第6話 最古の騎士王レペンス

文字数 3,943文字

 英雄試練当日。
 闘技場。
 決勝戦。
 ロザリアの相手はエルギンという戦士。
「順調だね」
「ああ」
 アウラの隣に浮いているユラの言葉に短く答える。
「ってか、わざわざ重なる必要ないだろ」
 隣に座る観客の男と体が一体化しているユラ。男の胸から顔を出しているユラに突っ込みを言わざる終えない。
「えー。私からしたら空気と同じだもん。わざわざそんなこと考えないよ。ってかほら、あれが騎士王ロメオよね」
 ユラが指さす先にいる青いマントを羽織り鎧を身にまとった騎士。
「ああ。そうだろうな」
「やだ、糞イケメン」
「確かに。俺でもちょっとドキッてするなアレ」
 その言葉に驚いたユラは口元を両手で覆いながらアウラとロメオを交互に見つめ顔を赤くしながら感嘆の声を漏らす。
「ほ、ほほほぉ~」
「おい、腐の匂いがするぞ」
 我に返ったユラはこほんっと咳払いする。気が付けばアウラの隣にいた男性はいなくなっていた。
 やばい奴だと思われたのかアウラの周りには人一人分ぐらいの余白が生まれる。
「ほらー。人いなくなった、私普通にすわってるよ?」
「俺を人払いに使うなよ」
「そんなことよりもさ!わかるんでしょ?ロメオ様の強さってどれくらいなの?」
 ユラのペースに乗せられてる気はするが突っ込むのをやめ、アウラは質問に応える。
「様って……。まぁ、いいや。あれはー……バケモンだな」
「え。アウラが認めるってことは相当じゃん!やば!糞イケメンな上にバカ強いなんて」
「確かにな」
 ユラの言葉だが、あのロメオという男を見れば素直に認めざる終えない。
 そんなアウラの隣でまた変な感嘆の声が聞こえる。
「ほ、ほほほぉ~」
「おい、やめろ」
 すると大きな開戦の音と同時に闘技場が熱狂する。
 二人は同時に戦いへと目を向けた。
 ロザリアとロメオの戦いが始まるとすぐアウラは席を立った。
「どーしたの?」
「目的は終わったからな。この町を出る」
 戸惑うユラがアウラを呼び止める。
「え?最後だよ。みなくていいの?」
「ああ。ロザリアなら勝てる。それがわかったから、約束も果たしたし。もうここにいる必要性はないだろう」
 アウラは背を向け闘技場を後にする。
「えー。私はロザリアの活躍みたいよー。あともう少しロメオ様見てたいなぁ~」
「お前本音そっちだろ」

 闘技場。
 王席室。
 ロザリアの戦闘を見ていたロメオは心の声を漏らす。
「ロザリア。アウラという男に修行をつけてもらったのか。しかし、その程度の実力じゃ、僕にはもちろんエルギンにすら厳しいんじゃないか」
 ロメオの隣にいるジョバンナが耳打ちで報告をする。
「あの男、アウラも会場に来ているようです」
「そうか……ってあれかな」
 ロメオが目を向ける先、満杯の観客席で唯一一人の男を中心に人気が散っていた。
「は、はい」
 
 アウラは壁越しから聞こえる歓声を背に寂しく廊下を歩く。
 試合が始まった今、皆が観戦し廊下にいるものは誰もいなかった。このだだっ広い廊下を歩くのはアウラだけ。
 独り寂しく足音がこだまする。
 しかし、アウラにはもう孤独も寂しさもなかった。隣を並行して歩くユラがいる。
 出会いと別れを繰り返す人生を送ってきた。
 でも、もうアウラに寂しさはない。ユラだけが一緒にいる。 
 隣を浮遊するユラを横目にアウラはこの別れに自然と笑顔をこぼした。 
「ちょっと待ってくれ!」
 そんな誰かを呼び止める声にアウラは足を止める。
 聞き覚えのない声だが、ここを歩いているのはアウラだけ。
 アウラが振り返るとユラが言う。
「あらやだイケメン」
 そこにはロメオがいた。
「何ですか?騎士王」
 アウラはロメオに問いかける。
「この国には書庫に大切にしまわれている一つの書物があります。古の書、その名を『マタダムの目録』。そこに記載されたこの国の英雄。その方が英雄試練の始まりを作ったとされています。最古の騎士王レペンス、これは貴方の事ではありませんか」
 馬鹿げている内容だがロメオの表情は真剣だった。
「……さぁーな、どうしてそう思うんだ」
 アウラの言葉に急に態度を柔らかくしたロメオは屈託のない笑みを浮かべ恥ずかしそうに答えた。
「直感です」
 裏のないその笑顔はロザリアと重なる。
 だからこそアウラは戸惑った。兄のロメオはもっと心の冷たい非道な人物だと思っていたからだ。
 まさかこれも演技なのだろうか。
 それを確認するようにアウラは問いかける。
「なぜ、ロザリアを人間じゃなくさせた」
 アウラの言葉にロメオの表情が固まる。
 さっきまでの優しい笑顔は消え冷たい目線をアウラに向ける。
「どうしてそう思うんですか」
「ロザリアのあの力はもう人間のものじゃない。ロザリアの体には魔族の、それも魔王の血が流れている。その血の浸食が今も進んでいる。彼女は古の悪魔、破壊神ダリアムの咆哮を感じ取った。あれは同じ血を持つ親族、魔王にしか伝わらない」
「そうですか。やはり貴方が殺したんですか、破壊神ダリアムを」
「話を逸らすな。ロザリアはいずれ完全に人間ではなくなる。家族を、妹を魔族にしてどうしたい。実験か?魔族を使役するつもりか?魔族というものを知っているならそんなことができないことぐらい知っているはずだが」
「……」
 アウラの言葉にロメオは沈黙を保つ。
 その態度にアウラはいらだつことはできない。なぜならアウラに人の行いを責める権利などないからだ。自分が過去行ってきた数々の大罪に比べれば可愛いものだ。
 たかが家族、たかが妹を人間じゃなくすぐらい。本当にかわいいもんだ、自分のいままでの行いと比べれば。
「はははは」
 唐突なアウラの笑い声が回廊に響く。それは悪魔のような笑い声。
 アウラはいつもの落ち着いた態度に戻ってからロメオに別れの挨拶を澄ませる。
「すまない。くだらないことを聞いた。……あ、ロザリアは強くなったぞ。アンタが思っている以上にだ」



 ロザリアの修行につきあった草原。最初は綺麗だったが、今はあちこちにクレーターが出来上がっている。
 そんな思い出の場所で寝っ転がり夕日を見つめるアウラ。
 今日が英雄試練ということもあり王都デネボラの城門はとっくに閉まり出入りが封鎖されているが、中では盛大に賑わっている。
 ぼーっと空を見つめるアウラを心配しユラは声をかける。
「……アウラ」
「いくか。助けれる人は助ける、シェオールを目指す旅に」
 アウラは起き上がりながら言う。
 後ろの王都は英雄試練の後夜祭で王都の外までその熱気が伝わってきている。英雄試練が終わり、後夜祭をみんなが楽しそうに騒ぎ立っているのが見なくてもこの歓声から分かる。
 それとは対照的に思い詰めてるアウラにユラが問いかける。
「もっと早くこの国に来ていれば、破壊神ダリアム殺していればって思ってるんでしょ。そうすればロザリアが人間じゃなくなってしまうこともなかった。普通の女の子としての人生を送れたって」
「……だからって必死に今を生きているロザリアの人生を否定するような事はしないよ」
 その言葉に安心したユラは優しくアウラを抱き寄せ頭を撫でる。アウラが嫌がることはなかった。
 しばらくして離れたユラは優しく声をかける。
「そうだね。行こ、私たちは私たちの道を」
 アウラは歩き出した。
 ユラはその背中を追う。
 ユラはまだまだアウラの事を知らない。アウラの罪を知らない。死ねないという地獄を味合わされている理由を何も知らない。
 だけど、その心の中に眠る確かな優しさを知っている。
 ロザリアを旅に誘わない理由、挨拶をすることなくこの土地を離れる理由。
 そんな理由はなんとなくわかる。アウラの事は、アウラの気持ちだけは、何故かはっきりわかってしまう。あの時、私を殺そうと首を絞めたときと同じだ。
 アウラは思いを口に出さず自分を犠牲にする。ロザリアの夢のために自分の存在は足かせになる。殺せない、勝てない、そんな事実が叶わない夢を背負わせる、まっすぐなロザリアの感情がアウラの存在よって傷ついてしまう。それだけじゃない。私の事も思っている。ロザリアと一緒に旅にでれば嫌でも私が孤独を感じる事を理解してる。触れない、気付かれない、聞こえない。会話が出来ない疎外感、存在を証明出来ないことへの虚無感。
 けどね、アウラ。あの子なら大丈夫だよ。ロザリアはアウラが思ってるほど、大人でもないけど子供でもない。あの子は、私がいる事をまったく疑ってない。アウラの言葉を本当に何一つ疑ってない。私を感じとろうと魔力を練って気配を感じ取ろうとしてみたり、馬鹿みたいに眉をひそめて周りを見渡したりするの。そして、しばらくして私を見れなかった事を悔しそうにしてるの。
 それに、大切な事を忘れてるよ。
 いつも振り回されてるアウラならよく分かってるでしょ。
 あの子は傲慢で横暴でわがまま。それに嫌になるほど極端に真っ直ぐ。
 アウラがなんと言おうとロザリアは真っ直ぐ貴方にぶつかってくる。
 
 アウラの後方から爆発に近い衝撃が聞こえる。思わず足を止め振り返る。王都デネボラの巨大な鉄の城門が大きくきしむ音を立てながら前方に倒れていく。
 地面に倒れると同時に巻き上がる砂煙。その中から聞き覚えのある、あの耳を突く怒鳴り声が聞こえてくる。
「アウラ‼!!私から逃げられるとでも思ってるわけ!」
 砂煙から一直線に飛び出してきた赤髪の美少女。左右に束ねられたツインテールの赤髪を風にたなびかせながら飛んでくる。
 躊躇なく腰から引き抜かれた双剣を全力でアウラの首に双剣を押し付けてくる彼女。
 傲慢で横暴に、アウラのおでこに自分のおでこを押し当て、ロザリアはあの悪魔のような悪い笑みを浮かべる。
「最後まで付き合ってもらうって言ったわよね。絶っ対に逃がさないから」
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