月の女神

文字数 1,474文字

 まっくら森はいつも夜。朝も昼も訪れませんが、青白い月の光を放つ月光花が咲く美しい夜の世界です。
 月光花(げっこうか)の近くでは、昼の世界から訪れる人間の子どもの姿が多く見られます。
 森の住人たちは彼らのことを月の子と呼んで親しんでいました。

「最近はヒカリの姿が見えんのう」

 物知りフクロウは思い出したようにモグラ館長に言いました。

「昼の世界のことに関してはだいぶ資料が整ったので問題はないと思いますが」

 そっけないモグラ館長の言葉に物知りフクロウは文句を言います。

「おまえは仕事はできるが情け知らずな男じゃのう」

「おやおや、物知りでないことがわかると今度は情けを重んじるようになりましたか」

 モグラ館長に言い返されてフクロウは鋭い目でにらみつけました。
 コウモリとモモンガが二人をはやしたて、けしかけようとします。

 フクロウだけではなくこびとたちもヒカリが最近遊びにこないことを気にかけていました。
 今では月光花の研究者になったこびとじいさんでさえ、口には出しませんがヒカリの訪れがないことをさびしく思っていました。

 そんな中、妖精たちが月光花の青白い光に反射する薄いヴェールのような銀色の羽をきらきらと羽ばたかせながら、こびとたちやけものたちの間を飛び交って、ぽっかり広場に現われた見たこともない人間のことを知らせて回りました。

「たいへんよ、月の女神が現われたわ」

「月の光に波打つ美しい長い髪に透き通るような白い肌をした女神さまよ」

「美しいけれど、どこかなつかしい感じのする親しみ深い女神さまだったわ」

 妖精たちの知らせを受けた住人たちは、月の女神を一目見ようとぽっかり広場に向かいました。

 ぽっかり広場に現われたのは大人になったヒカリでした。

 月の石を積み上げたお墓の前にはたくさんの供物(くもつ)(ささ)げられています。
 まっくら森に再び月をよみがえらせ、月光花まで咲かせたモジャリは、いまや伝説の英雄でした。
 お墓の石は痛みに苦しむモジャリが流した涙です。
 苦しんでいたモジャリの姿を思い出し、ヒカリの胸は痛みます。
 ヒカリはお墓の前にひざを落とし、手を合わせながらぽろぽろと涙をこぼしました。

 まっくら森の住人は、月の子であるヒカリをいつも温かく迎えてくれましたが、そのたびにヒカリはモジャリも一緒にいればいいのにと少し哀しくなりました。

 今もヒカリはモジャリがそばにいないのがさびしくてしかたありません。

 そのとき、モジャリのお墓の月の石が()れたように淡く虹色に輝きました。
 ぽっかり夜空にぷかぷか浮かんだ満月の光が降り注いだのです。

 ヒカリは満月を見上げました。

 月の光はやさしくヒカリを包みます。

 青い火花が散るような月光花の細い花びらが風で飛んできました。

 甘い芳香に誘われて、ヒカリは花びらが飛ばされてくる方に向かって歩きだしました。

 夜光蝶(やこうちょう)がヒカリに向かって飛んできます。

 森のそこかしこにたくさんの月光花が群生(ぐんせい)し、月の子たちが無邪気に遊ぶ姿が見られます。その周りを夜光蝶の群れがリン粉を()き散らしながら飛び交っています。

 青白い月の光を放つ、月光花の美しい世界が森に広がっていました。

「モジャリ……」

 その確かな存在をヒカリは心で感じました。
 月の子たちがたわむれる月光花の咲くいたるところにモジャリの気配がありました。
 いつでもモジャリは自分のそばにいたのだとヒカリは初めて気づきました。

 ヒカリは自分の胸にそっと手をあてます。
 モジャリが大好物だった月の蜜よりさらに甘いとろとろとした蜜が、胸の奥からこんこんと湧き出して、心を()たしていきました。
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