を引っ掛けることもできるし、何より力持ちなんだそうだ。まあ、カブトムシだしね...
巨大蟻なんて目じゃないほど気持ち悪いぞ、カブトムシ。
カブトムシ、カブトムシ...誰だファンタジーが素敵とか言ってたやつ。色違いのカブトムシとかほんとうに気持ち悪い。
と、帰還してから俺はしばらくあのカブトムシを思い出してワナワナしていた。
他の色とかいないだろうな、ほんとうに。
アズールの集落は、俺が一度ラジコンで入り口まで行っているが、思った以上に巨大な集落なのかもしれない。
あのサイズのカブトムシを騎乗用として飼育出来るなら、それなりの餌とスペースが必要だ。白銀の加工や、タマムシ繊維の加工もあるだろうから、予測される規模は集落レベルじゃないかもしれない。
もしくは、あのような集落が幾つかあって、行き来してるのかも。
蟻と違ってカブトムシが水中でも平気なら、地下洞窟内の広い範囲で居住可能だ。そうでなくても、水がないエリアが広大に広がっているのかもしれない。
アズールの集落にはものすごく行きたいのだけれど、冷静になって考えてみると、波風を立てないように細心の注意を払わないといけない。
ヘルメットも取れないし、出されたものも食べれない。うーん。
訪問許可とってくれるみたいだから、もし許可が出て、こちらの準備が整ったらぜひ行かせてもらおう。
「蛍光色はコケ、細菌、シダ、小さな虫と幾つか種類があったわよ」
さっそく、採取した蛍光色を調べてくれたシルフから報告が入る。今回の調査では、無事蛍光色を持ち帰ることができたのだ。
シルフの話を聞く限り、あの蛍光色は単一種ではなく、いろんな生物の集合体だったのか。ドーム内で育成できるか、地下洞窟環境ドームに入れておこう。
「野良蟻の洞窟はどうだった?」
「運の良いことに多少の工事で大丈夫そうよ」
ふむ、蟻のほうは状況がもし変わっても協力できそうだな。巨大蟻は見た目がアレなので躊躇するけど、成分的にはエビカニなので殺菌処理すれば行けるか?
すでにマウスに食べさせるようにシルフへ依頼してるので、問題なさそうなら食べてみよう。海産系の食べ物は養殖出来ないので、人口受精ができる用意もない。つまり、俺はホープにいる限り魚もエビカニ、ノリなどが用意できないのだ。海産物好きな俺には辛い...
その救世主が、蟻なんですよ、蟻。期待はしてるんだけど、いざ食べるとなるとなあ。一応、検査が完了するまで、冷凍保存している。
翌日朝、日課の鶏さんの見学に行くと、なんと卵を産んでいた!ついに卵ですよ。卵。苦節2カ月?詳しくは数えていないけど、とにかくめでたい。
さっそく食べようとしたら、シルフに止められた。
「食べたいのは分かったけど、いきなり口をつけるのは危険よ。まず検査!」
そうだよね。一度異常が無いか見ないとダメだよね。
次にマウスを見に行った。洞窟環境のマウスも蟻を食べさせたマウスも順調そうだ。洞窟環境の低酸素でも健康被害は無さそうに見える。酸素の割合は地球の高地くらいだから問題ないのか。経過観察が必要だな。
ここに来て以来初めて雨が降っている。もう4日も雨が降り続いて、いつ止むのか想像がつかない。雨とはいえ、ほとんどの時間は霧雨で、非常に細かい雨粒が特徴だ。もう一つは、さすが二酸化炭素だらけなだけに、酸性雨どころか炭酸水じゃないのかという雨の成分である。
雨のおかげで、若干気温が下がり、現在外気温は52度。生身は無理だな。
この酸性雨がドームに影響するのかシルフに調べて貰ったけど、硫酸雨でも大丈夫なものが、炭酸程度ではビクともしないとのことだ。温度についても400度でも平気とのこと。強いなこのドーム。
しかし、これほどの雨が降ると地下洞窟環境はどうなってるんだろうか。水の流れる道は決まっているだろうから、変わらないんだろうなあ。
水は地下水となり、地表下まで落ちるはずだが、湧き水として地表に上がる。
地表に上がれば180度の高温だから、蒸発する。地球のように、地表に水はたまらないはずだ。観測結果でも湖は局地以外存在しなかった。
そんなルートを通るはずだから、洪水にはならないんじゃないかなと勝手に推測している。
そんな長雨続きの日々にアズールが訪問してくれた。火傷しないか心配だよ。
[こんにちは]
「雨に打たれて大丈夫だったのか?」
[はい、この鎧と兜があれば平気です]
つええなカマキリバイザーとタマムシスーツ。俺の知らない効果があるのかも知れないけど。タマムシ繊維は手に入れてないからな。
「あ、そうだ。この前洞窟で会ったときに採取した蛍光色をさ、育ててるんだよ」
[私たちも灯りにしたりして、使いますので、育てますよ]
ほうほう、アズールたちは蛍光色を育ててるのか、ならアドバイスが聞けるかも。
「あ、それならうちのドームを見ていってくれないかな?アドバイスがあれば聞きたいな」
[私も島田さんの畑は興味あります。ぜひ見せてもらえますか?できれば他のも]
「時間的に大丈夫かな?なんだっけ空気草の効果が切れるんだっけ」
[この前来た時に気がついたのですが、いつものあの部屋にいるときは、空気草が枯れないのです]
「なるほど。ならアズールが兜を外せるところにずっといるなら大丈夫なのかな。ただ、俺がヘルメットを外せるところにアズールが兜をつけていって大丈夫かはわからないんだよな。危険なので、行かないほうがよいだろうなあ」
[そういうことでしたら、行けるところだけでも見せてもらえれば]
「せっかくだから、ゆっくり喋りたいところだね。空気草が平気なら泊まってくれても」
[本当ですか?でしたら次来る時には都合をつけてきますね]
「おお、ならぜひ泊まって行ってよ。部屋もあるし、寝たり、お茶飲めたりできるよう用意するよ」
用意するのはシルフだけどね。
こうして、次回アズールがお泊りすることが決まったのだった。
アズールが泊まってくれるなら好都合だ。一つ試したいことがあったんだ。彼女が寝たら決行するぞ。
いや、エロいことじゃあないぞ、念のため。
俺は先にアズールをいつものアズール用ドームに案内する。一つ彼女を驚かせたいことがあったので、懐から白い粉が入った小瓶を手渡す。
[これは?]
「それは、ジュースキノコを粉にしたものなんだ。ここに水があるから混ぜて試してみて欲しいんだ」
飲みなれているアズールに量産化で
きる合成ジュースキノコの粉を試してもらいたい。味が天然物とどこまで違うのか興味がある。
さっそく、コップにキノコパウダーと水を混ぜてかき回すと、すぐキノコパウダーは溶けたのでアズールに差し出す。
両手でコップを掴み、じっとコップを見つめた後、アズールは少しだけ口をつけた。
[確かにジュースキノコですね。少し甘味が強いかもしれませんが。私は甘いほうが好きですけど]
「おお。味に問題ないようでよかったよ。よければお土産にそれを用意してるので、どうかな?」
[ぜひ。集落の皆さんにも飲んでもらいますね。ジュースキノコは雨季に入ると取れなくなりますし]
「雨季、今が雨季なのかな」
[これから2ヶ月ほどが雨季になります。雨の日が続きますよ。最も私の集落で雨は降りませんが]
まあ地下だしね。しかし、洞窟の中は一年中気温が一定なんだけど、生育しない時期とかあるんだな。興味深い。
アズールがジュースキノコを飲み終わるころ、俺は農場へ彼女を案内したのだった。