月見草畑にて
文字数 2,630文字
満月の夜はまっくら森もくっきり明るくなりますが、今夜の月見草畑は、森の中でもひときわ明るく、何か特別な光で輝いているかのようでした。
月見草があちこちで、ぽん、ぽん、と音を立てながら花を咲かせていました。
日なたのにおいが辺りにふんわりただよいます。
どやどやと押しかけてきた住人たちにおどろいて、夜光蝶 の大群はいなくなってしまいましたが、その場に残されたリン粉 がてらてらと月に反射しています。リン粉の中に何かがうもれて小山のようになっていました。
「ホーウッ、たしかに、夜光蝶どもが群がっていたのは、月見草ではなかったようじゃのう」
ものしりフクロウはリン粉が降り積もる場所に降り立ち、翼をばさばさっと広げました。
光のカーテンが強い風にあおられるように、リン粉がいっせいに舞い上がります。
みんなアッと思いました。
リン粉が払いのけられて、月の光にさらされたのは、見たこともない女の子です。
妖精たちはスズランランプで月見草畑に倒れていた女の子の姿を照らしました。
ほかの住人たちもこわごわ近寄り、女の子を上から下まで眺めます。
こびとじいさんはフクロウに尋ねます。
「この子は一体何者なんだ? 姿はわしらと似ているが、こんな大きなこびとはいない」
女の子の身長は、こびとの二倍はありました。それを見てほかのこびとたちもうなずきます。
「そうだな。この子はこびとじゃない」
「妖精なんじゃないのかい?」
「あら、この子には私たちのような羽はないわ。妖精じゃないわよ」
妖精の一人が言うと、ほかの妖精たちも声をそろえて言いました。
「そうよ。この子は妖精じゃないわ」
「きっとけものの一種だわ」
「この子には、しっぽもないし、牙もない。おれたちの仲間ではないよ」
けものたちはやかましい鳴き声をあげて言いました。
「ホーウ、ホーウ、フーム」
ものしりフクロウは納得したようにうなずくと、住人たちに言いました。
「おそらくこれは、月の子じゃ」
「月の子?」
「あの伝説の?」
フクロウの言葉を聞いて住人たちはおどろきました。
「夜光蝶が群がっていたのが何よりの証拠じゃ。夜光蝶は、月見草の花が開くときに香る『日なたのにおい』に引き寄せられるのじゃ。言い伝えによると、月の子たちは、月の光のもとである太陽というものがある昼の世界に住んでいる。月の子には月見草よりもずっと強力な日なたのにおいが染み込んでおるのじゃろう。ここにはあるはずのない太陽の光を直接浴びているからじゃ」
「太陽の光? それじゃ昼の世界がどこかに本当にあるということ?」
妖精の一人がフクロウに聞き返しました。
「月の子がこうして実際にいた以上、昼の世界があるということも信じないわけにはいかんじゃろうな」
フクロウは目をパチパチと瞬かせ、落ち着きなく首を回してうなずきました。
「それにしても、どうして突然こんなところに月の子が現われたんだい?」
聞き耳ウサギは長い耳をフクロウに突きつけるようにして聞きました。
「それがわしにも不思議なんじゃ。月光花 も咲いておらんというのに……」
「月光花? なんだい、それ? 食べられるのかい?」
花の蜜が大好きなコウモリが甲高い声でフクロウに尋ねました。
「さあ、食べられるかどうかはわからんが、月光花というのは、えもいわれぬよい香りをしたそれは美しい花じゃという。言い伝えによると、かつてはこの森のいたるところに、青白い月の光を放つ月光花が咲いておったそうじゃ。月光花の咲く場所には、月の子たちのたわむれる姿がよく見られたという。今では月の子の姿はおろか、月光花も見られなくなったというのに、なぜこんなところに一人だけ月の子が現われたりしたのかのう」
フクロウは怪訝な顔で女の子を見下ろしています。
住人たちも伝説上の月の子をじっくり見ようと押し合いへしあいしています。
そんな中、女の子は気がついたようで、「うーん」と体をのばして寝返りをうちました。
フクロウは女の子の体の上から飛び上がってその場を離れます。
フクロウの羽ばたきで、リン粉が再び舞い上がり、女の子はくしゃみをして目を覚ましました。
女の子が体を起こすと、住人たちはいっせいに一歩後ろに退きました。
住人たちの姿を見て、女の子もおどろいた様子です。
「ここはどこ? こびとや妖精がいるなんて、おとぎ話の世界なの?」
「それはこっちのセリフだよ」
「月の子なんて空想の世界にしかいないと思っていたわ」
こびとと妖精が言いました。
「月の子? なあに、それ。私の名前はヒカリよ」
「ヒカリ……。ホーウッ、やはりおまえは、昼の光の世界に住んでいるというわけじゃな」
フクロウは納得したようにうなずきました。
そんなフクロウを押しのけて、こびとじいさんがずいっと前に出てきます。
「おまえさんが昼の世界に住んでいて、月の子だっていうのはわかった。けど、なんだってわしの月見草畑に倒れていたんだ?」
こびとじいさんににらまれて、ヒカリは困った顔をします。
「わからないわ。私、月光花を見にきたんだけど、気づいたらここに倒れていたの」
「月光花なんてとっくの昔に幻の花になってるよ」
聞き耳ウサギがさらりと言うと、ヒカリは残念そうにため息をつきました。
「そう……。ここには咲いていないのね」
そのままヒカリは黙り込んでしまいました。
住人たちはヒカリがかわいそうになり、何とかはげまそうとします。
「でも、もしかしたらまだどこかに咲いているのかも」とアナグマが言うと、
「これから咲くかもしれないしね」とモモンガも言葉をつけくわえ、
「月の子だっていたんだし、月光花もきっと咲くわよ」と妖精の一人もうなずきました。
「だけど、いつになるかもわからないし、ずっとここで待っているわけにもいかないわ」
ヒカリはしゅんとうつむきます。
「それならうちに来たらいいよ。なんなら花が咲くまでずっといたっていいんだよ」
人のよさそうな太ったこびとの奥さんが言いました。
「そうだな。うちはいそがしいから店の手伝いでもしてもらおう」
「そうだね。えんりょはいらないよ」
きのこ料理店を営むこびと夫妻は口をそろえて言いました。
「ちょっと待て、そんな勝手に……」
反対するフクロウを、こびとの奥さんがにらみつけます。
「勝手じゃないさ。何なら多数決で決めようか?」
フクロウのほかには、とくに反対するものはいないようです。
ヒカリはにっこりと笑って、「ありがとう」と言いました。
月見草があちこちで、ぽん、ぽん、と音を立てながら花を咲かせていました。
日なたのにおいが辺りにふんわりただよいます。
どやどやと押しかけてきた住人たちにおどろいて、
「ホーウッ、たしかに、夜光蝶どもが群がっていたのは、月見草ではなかったようじゃのう」
ものしりフクロウはリン粉が降り積もる場所に降り立ち、翼をばさばさっと広げました。
光のカーテンが強い風にあおられるように、リン粉がいっせいに舞い上がります。
みんなアッと思いました。
リン粉が払いのけられて、月の光にさらされたのは、見たこともない女の子です。
妖精たちはスズランランプで月見草畑に倒れていた女の子の姿を照らしました。
ほかの住人たちもこわごわ近寄り、女の子を上から下まで眺めます。
こびとじいさんはフクロウに尋ねます。
「この子は一体何者なんだ? 姿はわしらと似ているが、こんな大きなこびとはいない」
女の子の身長は、こびとの二倍はありました。それを見てほかのこびとたちもうなずきます。
「そうだな。この子はこびとじゃない」
「妖精なんじゃないのかい?」
「あら、この子には私たちのような羽はないわ。妖精じゃないわよ」
妖精の一人が言うと、ほかの妖精たちも声をそろえて言いました。
「そうよ。この子は妖精じゃないわ」
「きっとけものの一種だわ」
「この子には、しっぽもないし、牙もない。おれたちの仲間ではないよ」
けものたちはやかましい鳴き声をあげて言いました。
「ホーウ、ホーウ、フーム」
ものしりフクロウは納得したようにうなずくと、住人たちに言いました。
「おそらくこれは、月の子じゃ」
「月の子?」
「あの伝説の?」
フクロウの言葉を聞いて住人たちはおどろきました。
「夜光蝶が群がっていたのが何よりの証拠じゃ。夜光蝶は、月見草の花が開くときに香る『日なたのにおい』に引き寄せられるのじゃ。言い伝えによると、月の子たちは、月の光のもとである太陽というものがある昼の世界に住んでいる。月の子には月見草よりもずっと強力な日なたのにおいが染み込んでおるのじゃろう。ここにはあるはずのない太陽の光を直接浴びているからじゃ」
「太陽の光? それじゃ昼の世界がどこかに本当にあるということ?」
妖精の一人がフクロウに聞き返しました。
「月の子がこうして実際にいた以上、昼の世界があるということも信じないわけにはいかんじゃろうな」
フクロウは目をパチパチと瞬かせ、落ち着きなく首を回してうなずきました。
「それにしても、どうして突然こんなところに月の子が現われたんだい?」
聞き耳ウサギは長い耳をフクロウに突きつけるようにして聞きました。
「それがわしにも不思議なんじゃ。
「月光花? なんだい、それ? 食べられるのかい?」
花の蜜が大好きなコウモリが甲高い声でフクロウに尋ねました。
「さあ、食べられるかどうかはわからんが、月光花というのは、えもいわれぬよい香りをしたそれは美しい花じゃという。言い伝えによると、かつてはこの森のいたるところに、青白い月の光を放つ月光花が咲いておったそうじゃ。月光花の咲く場所には、月の子たちのたわむれる姿がよく見られたという。今では月の子の姿はおろか、月光花も見られなくなったというのに、なぜこんなところに一人だけ月の子が現われたりしたのかのう」
フクロウは怪訝な顔で女の子を見下ろしています。
住人たちも伝説上の月の子をじっくり見ようと押し合いへしあいしています。
そんな中、女の子は気がついたようで、「うーん」と体をのばして寝返りをうちました。
フクロウは女の子の体の上から飛び上がってその場を離れます。
フクロウの羽ばたきで、リン粉が再び舞い上がり、女の子はくしゃみをして目を覚ましました。
女の子が体を起こすと、住人たちはいっせいに一歩後ろに退きました。
住人たちの姿を見て、女の子もおどろいた様子です。
「ここはどこ? こびとや妖精がいるなんて、おとぎ話の世界なの?」
「それはこっちのセリフだよ」
「月の子なんて空想の世界にしかいないと思っていたわ」
こびとと妖精が言いました。
「月の子? なあに、それ。私の名前はヒカリよ」
「ヒカリ……。ホーウッ、やはりおまえは、昼の光の世界に住んでいるというわけじゃな」
フクロウは納得したようにうなずきました。
そんなフクロウを押しのけて、こびとじいさんがずいっと前に出てきます。
「おまえさんが昼の世界に住んでいて、月の子だっていうのはわかった。けど、なんだってわしの月見草畑に倒れていたんだ?」
こびとじいさんににらまれて、ヒカリは困った顔をします。
「わからないわ。私、月光花を見にきたんだけど、気づいたらここに倒れていたの」
「月光花なんてとっくの昔に幻の花になってるよ」
聞き耳ウサギがさらりと言うと、ヒカリは残念そうにため息をつきました。
「そう……。ここには咲いていないのね」
そのままヒカリは黙り込んでしまいました。
住人たちはヒカリがかわいそうになり、何とかはげまそうとします。
「でも、もしかしたらまだどこかに咲いているのかも」とアナグマが言うと、
「これから咲くかもしれないしね」とモモンガも言葉をつけくわえ、
「月の子だっていたんだし、月光花もきっと咲くわよ」と妖精の一人もうなずきました。
「だけど、いつになるかもわからないし、ずっとここで待っているわけにもいかないわ」
ヒカリはしゅんとうつむきます。
「それならうちに来たらいいよ。なんなら花が咲くまでずっといたっていいんだよ」
人のよさそうな太ったこびとの奥さんが言いました。
「そうだな。うちはいそがしいから店の手伝いでもしてもらおう」
「そうだね。えんりょはいらないよ」
きのこ料理店を営むこびと夫妻は口をそろえて言いました。
「ちょっと待て、そんな勝手に……」
反対するフクロウを、こびとの奥さんがにらみつけます。
「勝手じゃないさ。何なら多数決で決めようか?」
フクロウのほかには、とくに反対するものはいないようです。
ヒカリはにっこりと笑って、「ありがとう」と言いました。