森の嫌われ者
文字数 2,394文字
まっくら森には、こびと、妖精、けものたちのほかに精霊たちが住んでいます。彼らは住人というよりは森そのものであり、そこかしこに息づいています。木の精、土の精、水の精……。姿の見えない者もいれば、形や重さをともなって姿を見せる者もいます。
精霊たちと住人たちは、互いに生かし、生かされて、森の中で暮らしています。
けれど、そのどちらとも仲良くできない者もいます。
まっくろけっけのモジャリです。
モジャリは精霊とけもののあいの子といわれています。黒いもじゃもじゃの毛に全身をおおわれて、ずんぐりもっさりとしたモジャリは、血走った目をいつもギョロギョロさせています。
モジャリの好物は月の蜜です。
月の光をたたえた蓮 で埋 め尽 くされた「月溜 まり池」はモジャリのお気に入りの場所でした。そこでモジャリは池に浮かぶ蓮の葉を器にして、月の光を飲み干すのです。
けれど、それはいけないことです。
まっくら森では月の光は貴重なもので、大切に使わなければならないからです。
満月の光は闇に溶け出して夜の森に降り注ぎます。
月は毎日溶けた分だけ欠けていき、光も弱まっていくのですが、大地にしみこんだ光は、やがて蒸発して再び空で固まってもとの満月に戻るのです。
だから誰かが勝手に月の光を自分のものにしてしまうようなことがあれば、その分月は欠けたままになってしまい、森全体が満月で明るく照らされることはなくなってしまうのです。ましてや飲むなどもってのほかなのですが、モジャリは、精霊たちにたしなめられても、けものたちにののしられても、月の光を飲むことをやめようとはしませんでした。
まっくら森でのけ者にされても、月の光が独り占めできるなら、その方がずっといいとモジャリは思っていたのです。
わがままで自分勝手なモジャリは森の嫌われ者でした。
満月の翌日、モジャリはこびとたちの住む村に向かっていました。
月の明るい夜は、こびとたちは枝を刈りに出かけたり、木の実を採りに出かけたりして、どの家も留守のはずなので、心置きなくたっぷりと月が味わえると思ったのです。
こびとの家のトタン屋根からしたたり落ちる月の蜜を手にためてそっと飲むこと、それは、モジャリの密かな楽しみでした。
こびと村に近づき、モジャリは「おや?」っと思いました。こびとたちの家の窓にスズランランプの灯りがともっていたのです。
「まぁだ宵 の口だというのに、奴ら、もう帰ってきたのかぁ」
モジャリは困惑しながらも、引き返そうとはしませんでした。トタンの上でとろとろに溶ける月の蜜を見れば、もう我慢などできません。
モジャリは目の前のキノコ料理店に近づくと、両手をおわんのように合わせて、屋根からしたたり落ちてくる蜜がたまるのを舌なめずりで待ちました。
モジャリの大きな黒い影がキノコ料理店の二階の窓をふさいでいます。
少しして、ドアがギーッと開きました。
「……あなたは誰?」
家の中から身をちぢめながら出てきたのは、こびとではありませんでした。
こびとよりも大きくて、モジャリよりも小さな女の子です。
「お、お、おまえこそ誰だぁ?」
モジャリは、おびえたように言いました。
「私はヒカリ。昼の世界の人間よ。この家でお世話になってるの」
こびと夫妻はきのこ狩りに出掛けているので、ヒカリは一人で留守番をしていました。
「昼の世界って何だぁ?」
モジャリはヒカリに聞きました。
「月の代わりに太陽が明るく照らす世界のことよ」
「ふ、ふーん。そこには、おまえみたいのがいっぱいいるのかぁ?」
モジャリは血走った目で上から下までじろじろヒカリを眺めました。
月の光に波打つ栗色の長い髪、陶器 のように白い肌、血色のいいバラ色の頬に愛らしい桃色の唇……。ヒカリの容貌は、モジャリとはずいぶんちがいます。
「まっくろなおいらとちがってぇ、おまえはまっしろでぴかぴかだぁ。目も血走ったギョロ目じゃなくてぇ、澄んでいて、とてもきれいだぁ。頭に生えた長い毛も、ごわごわじゃなくて、ふわふわでぇやわらかそうだなぁ……」
モジャリは震える手をのばし、ヒカリの栗色の髪にそっとふれようとしましたが、すぐに手を引き戻しました。
「何をそんなにおびえているの?」
ヒカリはふしぎそうな顔をしてモジャリをじっとみつめます。
「おいら、何にもおびえてねぇ。こわがるのはおまえの方だぁ」
「私が? どうして? ちっともこわくなんてないわ」
ヒカリは明るく言いました、
こびとたちから見れば巨大な化け物のようなモジャリですが、ヒカリにとっては、話のできるクマのようなものです。こわいよりも物めずらしさが勝って、ヒカリはモジャリに関心を示しました。
モジャリは、月の蜜より甘い蜜が自分の中からわき出てくるのを感じました。
まっくら森の住人さえ嫌って遠ざけるのに、この輝くばかりに愛らしい見知らぬ世界の女の子は、自分に明るく接してくれるのです。
モジャリは、おどろき以上の感激で、胸をじんじん熱くします。
「ところで、ここで一体何しているの?」
ヒカリはモジャリに聞きました。
「おいら、この屋根からしたたり落ちる月の蜜を飲みに来たんだぁ。お、おまえにはやらねぇぞぉ。月を飲んでいいのは、この森でおいらだけなんだぁ」
モジャリは急にやるべきことを思い出したというように、再び両手でおわんを作り、屋根からしたたり落ちてくる月の蜜を集めはじめました。
「別に興味ないわ。私は飲んだりしないから、一人でゆっくり飲むといいわ」
ヒカリはそう言うと、家の中に引っ込んでしまいました。
辺りはしーんと静まり返ります。
モジャリは両手に月の光をなみなみとたたえ、それを一気に飲み干しました。
月の蜜は、なぜかちっとも甘くなく、ひんやりと胃に落ち込みます。
モジャリは手の甲で口のまわりをぬぐいながら、ふしぎそうに首をかしげました。
精霊たちと住人たちは、互いに生かし、生かされて、森の中で暮らしています。
けれど、そのどちらとも仲良くできない者もいます。
まっくろけっけのモジャリです。
モジャリは精霊とけもののあいの子といわれています。黒いもじゃもじゃの毛に全身をおおわれて、ずんぐりもっさりとしたモジャリは、血走った目をいつもギョロギョロさせています。
モジャリの好物は月の蜜です。
月の光をたたえた
けれど、それはいけないことです。
まっくら森では月の光は貴重なもので、大切に使わなければならないからです。
満月の光は闇に溶け出して夜の森に降り注ぎます。
月は毎日溶けた分だけ欠けていき、光も弱まっていくのですが、大地にしみこんだ光は、やがて蒸発して再び空で固まってもとの満月に戻るのです。
だから誰かが勝手に月の光を自分のものにしてしまうようなことがあれば、その分月は欠けたままになってしまい、森全体が満月で明るく照らされることはなくなってしまうのです。ましてや飲むなどもってのほかなのですが、モジャリは、精霊たちにたしなめられても、けものたちにののしられても、月の光を飲むことをやめようとはしませんでした。
まっくら森でのけ者にされても、月の光が独り占めできるなら、その方がずっといいとモジャリは思っていたのです。
わがままで自分勝手なモジャリは森の嫌われ者でした。
満月の翌日、モジャリはこびとたちの住む村に向かっていました。
月の明るい夜は、こびとたちは枝を刈りに出かけたり、木の実を採りに出かけたりして、どの家も留守のはずなので、心置きなくたっぷりと月が味わえると思ったのです。
こびとの家のトタン屋根からしたたり落ちる月の蜜を手にためてそっと飲むこと、それは、モジャリの密かな楽しみでした。
こびと村に近づき、モジャリは「おや?」っと思いました。こびとたちの家の窓にスズランランプの灯りがともっていたのです。
「まぁだ
モジャリは困惑しながらも、引き返そうとはしませんでした。トタンの上でとろとろに溶ける月の蜜を見れば、もう我慢などできません。
モジャリは目の前のキノコ料理店に近づくと、両手をおわんのように合わせて、屋根からしたたり落ちてくる蜜がたまるのを舌なめずりで待ちました。
モジャリの大きな黒い影がキノコ料理店の二階の窓をふさいでいます。
少しして、ドアがギーッと開きました。
「……あなたは誰?」
家の中から身をちぢめながら出てきたのは、こびとではありませんでした。
こびとよりも大きくて、モジャリよりも小さな女の子です。
「お、お、おまえこそ誰だぁ?」
モジャリは、おびえたように言いました。
「私はヒカリ。昼の世界の人間よ。この家でお世話になってるの」
こびと夫妻はきのこ狩りに出掛けているので、ヒカリは一人で留守番をしていました。
「昼の世界って何だぁ?」
モジャリはヒカリに聞きました。
「月の代わりに太陽が明るく照らす世界のことよ」
「ふ、ふーん。そこには、おまえみたいのがいっぱいいるのかぁ?」
モジャリは血走った目で上から下までじろじろヒカリを眺めました。
月の光に波打つ栗色の長い髪、
「まっくろなおいらとちがってぇ、おまえはまっしろでぴかぴかだぁ。目も血走ったギョロ目じゃなくてぇ、澄んでいて、とてもきれいだぁ。頭に生えた長い毛も、ごわごわじゃなくて、ふわふわでぇやわらかそうだなぁ……」
モジャリは震える手をのばし、ヒカリの栗色の髪にそっとふれようとしましたが、すぐに手を引き戻しました。
「何をそんなにおびえているの?」
ヒカリはふしぎそうな顔をしてモジャリをじっとみつめます。
「おいら、何にもおびえてねぇ。こわがるのはおまえの方だぁ」
「私が? どうして? ちっともこわくなんてないわ」
ヒカリは明るく言いました、
こびとたちから見れば巨大な化け物のようなモジャリですが、ヒカリにとっては、話のできるクマのようなものです。こわいよりも物めずらしさが勝って、ヒカリはモジャリに関心を示しました。
モジャリは、月の蜜より甘い蜜が自分の中からわき出てくるのを感じました。
まっくら森の住人さえ嫌って遠ざけるのに、この輝くばかりに愛らしい見知らぬ世界の女の子は、自分に明るく接してくれるのです。
モジャリは、おどろき以上の感激で、胸をじんじん熱くします。
「ところで、ここで一体何しているの?」
ヒカリはモジャリに聞きました。
「おいら、この屋根からしたたり落ちる月の蜜を飲みに来たんだぁ。お、おまえにはやらねぇぞぉ。月を飲んでいいのは、この森でおいらだけなんだぁ」
モジャリは急にやるべきことを思い出したというように、再び両手でおわんを作り、屋根からしたたり落ちてくる月の蜜を集めはじめました。
「別に興味ないわ。私は飲んだりしないから、一人でゆっくり飲むといいわ」
ヒカリはそう言うと、家の中に引っ込んでしまいました。
辺りはしーんと静まり返ります。
モジャリは両手に月の光をなみなみとたたえ、それを一気に飲み干しました。
月の蜜は、なぜかちっとも甘くなく、ひんやりと胃に落ち込みます。
モジャリは手の甲で口のまわりをぬぐいながら、ふしぎそうに首をかしげました。