第3話 全人類のために(テーマ「うそ」2022年3月)

文字数 1,800文字

 いつかバレる日が来るだろう。その覚悟は、あるつもりだ。それは、今日かもしれない。その覚悟は、できていない気がする。

 常に怯えながら、僕は今日も、宇宙望遠鏡からの画像をネットに流す。これが僕の日課である。

 僕は宇宙に関しての研究機関、ナクサに勤めている研究者だ。いや、研究者は名前だけだ。やっていることは、画像加工とストーリーの創作なのだから。そう、映画製作者みたいだな、と思うことはしょっちゅうだ。映画として公開して称賛を浴びる方が余程やりがいがあり、気持ちよく働けるだろうな、と考えてしまう。やりがいは物凄くあるし、自分の仕事が世界の役に立っていることは間違いない。でも、これは真実ではない。

 もう十年も前のことだ。内密に、と上司に呼ばれた。特別昇進の打診だった。肩書は惑星研究係の係長。しかし待遇は部長級に処すとのことだった。僕の年齢で部長というのは、いくら実力主義のナクサでも前例がない。だから見かけは係長なのだという。そして研究係長の実務は画像処理と宣伝だ。これまでヒラではあったが、ずっと研究職で頑張ろうと決心していたので、この打診は衝撃的だった。研究者失格の烙印を押されたような気がした。が、具体的には秘密だが、とても重要なミッションであるとしつこく伝えられ、納得した。

 同じ重責を担う仲間が、世界各国にいるらしい。研究機関だけでなく、マスコミや官僚、金融機関、そして情報通信企業などにも散らばっている。どうやら世界的にかなり力のある人物が動いているようだ。それが何者なのか、上司もはっきりとは知らないらしい。週一回やってくる指令に従い、職務をこなす。指示内容は細か過ぎないため、創意工夫する余地が多いのが良い。それでも全体はうまく回っているようだ。

 数年が過ぎ、妙な噂が世界を駆け巡った。最初は皆、冗談だと思っていた。徐々に、そういうこともあるかもね、という雰囲気が作られていく。フェイクだ、フィクションだ、と騒ぐ声ももちろん聞こえるが、名のある人物や企業がその噂を真に受け、さらに情報を流していく。するとどうだ、噂が真実になり、人々はもはや疑いを持たない。

 ある日、世界中から戦争が消え、武器は隠された。やがて個人間での争いが減り、ごく一部の例を除き、殺人事件もなくなった。国連が、「世界中で故意の殺人が皆無だった日」を発表したのは、ちょうど三年前だ。

 昔、テレビや新聞ではこの地球のどこかで行われている殺し合いを報じていた。そんな記事は見たくない。と多くの人が思う。ところが逆に、これらはもっとも視聴者、読者を獲得できるジャンルの一つであった。見たくない、と言いながら見てしまう。戦争に限らず、身近におこる理不尽な殺人事件も、もちろんそうだった。戦争終結に遅れる事約一年。ここ日本でも殺人事件が無くなったのはそれから半年ほど過ぎた夏の日だった。そして時々途切れながらも、今日のこの日まで百五十日連続でその記録は更新されている。日々のニュース番組は、「今日で何日連続、殺人事件がゼロでした」で始まるのが当たり前になった。

 そして僕も今は強く自覚する。自分はこの計画に深く関わっている。でも、だからこそ怖い。バレてしまった時の反動が。騙されていたことに気付いた世界中の民が、僕たちに恨みをぶつけるのではないだろうか。いや、そこまでならまだいい。結局抑制のなくなった地球の民は、また元に戻りお互いを殺し合うだろう。今まで抑えていたものが爆発するとしたら、三年前よりも悲惨な状態になってしまうのではないだろうか。だとすればこの十数年綿密に、慎重に計画され、ここ三年で見事に成果を出した努力は、むしろ余計なものだったのではないだろうか。そう思うと虚しさがつのる。

 でもだからこそ、何としてもこの嘘はつき通す必要がある。僕はメールに画像を添付し、送信ボタンをクリックした。暗号技術も常に世界最新のものに更新されているから安心していい。しかし、である。あと何年騙し続けられるのか。これは僕たちが秘密裏に一生をかけている大仕事なのである。

 やがて画面に新着メッセージが表示された。今日の画像も無事拡散されたらしい。ほっと胸をなでおろし、メッセージをクリックする。見慣れた、しかし強烈な文言が飛び込んでくる。

「宇宙人からの侵略に、引き続き備え、協力せよ。全人類の敵は、そこまでやってきている」

【了】
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