文字数 2,204文字

「堀田さん、3番テーブルのオーダーお願いしていい?」

「オッケー」

堀田さんは笑顔を見せて、きれいなストレートヘアをさらりと揺らしながら踵をかえした。
夜七時をまわった店内は、学生や若い会社員の客でにぎわっている。

下げてきた食器を洗い場に積み上げ、戻って店内を見回すと、入り口に新規の客が来ている。トレーナーにジーンズというラフな服装でも見栄えのするその立ち姿は、なんと秀明だった。

店の外で会うつもりでいたのでとまどったけど、ホールの仲間はそれぞれ応対中で、自分が行くしかないようだった。
秀明はおれに目をとめて一瞬はっとしたような顔をしたあとにっと笑った。

「似合うじゃん、制服」

「どうしたの? まだ時間じゃないよね?」

「大学の図書館で勉強してたんだけど、七時で閉館だったから早く来ちゃった。九時までここで勉強して待っててもいいだろ。ちゃんと注文するから」

「それはもちろん。じゃあ、どうぞ」

空いている席へ案内して厨房へ戻ると、堀田さんが話しかけてきた。

「混んできたね。佐倉くん、病み上がりでつらくない?」

「ああ、もう全然へいき。きのうは急にごめんね。大変だったでしょ?」

「気にしないで。ちゃんとまわせたし、具合わるいときはおたがい様だよ」

秀明が片手をあげて合図した。堀田さんも同時にそれに気づいたようで、先に動いてくれたのでまかせることにした。
ここは大学から近いので知り合いが店に来ることには慣れているけど、秀明は別だ。変な出会い方をしたせいか、急に日常の中に入ってこられると、どう接していいのかまだわからない。

忙しく立ち働く合間に、ちらちらと秀明の様子を盗み見た。注文したパスタをさっさと食べ終わって、コーヒーを片手に真剣な眼差しで参考書に向かっている。にぎやかでくつろいだ雰囲気のなかで、秀明の周りの空気だけ引き締まっているみたいに見えた。

勤務時間がおわり、仲間に声をかけて更衣室へと引き上げる。秀明は一足先に会計をすませて外に出ていた。
裏口を出て星の見えない夜空を見上げ、夜のひんやりした空気を胸に吸い込んだ。
薄暗い駐車場に、Rスターの白い色がぼんやりと浮かび上がっている。秀明が中にいるのを確認し、ドアを開けて助手席に乗り込んだ。

「おつかれ」
秀明が労いの言葉で迎えてくれる。

「うん、ありがとう」

「病院に向かうよ。先生はもう帰ってるけど、受付に預けてくれって言ってた」

「わかった」

窓の外を通り過ぎる街の灯りを見送りながら話題を探していると、秀明がぽつりと言った。

「亮はさ、恋人いないの?」

唐突な質問にぎくりとして、はねつけるように答えた。
「え? いないよ!」

「そうなの? じゃあ好きな子は? バイト先で話してたあの子とか」

「堀田さん? 全然そんなんじゃないよ!」

「仲よさそうだったじゃん」

「まあ、年近いし、シフトかぶることが多いから、一番話すかもしれないけど」

堀田さんはいい子だしかわいいとは思うけど、おれは長いこと、とても誰かと付き合おうなんて考えられるような状態ではなかった。

「とにかく、おれは彼女なんていらないからさ」

「そうなんだ? モテそうなのに」

「べつにモテないし。おまえはどうなんだよ? 彼女いるんだろ?」

いるんだろうな、当然。美人の彼女が。
と思ったけど、秀明の返答は意外なものだった。

「いないよ」

「うそだろ? おまえこそモテそうなのに、なんで?」

「付き合ってみたことはあるけどすぐ別れて、それからずっといない」

「相手はオメガ?」

「いや、ベータの女子だった」

「なんで別れたの?」

「んー、なんか違ったんだよな」

「幻滅したってこと?」

「そういうわけではない。完璧な子だったよ。美人でおしゃれで頭が良くて人当たりがよくてしっかり者で」

自慢としか思えないような話を聞いているうちに腹がたってきて、つい大きい声で言い返す。

「だったらなにが違ったんだよ!」

「なんというか、あまりに完璧で、設計図どおりに人生を組み立ててる、みたいな感じがしてさ。おれのことも好きっていうより、その設計図の一部に組み込まれてるって感じで」

「ふうん。おれにはよくわかんないけど、ちょっと贅沢なんじゃない? 彼女に落ち度はないんだし、美人だったんだろ?」

「そうかもしれないけど、とにかく違ったんだ」

「もったいない」

「そう思うなら、なんで彼女いらないって言ったの?」

「……前はいたんだよ。おれも別れたの」

「なんで?」

ずけずけとよく聞いてくるやつだなと思ったけど、考えてみればおれも同じ質問をしたので、しかたなく答えることにした。

「大学入ってすぐ、サークルの先輩と付き合いはじめたんだけど、彼女にはその前から他に付き合ってた人がいたんだ。それが分かって、別れた」

「おまえ、もしかしてそれでやけになって荒んでたってこと?」

「そうだよ。彼女のこと忘れたかったんだ」

話しながら、どんどんみじめで暗い気持ちに引きずりこまれていった。
しかし秀明は同情を寄せてはくれなかったようだ。

「しょうもな!」

「……ふつう落ち込んでる人間に向かってそんなこと言うか?」

「そうだな、今のは思いやりに欠けるよな。悪かったよ」

そう言いながらも悪いと思っていないことは明白だ。笑いをこらえたような声だったからだ。

「どうせおれはバカだよ」

ふてくされたように言ってはみたものの、なんだか落ち込んでいることが馬鹿らしくなり、愉快な気分がふつふつとわいてきてつい口元がゆるんだ。


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