4.カミキリムシ少女、あ、新しい

文字数 4,690文字

5.
 タマムシを見送った俺は、そのまま踵を返すと、貴重なコーヒーも準備して、モニターの前に腰を据えた。

「シルフ、あのタマムシは湖から来たらしい」

「地下に住んでるとしたら、いくつか疑問点があるわね。一つはどうみても水中で住んでるようには思えないこと。
まあ、湖の中は蟻の巣みたいに洞窟が広がってるのでしょうけど。もう一つは地下に住んでるのに、おそらく目が退化してないことね」

 カルデラに湖が溜まってるなら、水の侵食で岩石が削られ、削られたところにさらに水が侵食して、どんどん削れていく。こうして地下に洞窟ができていき、かつて水が詰まっていたところも空洞になったりする。こうした空洞に住んでいるのだろう。
 ずっと暗いところで生活しているのなら、目は退化し視力は衰えるはず。
 タマムシを見る限り、視力に問題があるように見えなかったので、洞窟は外と繋がってるのだろうか。謎だ。

「まあ、モニター見るか」

 ん、しっかりタマムシには発信機をつけたので、湖の中をどのように移動したのか観察できる。この経路を水陸両用ラジコンで後から観測すればよいだろう。

「さすが島田!やることが汚い」

「うるさい!とにかく見るぞ。動きが止まったらラジコンに経路入力頼む」

 おー動いてる動いてる。湖から洞窟までの経路はそう遠くないはずだ。泳いで来たと思うから。そこから先は何らかの乗り物に乗ってるかもしれない。

「それと、シルフ。この白銀とかいう鉱物探しておいてくれ。エビの甲殻になってるくらいだから、この辺にはそれなりの量があるはずだ」

 と、気合が入っていたものの、すぐに飽きて寝てしまった。点が移動してるだけのモニターだしなあ。

 翌朝、水陸両用ラジコンを湖に解き放ちタマムシの軌跡を追ってみると、大発見をした。湖は予想以上に横穴縦穴があったのだけど、タマムシの入っていった横穴を抜け、奥に進むとすぐに空洞になっていた。
 この空洞、壁面一面に光を発する虫なのか植物なのかわからない生物がビッシリ覆っていた。
俺が先日みた緑に光る生物もいたが、驚く生物は、蛍光灯のような灯りを出している生物たちだった。
 この空間は、電気をつけた部屋の中とそう明るさが変わらずまるで洞窟にいる気がしない。
 空気と蛍光灯のように光る生物のサンプルをとり、さらに進む。
 10分ほど進むと、洞窟は緩やかに右へ曲がり、さらに下へ下へと傾斜している。右へ進んでいたかと思うと、今度は左だ。
 洞窟ではあるが、緩やかな螺旋状に下る通路のようだ。
 さらに下っていく、20から30分ほど進んだだろうか、急に景色が広がる。

 そこはまさに異世界だった。昔映画で見た洋風ファンダジーに出てくるような幻想的な街が広がっている。
 天井には例の蛍光灯生物が一面に根を張り、地球の植物より黄色味が強い植物らしきシダ類。巨大なキノコらしき植物。
 さらに、シダで編まれたような家まである。しかも数十件も!
 この奥でタマムシの軌跡は終点になっていた。
 俺はホープに来てから初めて、ここに来てよかったと思えた。ワープ事故やもう帰れないかもしれないという焦燥感を全て忘れさせるほど、この光景は圧倒的だった。俺でさえそう感じるのだから、学者連中が見たらどうなることやら。

 行きたい!ここに行ってみたい!
 しかし、いきなりここに行くのは危険極まるだろう。俺に友好的であるかも不明だし、
 ここはタマムシのご機嫌をとってなんとか取りなしてもらうのが得策かな。

 そうと決まれば、白銀を集めてご機嫌を取ってみるかな。

「島田にやけすぎ。気持ち悪い」

「あの集落見たら誰だってニヤニヤするって!ラジコンが戻ってきたら成分調査してくれよ」

 ラジコンは集落へ向かうことなく、帰還させることにした。タマムシの仲間に見つかる可能性もあるからね。
 戻ってきたラジコンを回収すると、まずは空気の成分調査をすることにしたら、ここでも驚きの結果になる。
 その成分比率は、窒素70%、二酸化炭素13%、酸素13%、その他となっていた。この比率はかなり地球大気に近い。
地球大気は窒素78%、酸素20%、その他だ。
 集落の空気成分比率なら、俺も短時間ならヘルメットを外しても大丈夫かもしれない。タマムシが滞在できるよう来客ドームを新しく建設することにしよう。
 ドーム建設は休まずずっと続けられており、いまでは植物ドーム2、居住ドーム、消毒ドーム、生物調査ルームでさらにドームを建設している。
 万が一の機械の故障も考慮すると、植物ドームはできる限り作成しておきたい。機械が作業する採掘作業やらはドーム外で行うので作業用ドームを作成する必要はない。
 もうすぐここへ来てから一ヶ月近く経とうとしているけど、ドーム作成については順調そのものだった。あとは自然食料ができるのを首を長くして待つばかりだ。
 宇宙船から持ち込んだ食料はまだまだ余裕があるし、合成食料であれば現時点でも作成できる。ここに来てようやく、自給自足の目処がたったのだが、機械の故障があればその限りではない。
 
 謎の蛍光色に光る生物については、おそらく植物だろうという結果が出た。生育環境を調べ、この便利な植物を育成できるよう実験してみるのも良さそうだ。
 これらの植物のおかげで地下は酸素濃度が高く保たれているのだろう。
 
 次タマムシが来てくれるかは分からないが、白銀の収集は定期的に行っているようだし、洞窟から湖への出口付近...あの蛍光色の植物が生えてくる辺にモニターを設置しておこう。これならタマムシが来なくとも、誰かに接触できる可能性はある。
 さあて、おもてなしの準備に取り掛かるとしようかな。テンションが少し上がってきたぞ。
 
6.
 白銀はあっさりと見つかった。湖の浜辺の砂浜には白銀が多く含有されていたのだった。
 そう調査するまでもなく見つかったのだけど、湖にはエビの他にカニっぽいもの、貝っぽいもの、色違いの藻、そして水中適応したシダ類など割に多種多様な生物が住んでいるようだ。
 これらのうち、エビカニのような甲殻類や貝類はほとんどの種類で、白銀の殻を持っている。それらの死骸が砕かれ、長い年月をかけて砂浜に蓄積したのだろう。
 地質調査はしていないが、このカルデラにある岩や地中、洞窟の中などに、白銀の大規模鉱脈があるかもしれない。

タマムシは白銀を取りに来たと言っていたが、砂浜の砂を拾いに来たかもしれない。砂浜の砂を精製すれば、白銀を取り出すことは容易だ。なにもエビカニから集めなくてもいいってわけだ。

次にタマムシがくつろげるように、客室ドームを作ろう。タマムシが来てから二日後にドームは完成したものの、中身はこれからだ。家はとりあえずカーボン製のプレハブで、後々タマムシからあの蔦で出来た牧歌的なお家の建築方法を教えてもらおう。

タマムシたちの集落は俺にとっては幻想的で目を奪われる光景だった。そのほんの一部分ではあるが、ドーム内に置いて眺めたい。

空調は、集落に合わせれば問題ないだろう。大気構成は以前調べたとおり、気温は25度だ。タマムシが「地上は毒に」とか言ってた気がするので、集落の空気に含まれる細菌やらを持ってきたほうが良いのだろうけど、今は無菌にするしかないか。
蔦の家を建築するまでには、集落と同じような環境を作ろう!

「お出迎えに熱心ねー。来なかったりして」

 う、その可能性も否定出来ない。ちょっと傷ついた俺は、シルフに新たなお仕事を与えることにして溜飲を下げよう。

「シルフ、そろそろ家畜ドーム作ろう」

「肉、卵、乳製品...全く島田は強欲ね。牛は育つまで数年かかるわよ」

「牛より先に鶏だなー。鶏ならまだ早いし!卵食べたーい」

「まあ、もしもの時のために備蓄は必要だし、ホープのドーム下できちんと生育するかの実験にもなるわね。作っておくわ」

家畜ドームを作ってくれるらしい。「まだ早い!」とか言われるかなと思っていたが、案外早く卵食べれそう。

タマムシと分かれてから、7日経った。タマムシは「また来る」の言葉通り俺を訪ねてくれた。
ひゃっはー。久々の会話(ただし、AI除く)。俺がこのままボッチにならないよう、頑張ってもてなすぞー。

「やあ、タマムシ。来てくれてありがとう」

[こんにちは]

 俺とタマムシは消毒ドームを抜け、客室ドームへと進んだ。しかし、タマムシは全く警戒心を出さずノコノコついてくる。
 今回タマムシと積極的に交流しようとしているのは、俺がこの先何年ぼっちでいるか分からないから、といった至極私的な理由からだが、それでも俺は一応のリスク管理をしている。
万が一、タマムシの種族と不和を起こした場合も、もちろん想定している。最悪の場合、このカルデラからの完全撤退のプランもシルフに立てさせた。
 疑り深いだけな気もするが、タマムシの無警戒さ無防備さは逆に俺に疑念を覚えさせる。まあ、何かあればそのときだ。少なくとも今は敵対することはないだろう。

[ここは...]

タマムシ用のドームに入り、タマムシは気がついたようだ。

「タマムシがくつろげるように、毒を取り除いた部屋を作ったんだ。どうだ?呼吸できそうか?」

[おそらく、ここなら問題なさそうです。一体どうやってこんな]

 多分驚いているのだろうが、種族が違いすぎてよくわからない。俺は、タマムシを透明な壁で半分に分断されたテーブルがある椅子に案内し、少し待つようお願いする。
 俺は一度消毒ドームを抜けてから、タマムシと対面の壁の向こうの部屋へ進み、タマムシに声をかける。

「タマムシの呼吸できる空気は、俺にとっては毒かもしれないから、この部屋を作ったんだ」

 ここは、透明な壁で囲った俺用の隔離空間だ。この中は地球環境と同じ大気構成になっている。もちろん、気圧も地球と同じだ。

「改めてようこそ。俺のドームへ。俺は島田健二」

 と、フルフェイスヘルメットを脱いで、ようやく自己紹介する。やっぱ顔見せて話たいよね。そのためにかなり苦労したけど。

[島田さん、あたらめまして、私はアズールと言います]

こうしてようやく、俺とアズールは自己紹介したのだった。

[島田さんの顔は少し私たちに似ているかもしれません]

 不意にアズールは、カマキリバイザーに手をかけ、バイザーを外した。いきなり外すとは驚きだ。

 アズールの素顔は確かに俺たち人間に近いと言えば近い。蝋を薄く塗ったような、薄い青色の肌。アーモンド型の二つの瞳は瑠璃色で、薄い瑠璃色のまつ毛に、頭髪。
眉毛はなく、眉の位置には平安貴族のような黒い斑点があった。
口の形は人間そっくりで、歯らしきものも見える。何より特徴的なのが、頭部上部からはえる触覚だろう。触覚は左右に二つあり、青と黒のストライプで長さも20センチほどある。この青と黒のコントラストは日本の昆虫ルリボシカミキリを想起させる。
 顔の作り全体的に見れば、人間の10歳前後の少女のようにも見えなくはない。
 前髪は人間の眉がある位置にある黒い斑点にかかるくらい。横後ろは首のあたりで切り揃えられている。

「確かに似ているかもしれないな」

どこか人間らしさを感じるその顔を俺はマジマジと凝視してしまう。
カミキリムシ少女...新しい。
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