第20話 スカウト

文字数 1,922文字

「先生! この子、スカイシーに入れてもいいですよね! スカイシーのボーカルでいいですよね!」
 曲が終わるや否や、新井さんが興奮した表情で西川先生に訴えた。
「新井さん落ち着きなさい。それはまず高橋さんに聞かなきゃいけないことなんじゃない?」
 先生は少し上気した顔をしていたが、冷静さは忘れていないようだ。
「あっ、そうか」
 新井さんは思い出したようにケイの方へ駆け寄り、
「ねえ、スカイシーでボーカルやってくれるよね?」
と言いながら両手でケイの右手を掴んで拝むように持ったが、いきなり話を持ちかけられたからか、ケイが戸惑ったように圭太をチラリとみた。
「あの、ところでスカイシーってなに?」
 圭太も気になったので聞くと、
「部活です。うちの学校の軽音には3つのバンドがあって、一番うまい人たちが入るのがスカイシーってバンドなんです。でも、去年ボーカルやってた先輩が卒業しちゃって、まだボーカルが固定できてないんです」
と新井さんが教えてくれた。だが、ケイは少し訝しげな表情をして今度は先生を見た。すると先生がケイに何か外国語で返事をした途端、ケイがちょっと困った顔をした。そして、
「私、学校が終わったら、えっとバイト、に行く、予定なので」
と発音は綺麗だが引っかかりながら答えた。
「ああ、確か言ってたわね。もう決めたの?」
 思い出したように西川先生がケイに聞くと、彼女は小さく頷いた。
「そんなあ。やっと見つけたのにい」
 新井さんは口を尖らせている。
「ちょ、ちょっと待って。なんでバイト?」
 圭太がケイに聞くと、どうやら留学費用を少なくできるようにバイトをするのだという。
「エフの特待生なんだけどね。留学は授業料はかからなくても、生活費はかかるから仕方ないわよ。残念だけど」
 先生が新井さんにいうのを聞いて、ケイが確か英語の特待枠での入学とかと先生が言っていたことを圭太は思い出した。
「待って。提案なんだけどさ」
 圭太はもう一度ケイに話しかけた。
「そのバイトに行くのはやめないか。そのかわり、うちの社長が見つけて連れてこいっていうくらいだから、うちの事務所に入れば多少は給料が出せると思うんだよ。それならだめかな」
 ケイが少しキョトンとして圭太を見ていた。その反応に圭太は最初戸惑ったが、すぐに理由に気がついた。
 ——あっ、日本語を理解できてないのか。
 そこでもう一度、今度はできるだけゆっくりと平易な言葉でケイに説明すると、今度は通じたらしい。ケイは一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに笑顔が消し、戸惑うように、
「私、あなたのことを何も知らないし」
という。そして圭太をじっと見ている。圭太は慌てて、
「いや、俺はプロとしてちゃんと活動しているギタリストだし、うちの事務所もちゃんとしたところだからそれは心配しなくていいよ」
とケイに行ったのだが、後ろから、
「ねえ、うちの事務所は怪しいよ、なんていう人いないでしょ。しかも東京でしょ? 勉強にも差し障りがあります。それは私も反対です。何を校内でスカウト活動をしてるんですか。ダメですよ、学校が許可しませんから」
と先生が全否定してきたのだ。
「待ってください、先生。ええっと」
 圭太は私物バッグから1枚のCDを取り出し、ケースを開けて歌詞カードの冊子を引き出して、パラパラとめくった。取り出したのは、今売り出し中のフレンズという二人組のアイドルのCDだ。
「これ、ここを見てください。これが自分です」
 そう言って圭太は歌詞カードの開いたページの一箇所を指さした。西川先生が見ると、そこにはギターのところに英語で「早瀬圭太」と書かれていて、
「これ、これが俺です。レコーディングの時だけですけど」
と必死にアピールしたのだが、先生はどうも信じていないのだろう。
「で、これがあなただという証拠は?」
と努めて冷静に返された。だが、周りにいた生徒たちは、今ホットなアイドルグループでギターを弾いていた人が目の前にいることに驚いた様子で騒ついていたのだった。
 免許証の名前と写真でそれが圭太であることはようやく理解してもらったのだが、そこからが先生は頑固だった。
「とにかく、大事な留学生に万が一のことがあると、今後の学校運営にも関わることです。たとえ高橋さんがいいと言っても、学校としては簡単に許可は出せません。お引き取りください」
という冷たい返事しか貰えずに圭太は肩を落として学校を後にした。
 ケイは何も言わずに先生のそばに立っており、彼女が芸能界に興味があるのかどうかさえも彼女の意思が読めなかったのが圭太は心残りだった。
 帰る道すがら、社長に彼女が見つかったことなどを報告だけしておいたが、あからさまに社長はがっかりとしたようだった。



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