文字数 1,608文字

それから瀬戸に付き添われて院内にある薬局へ向かった。薬局はエントランスホールを横切って、診察室と反対の棟の一階に位置していた。

「こんにちは、秀くん。今日はお友達がいっしょなの?」

若い男性の薬剤師さんが奥から出てきて応対してくれた。すらりと背が高く、涼しげな目元にさらさらの前髪がかかっている。

「向井さん、こんにちは。今日はこいつの付き添いで来たんですよ」

「どうも……。これ、おねがいします」
かるく頭を下げ、柏木先生に書いてもらった処方箋を手渡す。

「えっと……佐倉亮くん。亮くんはオメガなんだね。この病院に来るのは初めてだよね?」

「はい。オメガっていうのも、今日知ったばかりなんです」

「えっ? そうなんだ……。それなら受け入れるのはなかなか大変だと思うけど、ゆっくりでいいからね。じゃあ、薬が準備できるまで座って待っててくれるかな?」

気遣うような声でそう言って向井さんが部屋の奥に姿を消すと、おれは瀬戸に言った。

「もう一人で大丈夫だから。瀬戸は学校に行かないといけないだろ?」

「いいよ、タクシー乗るとこまで付き合う」

「いいのに。そういえば、大学どこなの?」

「S河大」

「S河大? 勉強できるんだ」

「そうでもないよ」

「そうでもあるだろ。学年は?」

「三年。亮は?」

瀬戸はおれを下の名前で呼んだ。先生たちの呼び方がうつったのかもしれない。

「おれも三年。学部は?」

「法学部だよ」

「もしかして、弁護士目指してたりとか?」

「まあ、一応ね」

「すごいな……」

やっぱりアルファだから頭もいいんだろうか。つくづく不公平だ。

「亮は医学部? お父さんの病院継ぐの?」

「まさか、おれにそんな頭はないよ」

「亮くん、おまたせ」
向井さんがおれの名を呼んだ。

「あ、はい」

「二週間分の抑制剤ね。一日一錠。食事前に飲んでも大丈夫だよ。ヒートはだいたい三十日周期で来るみたいだけど、個人差もあるから、自分の周期がわかってくるまでは毎日飲んだほうがいいよ。副作用はほとんどないから」

「はい」

「薬のことで聞きたいことがあったら、薬局のほうに直接電話してね。袋に直通の番号が書いてあるから」

「はい。ありがとうございました」

薬を受け取ってエントランスに向かい、受付で手続きを済ませてタクシーを呼んでもらった。
驚いたことに、診察代も薬代も請求されなかった。

「ただなんだ? すごいな」

「だよな。ほんとに手厚く保護してもらってるんだから、おまえもあんまり落ち込むなよ」

瀬戸は悪びれもせずそう言った。生まれながらのアルファである瀬戸と、オメガに変えられたおれとでは、天と地ほどの違いがあるというのに。
瀬戸の言葉は小さな棘のようにちくりと心に刺さり、無視できない不愉快な感情がわいてきて、気づいたら冷たい口調で嫌味を返していた。

「偉いんだな。さすがはアルファ様だ」

「なんだよ、その言い方」
瀬戸もむっとしたように言い返す。

「べつに」

ちょうどそのとき、外の車寄せに黄色いミニバンが近づいてきて停まるのが目に入った。

「タクシー来たから行くよ」

これ以上話をしたくなかったので、瀬戸の方を見もせずに歩き出した。
そのおれの背中に、瀬戸が声をかける。

「明日の朝、家まで迎えに行くから」

「うん」

ふりかえってそれだけ答えたとき、てっきり怒っているだろうと思っていた瀬戸が、意外にも悲しそうな顔をしていたのが目に入り、罪悪感に胸がつまった。


家に帰る道すがら、窓の外をぼんやりと見ながら、頭の中は瀬戸のことでいっぱいだった。
授業を休んでまで、見ず知らずのおれを病院に連れていってくれた。
面倒なはずの送り迎えを買って出てくれた。
あいつはたぶんいいやつなんだろう。さっきのあれだって、べつに悪気があったわけじゃなくて、きっとおれを励まそうと思って言っただけなんだろう。それなのに、あんな嫌な言い方をしてしまった。
そういえば、お礼も言い忘れていた。

明日会ったら、ちゃんと謝って、感謝を伝えなくてはいけない。


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