キノコ料理店
文字数 2,444文字
ヒカリはこびとたちといっしょにこびとの村にやってきました。
こびとたちの背の高さはヒカリの半分ぐらいなので、二階建ての大きな家もヒカリの世界では一階建てと同じぐらいしかありません。ヒカリの目の高さからは、トタン屋根に反射する月の光がよく見えます。
赤、青、みどりにオレンジといった色鮮やかなトタンの屋根にワニスでつやを出すように、月の光がとろとろと空から流れ落ちてきます。
屋根の反射と玄関を照らすスズランランプのほのかな光で、こびとの村全体が、闇にぼんやりと青白く、浮かび上がるようでした。
ヒカリは、こびと夫妻に案内されてキノコ料理店の中に入りました。
たくさんのこびとたちが食事をとる店なので、ほかの家よりも広々としています。それでもヒカリには入り口はせまく、天井に頭がつきそうです。気をつけないと、料理店の大テーブルをとりかこむ小さなこびとのいすさえも、けりちらかしてしまいそうでした。
ヒカリは木の板の床をきしませながら、そーっと気をつけて歩きました。
「さあさあ、ごはんにしようかね」
太ったこびとの奥さんは、にこにこ笑って言いました。
まっくら森はいつも夜なので、今は何時かわかりませんが、こびと夫妻は今日で二回目の食事をとろうとしています。ヒカリの世界ではお昼ごはんです。
月の出ている明るい時間が、こびとたちの起きている時間です。
ヒカリの世界の太陽とちがい、月はいつも同じ形で同じように昇るというわけではありません。こびとたちは月の満ち欠けで日を数え、砂時計で時刻を知りました。
キノコ料理店で一番大きな窓の窓台にも大小様々の砂時計がずらりと並んでいます。
「早くしないとお客さんが来ちまうよ」
一番小さな砂時計の砂が残り少なくなるのを気にしながら、奥さんがせかせかと動きます。
厨房からはおいしそうなシチューのにおいがしてきました。
こびとのだんなさんに呼ばれて厨房に行った奥さんを手伝って、ヒカリはシチューを盛りつけた皿とパンとチーズを盛ったかごをテーブルに運びました。
こびとの皿はヒカリには少し小さいので、だんなさんはシチューの鍋ごとヒカリの前に置き、スプーンがわりのお玉を渡して、ヒカリに食事をすすめました。
「さあ、お食べ、おいしいキノコのシチューだよ」
ヒカリは、ふうふうと息を吹きかけながら、熱いシチューを口にします。キノコのシチューというよりはこってりとしたビーフシチューの味がしました。
「これ、キノコって感じがしないわ。本当にキノコが入っているの?」
ヒカリが言うと、だんなさんは、もちろんだというようにうなずきました。
「入っているとも。牛キノコがたっぷりとね」
「牛キノコ? なあに、それ?」
「牛の体からはえてくるキノコさ。放っておくと肩から背中までびっしりとはえてしまうんだ。食べるとおいしいキノコだから、ときどき採 らせてもらうんだ。牛にはじゃまなだけのキノコだし、おたがい助かるというわけさ」
だんなさんはヒカリの質問に喜んでこたえました。
色々なキノコのことを知っているだんなさんは、キノコについて聞かれると、うれしくてたまらないようです。
「牛からはえるキノコなんて、なんだかきもち悪いわ」
ヒカリは思わずお玉を置いてしまいました。だんなさんが不思議そうな顔をします。
「おまえの世界に牛キノコはないのかい? 牛乳は? チーズやヨーグルトもないっていうのかい?」
「牛乳は飲むわ。ヨーグルトも好きだし、チーズも食べる」
そう言いながら、ヒカリはチーズをパンにはさんでかじりつきました。
「そのチーズだって牛や羊の乳からできているんだ。牛キノコや豚キノコと何がちがうっていうんだい?」
「豚キノコなんていうのもあるのね」
ヒカリは豚の体からはえてくるキノコを想像しながら言いました。
「牛キノコや豚キノコはステーキやソテーにするとおいしいんだ。うちの人気メニューだよ」
「このキノコは私の世界のお肉と同じようなものなのね」
ヒカリはそう言いながら、再びお玉を手にとって、シチューを口に運びました。やはりキノコというよりはビーフシチューです。
「ほらほら、これもお食べよ」
厨房から、こびとの奥さんがさらに料理を一品運んできました。
「にわとりキノコのから揚げだよ」
それはにわとりからはえたキノコをからりと揚げたもので、ヒカリが予想したとおり、フライドチキンの味がしました。
ヒカリはあまり深く考えないで食べることにしました。ビーフシチューもフライドチキンもヒカリの大好物なのです。
「ああ、おいしかった」
ヒカリはこびと夫妻に出された料理をすっかりきれいにたいらげました。
こびとの奥さんはてきぱきと皿を片づけると、店を開ける準備にとりかかります。キノコ料理店の一日はまさにいまからはじまるのです。
ヒカリが住む世界でいうと、昼食、夕食、夜食となる食事をするために、お客さんたちがやってきました。ヒカリはお客さんの注文をとり、できあがった料理を運びました。こびとの奥さんはヒカリの倍の動きで、せかせかと店内を動きまわりますが、ヒカリは長いうでをしゅっとのばせば、テーブルにすぐに届いたし、空いた皿は一度にたくさん片づけることもできました。
キノコ料理店はとても繁盛していて、店を閉める頃にはヒカリはすっかりくたびれてしまいました。
「おつかれさま。お茶でも飲んでひと息つこう」
ヒカリはだんなさんが入れてくれた「夜花 のお茶」を飲みました。
どこか涼 やかな不思議な花の香りがします。
夜に咲く花は、神経を落ち着かせる作用があるそうです。ヒカリは体の中に静けさが広がるのを感じながら、ほっとひといきつきました。
その日の三食目の食事はキノコとチーズのグラタンでした。
こびと夫妻の作る料理はどれもとてもおいしくて、ヒカリはすっかり気に入りました。まるで夢の中のごちそうです。
グラタンの湯気の向こうのこびと夫妻の笑顔さえ、ヒカリにとってはまぼろしのようにはかなく見えました。
こびとたちの背の高さはヒカリの半分ぐらいなので、二階建ての大きな家もヒカリの世界では一階建てと同じぐらいしかありません。ヒカリの目の高さからは、トタン屋根に反射する月の光がよく見えます。
赤、青、みどりにオレンジといった色鮮やかなトタンの屋根にワニスでつやを出すように、月の光がとろとろと空から流れ落ちてきます。
屋根の反射と玄関を照らすスズランランプのほのかな光で、こびとの村全体が、闇にぼんやりと青白く、浮かび上がるようでした。
ヒカリは、こびと夫妻に案内されてキノコ料理店の中に入りました。
たくさんのこびとたちが食事をとる店なので、ほかの家よりも広々としています。それでもヒカリには入り口はせまく、天井に頭がつきそうです。気をつけないと、料理店の大テーブルをとりかこむ小さなこびとのいすさえも、けりちらかしてしまいそうでした。
ヒカリは木の板の床をきしませながら、そーっと気をつけて歩きました。
「さあさあ、ごはんにしようかね」
太ったこびとの奥さんは、にこにこ笑って言いました。
まっくら森はいつも夜なので、今は何時かわかりませんが、こびと夫妻は今日で二回目の食事をとろうとしています。ヒカリの世界ではお昼ごはんです。
月の出ている明るい時間が、こびとたちの起きている時間です。
ヒカリの世界の太陽とちがい、月はいつも同じ形で同じように昇るというわけではありません。こびとたちは月の満ち欠けで日を数え、砂時計で時刻を知りました。
キノコ料理店で一番大きな窓の窓台にも大小様々の砂時計がずらりと並んでいます。
「早くしないとお客さんが来ちまうよ」
一番小さな砂時計の砂が残り少なくなるのを気にしながら、奥さんがせかせかと動きます。
厨房からはおいしそうなシチューのにおいがしてきました。
こびとのだんなさんに呼ばれて厨房に行った奥さんを手伝って、ヒカリはシチューを盛りつけた皿とパンとチーズを盛ったかごをテーブルに運びました。
こびとの皿はヒカリには少し小さいので、だんなさんはシチューの鍋ごとヒカリの前に置き、スプーンがわりのお玉を渡して、ヒカリに食事をすすめました。
「さあ、お食べ、おいしいキノコのシチューだよ」
ヒカリは、ふうふうと息を吹きかけながら、熱いシチューを口にします。キノコのシチューというよりはこってりとしたビーフシチューの味がしました。
「これ、キノコって感じがしないわ。本当にキノコが入っているの?」
ヒカリが言うと、だんなさんは、もちろんだというようにうなずきました。
「入っているとも。牛キノコがたっぷりとね」
「牛キノコ? なあに、それ?」
「牛の体からはえてくるキノコさ。放っておくと肩から背中までびっしりとはえてしまうんだ。食べるとおいしいキノコだから、ときどき
だんなさんはヒカリの質問に喜んでこたえました。
色々なキノコのことを知っているだんなさんは、キノコについて聞かれると、うれしくてたまらないようです。
「牛からはえるキノコなんて、なんだかきもち悪いわ」
ヒカリは思わずお玉を置いてしまいました。だんなさんが不思議そうな顔をします。
「おまえの世界に牛キノコはないのかい? 牛乳は? チーズやヨーグルトもないっていうのかい?」
「牛乳は飲むわ。ヨーグルトも好きだし、チーズも食べる」
そう言いながら、ヒカリはチーズをパンにはさんでかじりつきました。
「そのチーズだって牛や羊の乳からできているんだ。牛キノコや豚キノコと何がちがうっていうんだい?」
「豚キノコなんていうのもあるのね」
ヒカリは豚の体からはえてくるキノコを想像しながら言いました。
「牛キノコや豚キノコはステーキやソテーにするとおいしいんだ。うちの人気メニューだよ」
「このキノコは私の世界のお肉と同じようなものなのね」
ヒカリはそう言いながら、再びお玉を手にとって、シチューを口に運びました。やはりキノコというよりはビーフシチューです。
「ほらほら、これもお食べよ」
厨房から、こびとの奥さんがさらに料理を一品運んできました。
「にわとりキノコのから揚げだよ」
それはにわとりからはえたキノコをからりと揚げたもので、ヒカリが予想したとおり、フライドチキンの味がしました。
ヒカリはあまり深く考えないで食べることにしました。ビーフシチューもフライドチキンもヒカリの大好物なのです。
「ああ、おいしかった」
ヒカリはこびと夫妻に出された料理をすっかりきれいにたいらげました。
こびとの奥さんはてきぱきと皿を片づけると、店を開ける準備にとりかかります。キノコ料理店の一日はまさにいまからはじまるのです。
ヒカリが住む世界でいうと、昼食、夕食、夜食となる食事をするために、お客さんたちがやってきました。ヒカリはお客さんの注文をとり、できあがった料理を運びました。こびとの奥さんはヒカリの倍の動きで、せかせかと店内を動きまわりますが、ヒカリは長いうでをしゅっとのばせば、テーブルにすぐに届いたし、空いた皿は一度にたくさん片づけることもできました。
キノコ料理店はとても繁盛していて、店を閉める頃にはヒカリはすっかりくたびれてしまいました。
「おつかれさま。お茶でも飲んでひと息つこう」
ヒカリはだんなさんが入れてくれた「
どこか
夜に咲く花は、神経を落ち着かせる作用があるそうです。ヒカリは体の中に静けさが広がるのを感じながら、ほっとひといきつきました。
その日の三食目の食事はキノコとチーズのグラタンでした。
こびと夫妻の作る料理はどれもとてもおいしくて、ヒカリはすっかり気に入りました。まるで夢の中のごちそうです。
グラタンの湯気の向こうのこびと夫妻の笑顔さえ、ヒカリにとってはまぼろしのようにはかなく見えました。