第12話 水上都市 リントブルム

文字数 3,478文字

「お兄ちゃん、元気にやってるかな」
「大丈夫だろう。その名を立派に受け継いでいってるさ」
 アウラたちはエレイン王国の跡地に黙祷をささげ、また歩き出した。自分の過去を償うために、そして死ぬために。
「ねえねえ死の国シェオールってどんなところなの?」
 ユラが興味津々で聞いてくる。ユラにとっては自分の行く末の道しるべになる可能性が高い場所。
 気になって仕方がないのだろう。
 だからこそ申し訳なさをアウラは感じていた。
「死の国シェオールは……」
「あ!付いたわよ!英雄が生まれし土地、リントブルム」
 正面に立つロザリアの声を追うようにアウラとユラが顔を向ける。
 森を抜けた草原の先に水上都市が広がっていた。
 大きく囲む城壁は白く輝き、空色の屋根が太陽の光を照らす。
 貿易の中枢、現在人界最大の都市。リントブルム。
「あ。ごめんなさい。ユラはなんて言ってたの?」
 ロザリアの問いかけにアウラが答える。
「死の国シェオールがどんな場所なのかって聞かれたんだ……」
 アウラの気持ちを理解してか、ユラが顔を近づける。
「答えずらかったら答えなくてもいいんだよ」
 ユラの優しい笑みに救われる。
 はずだったのだが、ユラの顔からロザリアの顔が飛び出し、アウラの襟元を鷲掴む。
「って、そこはどんな国なのよ。ってかどこにあんの!」
「……忘れた」
 アウラに苦笑いを浮かべるユラ。
「まぁまぁ、ロザリアちゃん」
 ユラの声が届く事もなくロザリアの追及は止まらない。
「アンタ、最後に死の国シェオールに行ったのいつなのよ」
 ロザリアの怒りのこもった声にアウラは小さく答える。
「多分、200年くらい前」
「はぁああ!?アンタどんだけ前なのよ!償うきあんの!?」
 ロザリアに怒られるアウラ。
 助けを求めるようにユラを見るが、ユラはもう二人に興味はないようだ。隣で目を輝かせながら町に飛んでいく。
「建物の雰囲気も違うね~。じゃ―私はみてまわってくるねー!!」
 そう言ってきえていった。
「ちょっと!ユラに助けてもらおうとか思ってんじゃないでしょーね!」
「いや、俺もさっきまでそう思ってたんだが。このやり取りに興味がないようで、もうリントブルムに向かって飛んでった」
「案外薄情ね」
「まったく同感だ」
「あ、ちょうどいいわ。アウラ、お金をよこしなさい!」
「……恐喝?」
「それじゃあ、情報収集にお風呂行くからお金頂戴」
「それじゃあって」
「アンタと違ってレディーなの!どうせアンタに使い道なんてないでしょ!私が使ってあげるのよ」
 あまりお金の使い道がないアウラは仕方なくお金を渡す。
 慣れない旅路で苦労もしているだろう。
「ありがとー。じゃ―宿にあとで」
 アウラの手に取ったお金をぱっと奪い取ったロザリアは捨て台詞を吐き、満面の笑みでそそくさとどこかへ行ってしまった。
「まぁ、俺相手だし」
 あの笑顔を見たら責める気にもなれない。アウラも最後に町に向かう。 
「あれ、宿の場所決め手なくね」

 冒険者が集うという酒場で情報収集をしていたアウラのもとにユラが訪れる。
「あー、いたいた」
 そう言って寄ってくるユラにアウラは問いかける。
「ああ。よくわかったな」
「なんかね。わかるんだよね~、感覚を研ぎ澄ませると引っ張られてる感じするの。ってそれをおうとアウラのところに来れるんだよ」
「そうなのか。不思議なもんだな」
「まぁ、存在事態ふしぎだし?」
 人差し指を口にあて首を傾けるかわいらしいユラの姿にアウラの頬が緩む。
「そうだな。お揃いだ」
 彼女のそんな姿にアウラは思わず笑ってしまった。
 何故かユラの前では自然体で入れた。今はその事実をただかみしめた。
 いつの間にか周りにいた人々が消え、奇怪な目で見つめていることにアウラが気づくことはなかった。

 酒場を出て情報交換を簡単に済ませる。
 ユラは相手に触れることで感覚を共有できるようで、それで得た香水の香りとおいしいお店の情報だった。
 アウラに触れても感覚は何も感じないようだ。それもそうだ。アウラが感覚を感じていないのだから、アウラから感覚を共有しても何も感じない。
 アウラは一つだけ興味深い話を見つけた。それはこの国から北の少し外れの島に、死人が現れるユシカ島と呼ばれる人が寄り付かない島があるらしい。
「なんかどこかで聞いたことあるような話だよね~」
「いや、お前だよ」
 深く考え込むユラに言葉を返しつつ、アウラはロザリアを探す。
「待ち合わせ場所決めてないのに見つかる?」
「俺もいそいで決めないとと思ったんだけど。ロザリアはあの性格だから騒ぎでも起こして簡単にみつ」
「きゃーー」「にげろ!」「魔族が現れたわ」「人に扮していたの」
 住民たちの叫び声をあげながら迫ってくる。
 嫌な予感がしたアウラは騒動の方へ走り出した。
「警衛軍はまだなのか」「なんでこんなところに」「人のまねごとをしてたわ」「あの鋭い瞳に赤い髪の女のふりをしてるやつだ」
 その声を、人混みをかき分け進むと効き覚えのある怒号が聞こえてくる。
「ふざけないで!金ははらったはずよ!文句を言われる筋合いはないわ!そもそも最初にケンカを売ってきたのはそっちでしょ!」
「私は見たの赤い肌を。それになにか気持ち悪く変形してたわ」
「ええ。私もみました」
 アウラが人混みの中から体を押し出し状況を確認する。ロザリアを取り囲むようにできた人混みがロザリアを罵倒し、物を投げている。
 どうやら風呂屋で何か問題が起きたようだ。
「脱いでみろ。腰にあるんだろ!」「そうだそうだ。人間なんだろ?」「人のまねごとなんかしやがって」
「だから私は人間だって言ってるんでしょ!見せれるわけないでしょ。こんな大勢の前で。どこか分かっていってんの」
「ほら見せれない」「警衛軍はまだなのか」「はやくころせ」「追い出してよ、こんなばけもの」
 ああ。つくづく思う。人間は優しいが魔族よりも醜いと。
 横にいるユラに小さく声をかけた。
「ユラ、一応目を閉じてて」
「うん」
 アウラは人混みをかき分けながらロザリアの前に出た。
「……アンタ」
 か細い声で言う。ロザリアは口を緩ませ、目をにじませていた。必死に耐えて、堪えていた。物凄い力で剣を握り堪えている。いつ爆発してもおかしくはなかった。
 あのロザリアがここまで耐えているのだ。相当しんどかっただろう。
「ロザリア。目を閉じて」
 ロザリアはアウラを信頼して直ぐに目を閉じる。
 その間も罵声が消えることはない。投げつけられる物からロザリアを守るように抱き寄せた。よく見れば、新しくなったロザリアの服が汚れている。新着したのだろう。しかし、すでに投げられた食べ物か何かで汚れていた。
 アウラは右手のひらを空に掲げる。
「ラート」
 皆がアウラに注目すると同時にアウラの右手が白く輝いた。
 町全体を照らす光に皆の視界を奪い取る。 
「ごめん」
 ロザリアの耳でそう囁き、彼女を抱きかかえ飛び出した。
「うそ。浮いてる」
「秘密だぞ」
 魔族でも羽をもっている種族以外で空を飛べるものはいない。
 魔界で暮らした経験があったロザリアだからこその驚きなのかもしれない。
「言ったって誰も信じないし」
「ロメオがいるだろ」
「それは……そうね」
 小さな声で認めるロザリア。珍しく素直な彼女にアウラも正直に答える。
「似合ってるよその服」
「ありがとう……もうこんなに汚れてるけどね」
 ロザリアの寂しい声にアウラは我慢できなかった。
「ちょっと体を離すよ。右手を握ってたらロザリアも飛べるから。こんな感じに」
 アウラがロザリアの体を開放し、お互いに手を握りながらゆっくりと更に上昇していく。
「ほんとだ。変な感覚ね」
「目に入ったら痛いだろうから一瞬目をつぶって。いくよ」
 全身に伝わる冷気を一瞬感じる。同時に目を開けると、服の汚れがきれいさっぱり弾け飛んでいた。
「便利な魔法ね」
「無駄に長生きしてるからな」
 ロザリアの服の汚れを落とした細かい水滴が夕日を乱反射させる。
 海平線に沈む綺麗な夕日がアウラとロザリアの周りに綺麗な虹を作り出す。
「……きれい」
 ロザリアの頬から涙が流れていた。
 少ししてから気づいたのか、空いてる手で眼をこするがその涙はもう止まらない。
 必死に歯を食いしばり堪えようとするロザリア。
 アウラはロザリアの手を握り直す。
「堪えなくていいんだ。立派だったよ、よく頑張ったな」
 アウラはロザリアの頭を優しく撫でた。
 唇を嚙むのをやめ、声を上げて泣き出したロザリアはアウラの胸に顔を押し付ける。
 あの強きな姿はもうない。小さな子供のように、声を荒げて泣いていた。
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