6.今度は水玉
文字数 6,194文字
[こんにちは]
今日はアズールの他にもう一人。アズールより少しだけ背が高く、カマキリバイザーにタマムシスーツを着ている。
俺の感覚では、どっちがどっちか区別つかない。
「アズールのお友達も歓迎するよ!いつものドームへ行こうか」
背の高い方のタマムシは、カマキリバイザーを脱いでから、俺に挨拶をしてくれた。
[はじめまして、リーノという」
「はじめまして、俺は島田です」
リーノは見るからにアズールと別の種族と分かる。蝋を塗ったような青紫の肌に、丸い目尻の下がった瞳、鮮やかな赤色の髪にところどころ、青紫の水玉模様が入る。アズールと同じく触覚があり、赤地に青紫の水玉模様だ。
水玉で想像するのは、ヒョウモンダコとかフリソデエビだけど、この青紫はフリソデエビかな。
リーノもアズールと同じで、遠目に見ると人間の少女に見えなくはない。たぶん、彼女?がこの前アズールが言っていた「赤の一族」なのだろう。
ということは、何らかの危機があったということか。
[あ、お食事中だったのですね。すいません]
アズールはテーブルに置かれた俺の料理に目をやり、少し顔を伏せた。
「あー、すまない。俺だけ食べるのもあれだしなあ。何か出せるかな。あ、そうだ。口に合わなかったら急いで吐き出して欲しいんだけど、俺の国の飲み物を持ってくるよ。あとは巨大蟻ならあるけど」
[蟻はちょっと...]
[フォルミーカ...]
対称的な二人の反応。アズールはそんなもの食えねーよと言う感じだが、リーノは食いついてきた。フォルミーカ...初めてテレパシーを通してわからない言葉かもしれない。
きっと巨大蟻のことなんだろうけど、後でシルフに聞いてみよう。
「塩振って焼いたものでよいかな。アズールにはエリンギっていうキノコを塩で焼いてみる」
[緑色の植物でしょうか?島田さんが食べてるものは]
ほうれん草のことかな、草食であろうアズールは緑色に興味深々のようだ。
「この前貰った食べ物を少しだけ調べたんだ。これはほうれん草っていうんだけど、緑色の葉っぱはアズールが食べれるかわかんないんだよな。もうちょっと調べたらご馳走するよ」
ご馳走と言う言葉で、パーっと明るくなるアズール。
[島田さん、今日ここに来たのは...]
[待って欲しい。私から説明させてくれないだろうか]
アズールを制して、リーノが口を開く。
言葉はちゃんと伝わっているんだけど、音だけを聞くと、アズールは羽音だし、リーノに至っては何も聞こえない。人間の耳には聞こえない波長のようだ。
アズールとリーノでも言葉は伝わらないだろあなあ。どちらも発声出来ると思わない。奇跡というか適応進化というか、テレパシーが無いと、コミュニケーション取れないよね。
[実はだな、恥ずかしい話だが、野良フォルミーカがいつの間にか大量発生していしまってね。申し訳ない]
フォルミーカて巨大蟻のことだよな。
「いや、どんだけ数が増えても、あの巨大蟻じゃあここまで来れないよ」
あの蟻は泳げないし、地上の熱にも耐えれないし、酸素濃度が低すぎる地上では呼吸も出来ない。
[万が一もあり得るので、ここまでアズールに連れてきてもらったのだよ]
「なるほど、わざわざありがとう。リーノ」
[叱責されてもいいところを、謝意で返してもらえるとは思わなかったよ。君はアズールから聞いていたとおり、誠実な人物らしい]
シルフが聞いてたら、誠実じゃなくヘタレのぼっちなだけとか言われそうだけど、友好的に取ってもらえるならそのままでいい。
今のところ、アズールもリーノも友好的であるからよいけど、ここを害せるとしたら、カマキリバイザーを持つ彼らだけだろうから。
[それでですね、島田さん。しばらく様子は見ますが、さらに蟻の数が増えたら駆除しないといけないかもしれません]
「なるほど。そういうことなら、場所だけでも教えておいてくれないか?湖が蟻で埋まるまではいかないだろうけど、大量に打ち上げられてたら気分的にね」
正直、地下洞窟が全部蟻で埋まろうが俺は脅かされない。蟻の駆除に協力することはやっていいものか悩むところだ。
異星人の俺が生態系を破壊して良いものか、その点に尽きる。
今更なんだという話だけど、ホープの環境と考えるとなあ...
[わかりました。島田さん。後ほど案内しますね]
あー、アズール達の手前、いつものラジコンじゃダメか。初の水中探査だ。まあ、いずれはやるつもりだったしちょうどいい。
っとシルフから連絡だ。
「料理が出来たみたいだから、持ってくるよ。お口に合うといいんだけど」
俺は、蟻の身の塩焼き、エリンギの塩焼き、砂糖入りの紅茶を二つ、アズールたちに持ってきた。この砂糖は先日のジュース用キノコの甘み成分を分析して化学合成したものだ。
いちいちバイザー被るのが面倒だなあ。
塩焼きにしたのは、塩は彼らが普段口にしているものと分かっていたからだ。他の調味料は受け付けるかわからない。味ではなく、体がね。
[ありがとうございます。まずこの飲み物を]
紅茶を少し口につけ、ほぅーとアズールは息を吐く。
[キノコジュースに味はそっくりですが、香りが違いますね。不思議な味です]
一応殺菌処理をしておいたから、多分大丈夫だ。
アズールは次に、フォークを手に取りエリンギを口にした。
[こっちは赤キノコにそっくりです。島田さんも私たちと似た食べ物を食べてるのですね]
満足してもらえたようでよかった。リーノも豪快に蟻の身をフォークで突き刺しムシャムシャしてる。
あの巨大蟻は家畜だったか。
彼らが食べるのを見つつ、俺も食事を始める。すっかり冷めてしまったけど、ようやく食べ物を振る舞えたので少し満足だ。
冷めてもやはり、天然物はよい。合成食料は美味しくないんだー。食こそ人間の基本だよやっぱ。異星に来るとますます食への思いが強くなった。
「多分なんだけど、俺の食べてるものも味付け次第で食べれると思う。アズールたちが普段食べてるものをもっと持ってきてくれれば分かると思う」
[そういうことでしたら、ぜひ。いろいろ持ってきますよ]
「確認だけど、今回二人が来てくれたのは、飼育してた巨大蟻が脱走か何かして、野良巨大蟻が居住区と違うところで気がつかないうちに大発生したと。で、お互いの集落の危機になるかも知れないから、協力体制を敷いている。アズールが気をきかせて、最近引っ越してきた第三の種族である俺にも伝えに来てくれたんだな」
[そのとおりだ。赤の一族の不手際で申し訳ない]
リーノが再度頭を下げてくれるが、俺にとっては、さっきも言ったとおり、蟻の発生は完全に対岸の火事だ。
「そういえば、赤の一族は尻尾が特徴って聞いたんだけど、尻尾は見えないけど」
二人とも同じようなタマムシスーツで、尻尾は見えない。
[ああ、彼は知らないのか。私たちが鎧を着てることを]
え、え、タマムシスーツ??あれ鎧だったのか。かなりピッタリ着こなしてるので全く分からなかったぞ。
[ここだと空気も気温も大丈夫ですし、せっかくですので、鎧を脱いでみましょうか?]
「裸は、流石に...」
[ちゃんと下に服を着てますので、大丈夫ですよ。奥の部屋を借りますね]
そう言って二人はプレハブへと歩を進めていった。
ぼっち10
「シルフー、どうも彼ら?彼女ら?のタマムシスーツは鎧だったそうだ」
「島田。私はあの中に体があるの知ってたけど」
あー、消毒ドーム通る時に、スキャンしてたのか。武器など持ってないかの安全確認のためだろうど、すっかり忘れてた。知ってたなら教えろよと、言いたいところだけど、安全確認してくれてた手前、言葉を飲み込んだ。
どんな体なのだろう。体型を見る限り人間に近そうだけど。
待つこと3分ほど、もうアズールたちは出てきた。スーツすぐ脱げるんだな。
[お待たせしました]
アズールは少しだけ恥ずかしそうにしていた。
アズールはタマムシ色の貫頭衣に、腰のあたりでシダ類の蔦のようなものを巻きつけていた。貫頭衣は太ももの上あたりまでの長さだ。どうもタマムシ色のあれは、繊維のようだ。カイコの繭みたいなものなのかな。興味深い。
性別が男か女か分からないけれど、人間のような胸はない様子。顔は少女っぽいんだけど。
いつも話をする時に出している羽音はどうやら背中から生えた翅から出ている音のようだ。俺が以前想起したルリボシカミキリムシのように、ルリ色の下地に黒い斑点のついた甲羅が翅を覆っている。
翅と甲羅のサイズはそれほど大きくなく、人間でいう肩甲骨の辺りから、ヘソの辺りくらいまでのサイズだ。
翅と甲羅以外は人間とそう変わらない。肌の色が顔と同じで蝋を塗ったような薄い青色と人間と全く異なるが。
一方、リーノのほうはというと。シダ類の蔦を編み込んだような貫頭衣にタマムシ色の腰紐を結んでいる。アズールが言っていたように、目を引くのは尻尾だ。こちらはエビのようなものかと思っていたけど、予想外にサソリの尻尾がついている。尻尾の色は髪の毛と同じで、鮮やかな赤地に青紫の水玉模様だ。
リーノもアズールと同じで胸はなく、男なのか女なのか分からない。そもそも、人間と男女の身体的特徴が違うのだろうけど。
特徴的なサソリの尻尾以外は人間とそう変わりないが、肌の色が顔と同じで、蝋を塗ったような青紫色だ。
二人とも思った以上に人間に近い見た目だ。知的生物になると、似たような体型になるのだろうか。謎が深まる。
難しいことは、いずれ学者が研究してくれるだろう。もっとも、ここまで来れたらだけど。
「男なのか女なのか気になるわねー」
純粋な興味といった感じでシルフの声が聞こえる。
[シルフさんは何と?]
ああ、忘れがちだったけどテレパシーはシルフに届かない。仕方ないので翻訳してやろう。あまりやりたくないけど。だいたい、男だろうが女だろうが雌雄同体だろうが、どうでもよいんだが。
「アズールとリーノが男女どっちか知りたいってさ」
[なるほど、私は男でもあり女でもあります]
つまり、雌雄同体か。
[私は一応女になる]
リーノは女性っと。
「ちなみに、至極どうでもいいとは思うけど、俺は男だ。シルフは無性だね」
[無性とは?]
不思議そうにアズールが尋ねる。
「シルフは子孫を残すような生物ではないんだ。自分をコピーすることはできるけどね」
俺の言葉に何のことか理解できないという感じの二人。そらコンピュータですとか、AIですと言っても分からないだろうから。
[いろんな方がいらっしゃるのですね]
ほんとそうだ。ここにいるシルフを含めて4人は全員性別が違う。
「よければリーノも、また訪ねてきて欲しいな」
異星は不思議がいっぱいだ。話を聞くのは新鮮な驚きがあるし、何より帰れないかもしれないという、悲観的な気持ちを忘れさせてくれる。
俺の言葉にリーノは無言でうなずいてくれた。
「アズール、リーノ、ありがとう。兜の持続時間もあると思うから、巨大蟻の場所を教えてくれないか?」
[そうですね。空気草の時間もありますし、では鎧を着てきますね」
また、謎単語だ。空気草ってなんだろう。カマキリバイザーの中に入ってるのだろうか。折を見て聞いてみよう。
「俺も着替えてくるよ」
そんなこんなで、やって参りました。湖へ。
宇宙服は無重力または、低重力下で運用することが想定されている。事前調査で、ホープの重力は地球に近いと分かってはいたものの、敵性生命体からの襲撃は想定していない。
一応、多少の強化はされているので岩に擦った程度では破けないものの、鋭利な刃物で切られたり、突き刺されたら簡単に破ける。宇宙服が破けた場合、怪我よりも気密性が損なわれるのが問題だ。
気密性が失われると、俺の体はホープの環境に投げ出されることになり、60度の気温と8気圧が襲いかかってくる。
ただ、フルフェイスヘルメットは宇宙服と切り離せるので、呼吸はなんとかなる。
短時間であれば、呼吸さえなんとかなれば宇宙船に帰還できるので、どうにかなる。
ヘルメットは何としても壊れないようにしなければならない。次からは予備も持ってこよう。
[では、行きましょう]
白銀の浜辺から、歩を進めると少しづつ水位が上がってくる。あっという間に水位は頭の上までになり、目的地まで泳いでいく。
しかし、二人とも速いな!追いつこうと体に力を入れた時、両側から腕を掴まれた。
なんだなんだと目をやると、左右からアズールとリーノが俺の肩を貸している形で加速する。
どうやら遅いので、両脇から引っ張ってくれるら...し...いが、速すぎる!
ちょ、ちょっと待って!
俺の祈りもむなしく、引っ張って行かれてしまった。だいたい、湖に入って20分くらいだろうか、洞窟の入り口まで到着していた。
[この先です]
息を切らした様子もない二人。なんという体力だ。種としての身体能力が違いすぎる。さっきのスピードは並の競泳選手以上の速度が出ていた。見た感じ、遊泳種には見えないんだが。
模様から甲殻類の特徴があるリーノはともかく、カミキリムシのアズールまで、こんなスピードなのだ。競争したら、生身の人間では追っかけるのかほぼ不可能だ。
「二人とも、ここまでありがとう」
テレパシーは便利だ、口を開かなくても言葉が伝わる。この技術があれば、言語の壁も無くなるし、水中や宇宙空間でも会話できる。
ここで二人と別れ、俺は帰路につくのだった。
帰還した俺は、アズールたちのことを考えていた。
んー、蟻はよいが、やはりアズールたちと敵対するのを避けねば、このドームが危ういな。
水中でもあれだけのパフォーマンスを見せるのだ。推測に過ぎないけど、アズールたちは地上種だ。 なので、水中以上のパフォーマンスを見せてもおかしくない。時間制限はあるようだけど、地上でも活動できるときた。
「シルフ、アズール達の危険度をどう思う?」
「んー、正直あんたが心配するほどでもないと思うけど。例え敵対してもなり振り構わずやるなら、やれるわよ?」
怖えよ!
「まあ、そんなことになるとは思えないけどね。それよりあんた...」
「やっぱり、読まれてたか。いざとなったら野良巨大蟻の殲滅に協力しようと思ってる。俺の個人的な欲望のためにも、アズール達とは仲良くやりたいからな」
「このロリコンがー!」
「まてまて、何でそうなる」
「小さい子三人も囲って、今更何を」
「えー」
シルフまで入ってんのかよ。昆虫少女風二人にホログラムとか、俺はそこまで上級者になれないって。人間に近くても、明らかに人間じゃないからな。
そう思うとファンタジーな世界だと、むふふな展開があったのか?
今日はアズールの他にもう一人。アズールより少しだけ背が高く、カマキリバイザーにタマムシスーツを着ている。
俺の感覚では、どっちがどっちか区別つかない。
「アズールのお友達も歓迎するよ!いつものドームへ行こうか」
背の高い方のタマムシは、カマキリバイザーを脱いでから、俺に挨拶をしてくれた。
[はじめまして、リーノという」
「はじめまして、俺は島田です」
リーノは見るからにアズールと別の種族と分かる。蝋を塗ったような青紫の肌に、丸い目尻の下がった瞳、鮮やかな赤色の髪にところどころ、青紫の水玉模様が入る。アズールと同じく触覚があり、赤地に青紫の水玉模様だ。
水玉で想像するのは、ヒョウモンダコとかフリソデエビだけど、この青紫はフリソデエビかな。
リーノもアズールと同じで、遠目に見ると人間の少女に見えなくはない。たぶん、彼女?がこの前アズールが言っていた「赤の一族」なのだろう。
ということは、何らかの危機があったということか。
[あ、お食事中だったのですね。すいません]
アズールはテーブルに置かれた俺の料理に目をやり、少し顔を伏せた。
「あー、すまない。俺だけ食べるのもあれだしなあ。何か出せるかな。あ、そうだ。口に合わなかったら急いで吐き出して欲しいんだけど、俺の国の飲み物を持ってくるよ。あとは巨大蟻ならあるけど」
[蟻はちょっと...]
[フォルミーカ...]
対称的な二人の反応。アズールはそんなもの食えねーよと言う感じだが、リーノは食いついてきた。フォルミーカ...初めてテレパシーを通してわからない言葉かもしれない。
きっと巨大蟻のことなんだろうけど、後でシルフに聞いてみよう。
「塩振って焼いたものでよいかな。アズールにはエリンギっていうキノコを塩で焼いてみる」
[緑色の植物でしょうか?島田さんが食べてるものは]
ほうれん草のことかな、草食であろうアズールは緑色に興味深々のようだ。
「この前貰った食べ物を少しだけ調べたんだ。これはほうれん草っていうんだけど、緑色の葉っぱはアズールが食べれるかわかんないんだよな。もうちょっと調べたらご馳走するよ」
ご馳走と言う言葉で、パーっと明るくなるアズール。
[島田さん、今日ここに来たのは...]
[待って欲しい。私から説明させてくれないだろうか]
アズールを制して、リーノが口を開く。
言葉はちゃんと伝わっているんだけど、音だけを聞くと、アズールは羽音だし、リーノに至っては何も聞こえない。人間の耳には聞こえない波長のようだ。
アズールとリーノでも言葉は伝わらないだろあなあ。どちらも発声出来ると思わない。奇跡というか適応進化というか、テレパシーが無いと、コミュニケーション取れないよね。
[実はだな、恥ずかしい話だが、野良フォルミーカがいつの間にか大量発生していしまってね。申し訳ない]
フォルミーカて巨大蟻のことだよな。
「いや、どんだけ数が増えても、あの巨大蟻じゃあここまで来れないよ」
あの蟻は泳げないし、地上の熱にも耐えれないし、酸素濃度が低すぎる地上では呼吸も出来ない。
[万が一もあり得るので、ここまでアズールに連れてきてもらったのだよ]
「なるほど、わざわざありがとう。リーノ」
[叱責されてもいいところを、謝意で返してもらえるとは思わなかったよ。君はアズールから聞いていたとおり、誠実な人物らしい]
シルフが聞いてたら、誠実じゃなくヘタレのぼっちなだけとか言われそうだけど、友好的に取ってもらえるならそのままでいい。
今のところ、アズールもリーノも友好的であるからよいけど、ここを害せるとしたら、カマキリバイザーを持つ彼らだけだろうから。
[それでですね、島田さん。しばらく様子は見ますが、さらに蟻の数が増えたら駆除しないといけないかもしれません]
「なるほど。そういうことなら、場所だけでも教えておいてくれないか?湖が蟻で埋まるまではいかないだろうけど、大量に打ち上げられてたら気分的にね」
正直、地下洞窟が全部蟻で埋まろうが俺は脅かされない。蟻の駆除に協力することはやっていいものか悩むところだ。
異星人の俺が生態系を破壊して良いものか、その点に尽きる。
今更なんだという話だけど、ホープの環境と考えるとなあ...
[わかりました。島田さん。後ほど案内しますね]
あー、アズール達の手前、いつものラジコンじゃダメか。初の水中探査だ。まあ、いずれはやるつもりだったしちょうどいい。
っとシルフから連絡だ。
「料理が出来たみたいだから、持ってくるよ。お口に合うといいんだけど」
俺は、蟻の身の塩焼き、エリンギの塩焼き、砂糖入りの紅茶を二つ、アズールたちに持ってきた。この砂糖は先日のジュース用キノコの甘み成分を分析して化学合成したものだ。
いちいちバイザー被るのが面倒だなあ。
塩焼きにしたのは、塩は彼らが普段口にしているものと分かっていたからだ。他の調味料は受け付けるかわからない。味ではなく、体がね。
[ありがとうございます。まずこの飲み物を]
紅茶を少し口につけ、ほぅーとアズールは息を吐く。
[キノコジュースに味はそっくりですが、香りが違いますね。不思議な味です]
一応殺菌処理をしておいたから、多分大丈夫だ。
アズールは次に、フォークを手に取りエリンギを口にした。
[こっちは赤キノコにそっくりです。島田さんも私たちと似た食べ物を食べてるのですね]
満足してもらえたようでよかった。リーノも豪快に蟻の身をフォークで突き刺しムシャムシャしてる。
あの巨大蟻は家畜だったか。
彼らが食べるのを見つつ、俺も食事を始める。すっかり冷めてしまったけど、ようやく食べ物を振る舞えたので少し満足だ。
冷めてもやはり、天然物はよい。合成食料は美味しくないんだー。食こそ人間の基本だよやっぱ。異星に来るとますます食への思いが強くなった。
「多分なんだけど、俺の食べてるものも味付け次第で食べれると思う。アズールたちが普段食べてるものをもっと持ってきてくれれば分かると思う」
[そういうことでしたら、ぜひ。いろいろ持ってきますよ]
「確認だけど、今回二人が来てくれたのは、飼育してた巨大蟻が脱走か何かして、野良巨大蟻が居住区と違うところで気がつかないうちに大発生したと。で、お互いの集落の危機になるかも知れないから、協力体制を敷いている。アズールが気をきかせて、最近引っ越してきた第三の種族である俺にも伝えに来てくれたんだな」
[そのとおりだ。赤の一族の不手際で申し訳ない]
リーノが再度頭を下げてくれるが、俺にとっては、さっきも言ったとおり、蟻の発生は完全に対岸の火事だ。
「そういえば、赤の一族は尻尾が特徴って聞いたんだけど、尻尾は見えないけど」
二人とも同じようなタマムシスーツで、尻尾は見えない。
[ああ、彼は知らないのか。私たちが鎧を着てることを]
え、え、タマムシスーツ??あれ鎧だったのか。かなりピッタリ着こなしてるので全く分からなかったぞ。
[ここだと空気も気温も大丈夫ですし、せっかくですので、鎧を脱いでみましょうか?]
「裸は、流石に...」
[ちゃんと下に服を着てますので、大丈夫ですよ。奥の部屋を借りますね]
そう言って二人はプレハブへと歩を進めていった。
ぼっち10
「シルフー、どうも彼ら?彼女ら?のタマムシスーツは鎧だったそうだ」
「島田。私はあの中に体があるの知ってたけど」
あー、消毒ドーム通る時に、スキャンしてたのか。武器など持ってないかの安全確認のためだろうど、すっかり忘れてた。知ってたなら教えろよと、言いたいところだけど、安全確認してくれてた手前、言葉を飲み込んだ。
どんな体なのだろう。体型を見る限り人間に近そうだけど。
待つこと3分ほど、もうアズールたちは出てきた。スーツすぐ脱げるんだな。
[お待たせしました]
アズールは少しだけ恥ずかしそうにしていた。
アズールはタマムシ色の貫頭衣に、腰のあたりでシダ類の蔦のようなものを巻きつけていた。貫頭衣は太ももの上あたりまでの長さだ。どうもタマムシ色のあれは、繊維のようだ。カイコの繭みたいなものなのかな。興味深い。
性別が男か女か分からないけれど、人間のような胸はない様子。顔は少女っぽいんだけど。
いつも話をする時に出している羽音はどうやら背中から生えた翅から出ている音のようだ。俺が以前想起したルリボシカミキリムシのように、ルリ色の下地に黒い斑点のついた甲羅が翅を覆っている。
翅と甲羅のサイズはそれほど大きくなく、人間でいう肩甲骨の辺りから、ヘソの辺りくらいまでのサイズだ。
翅と甲羅以外は人間とそう変わらない。肌の色が顔と同じで蝋を塗ったような薄い青色と人間と全く異なるが。
一方、リーノのほうはというと。シダ類の蔦を編み込んだような貫頭衣にタマムシ色の腰紐を結んでいる。アズールが言っていたように、目を引くのは尻尾だ。こちらはエビのようなものかと思っていたけど、予想外にサソリの尻尾がついている。尻尾の色は髪の毛と同じで、鮮やかな赤地に青紫の水玉模様だ。
リーノもアズールと同じで胸はなく、男なのか女なのか分からない。そもそも、人間と男女の身体的特徴が違うのだろうけど。
特徴的なサソリの尻尾以外は人間とそう変わりないが、肌の色が顔と同じで、蝋を塗ったような青紫色だ。
二人とも思った以上に人間に近い見た目だ。知的生物になると、似たような体型になるのだろうか。謎が深まる。
難しいことは、いずれ学者が研究してくれるだろう。もっとも、ここまで来れたらだけど。
「男なのか女なのか気になるわねー」
純粋な興味といった感じでシルフの声が聞こえる。
[シルフさんは何と?]
ああ、忘れがちだったけどテレパシーはシルフに届かない。仕方ないので翻訳してやろう。あまりやりたくないけど。だいたい、男だろうが女だろうが雌雄同体だろうが、どうでもよいんだが。
「アズールとリーノが男女どっちか知りたいってさ」
[なるほど、私は男でもあり女でもあります]
つまり、雌雄同体か。
[私は一応女になる]
リーノは女性っと。
「ちなみに、至極どうでもいいとは思うけど、俺は男だ。シルフは無性だね」
[無性とは?]
不思議そうにアズールが尋ねる。
「シルフは子孫を残すような生物ではないんだ。自分をコピーすることはできるけどね」
俺の言葉に何のことか理解できないという感じの二人。そらコンピュータですとか、AIですと言っても分からないだろうから。
[いろんな方がいらっしゃるのですね]
ほんとそうだ。ここにいるシルフを含めて4人は全員性別が違う。
「よければリーノも、また訪ねてきて欲しいな」
異星は不思議がいっぱいだ。話を聞くのは新鮮な驚きがあるし、何より帰れないかもしれないという、悲観的な気持ちを忘れさせてくれる。
俺の言葉にリーノは無言でうなずいてくれた。
「アズール、リーノ、ありがとう。兜の持続時間もあると思うから、巨大蟻の場所を教えてくれないか?」
[そうですね。空気草の時間もありますし、では鎧を着てきますね」
また、謎単語だ。空気草ってなんだろう。カマキリバイザーの中に入ってるのだろうか。折を見て聞いてみよう。
「俺も着替えてくるよ」
そんなこんなで、やって参りました。湖へ。
宇宙服は無重力または、低重力下で運用することが想定されている。事前調査で、ホープの重力は地球に近いと分かってはいたものの、敵性生命体からの襲撃は想定していない。
一応、多少の強化はされているので岩に擦った程度では破けないものの、鋭利な刃物で切られたり、突き刺されたら簡単に破ける。宇宙服が破けた場合、怪我よりも気密性が損なわれるのが問題だ。
気密性が失われると、俺の体はホープの環境に投げ出されることになり、60度の気温と8気圧が襲いかかってくる。
ただ、フルフェイスヘルメットは宇宙服と切り離せるので、呼吸はなんとかなる。
短時間であれば、呼吸さえなんとかなれば宇宙船に帰還できるので、どうにかなる。
ヘルメットは何としても壊れないようにしなければならない。次からは予備も持ってこよう。
[では、行きましょう]
白銀の浜辺から、歩を進めると少しづつ水位が上がってくる。あっという間に水位は頭の上までになり、目的地まで泳いでいく。
しかし、二人とも速いな!追いつこうと体に力を入れた時、両側から腕を掴まれた。
なんだなんだと目をやると、左右からアズールとリーノが俺の肩を貸している形で加速する。
どうやら遅いので、両脇から引っ張ってくれるら...し...いが、速すぎる!
ちょ、ちょっと待って!
俺の祈りもむなしく、引っ張って行かれてしまった。だいたい、湖に入って20分くらいだろうか、洞窟の入り口まで到着していた。
[この先です]
息を切らした様子もない二人。なんという体力だ。種としての身体能力が違いすぎる。さっきのスピードは並の競泳選手以上の速度が出ていた。見た感じ、遊泳種には見えないんだが。
模様から甲殻類の特徴があるリーノはともかく、カミキリムシのアズールまで、こんなスピードなのだ。競争したら、生身の人間では追っかけるのかほぼ不可能だ。
「二人とも、ここまでありがとう」
テレパシーは便利だ、口を開かなくても言葉が伝わる。この技術があれば、言語の壁も無くなるし、水中や宇宙空間でも会話できる。
ここで二人と別れ、俺は帰路につくのだった。
帰還した俺は、アズールたちのことを考えていた。
んー、蟻はよいが、やはりアズールたちと敵対するのを避けねば、このドームが危ういな。
水中でもあれだけのパフォーマンスを見せるのだ。推測に過ぎないけど、アズールたちは地上種だ。 なので、水中以上のパフォーマンスを見せてもおかしくない。時間制限はあるようだけど、地上でも活動できるときた。
「シルフ、アズール達の危険度をどう思う?」
「んー、正直あんたが心配するほどでもないと思うけど。例え敵対してもなり振り構わずやるなら、やれるわよ?」
怖えよ!
「まあ、そんなことになるとは思えないけどね。それよりあんた...」
「やっぱり、読まれてたか。いざとなったら野良巨大蟻の殲滅に協力しようと思ってる。俺の個人的な欲望のためにも、アズール達とは仲良くやりたいからな」
「このロリコンがー!」
「まてまて、何でそうなる」
「小さい子三人も囲って、今更何を」
「えー」
シルフまで入ってんのかよ。昆虫少女風二人にホログラムとか、俺はそこまで上級者になれないって。人間に近くても、明らかに人間じゃないからな。
そう思うとファンタジーな世界だと、むふふな展開があったのか?