第16話 ニルタリアス

文字数 3,123文字

 ユラが二人の元に戻ると何やらもめているようだった。
 またロザリアのわがままだろうか。
 イシアルの家に向かって歩き出すロザリアをアウラが静止していた。
「待て待て待て。どこに行く」
「どこって、イシアルの部屋よ。要するに引きこもりを引きずりだせばいいでしょ」
「そのとおりなんだが、その通りじゃない」
 日本に住んでいた時、家に引きこもり人生を終えた。何年たっても、その記憶ははっきりとアウラの中に残っている。
 だからこそ、そう簡単に行動に移すことはできなかった。
 その苦しみと、怖さをアウラは何よりも知っているからだ。
「何よ!さっさと終わらせるわよ!時間を空けて何の意味があるのよ!」
「意味はある。物理的にできない、心の傷はそんな簡単なものじゃないんだ。もう少し待ってくれ」
「もう少しってどれだけよ!アンタの時間は無限でも私の時間は有限なのよ!私だって苦しんだ!けど進まないと始まらないでしょ!止まったら終わりよ」
「誰もがロザリアみたいに強くないんだ」
「何それ。私が強い?私だって弱かったわよ!強くなったの。必死に。ここまで!それでも止まれない。止まっちゃいけないの!嫌われたっていい。強引だっていい。あの部屋から出さないと何も変わらないでしょ!カルクおじさんにもアンタにもできないって言うなら私が引きずり出すわ!」
 ユラは咄嗟に声を漏らすが、その声が届くことはない。
「ロザリア……」
 ユラにロザリアを止められない。だからと言って、アウラになんて言ってあげればいいか、ユラにはわからなかった。ただ、エレイン王国で見たあの瞳の奥に映る苦しそうな顔に胸が締め付けられる。
 歯を食いしばっているアウラ。
 初めてみる姿のはずなのにどこか見覚えがある姿。
 アウラの行動を止めようと自然と名前を呼んでいた。
「アウラ!」
「分かってる!」
 アウラの始めて見せた感情的な怒鳴り声にロザリアは口を閉じる。
 初めてみたアウラの姿に驚いた、ロザリアの目が潤む。
「わかってるんだ……だが、それじゃダメなんだ」
「何がよ!好きにすれば!」
 ロザリアは震える声を隠す様に大声で怒鳴りその場から駆け出した。
 ユラはアウラになんて声をかけようか悩んでいると地面に倒れ込む。
 そして握りこぶしを作り地面にたたきつけた
「くそ!!!わかってるんだ!わかってるんだよ!!!」
 なぜか見覚えのあるアウラの姿を見て、ユラは優しく頭を撫でながら言う。
「あの子はまだ子供だから。アウラは間違ってないよ。その苦しみや悔しさは彼女の気持ちがわかるからでしょ。だから、自分を責めないで。正解なんてないの。それをイシアルにアウラの言葉で伝えてあげて。彼女は確かに一度心を開こうとした。だから大丈夫だよ」
 しばらくして落ち着いたアウラが立ち上がりユラにお礼を言った。
「大丈夫だよ~」
 ユラはいつもの様に満面の笑みで答えるとホメロンとの会話を伝えた。
 話を聞いたアウラは悩んだ末にロザリアの意見を尊重し、アウラはもう一度イシアルの家に向かう事を決めた。
 そしてユラは何ができるかわからないがロザリアを追いかける事にした。

 ロザリアは目的地もなく走った。
 優しいアウラに初めて責められた事がショックだった。
 アウラの為だと思っての事だったのに、怒られたことが悔しかった。
 否定されたような気がした。
 しばらく走ってから立ち止まったロザリアはしゃがみ込む。ポケットにしまっていたイヤリングを取り出した。
 リントブルムで買ったアウラとお揃いのイヤリング。お礼の気持ちでプレゼントしようと思っていたがなかなかタイミングが作れず、未だに渡せずに持っていた。
「余計に渡せないじゃん」
 そんなロザリアの後ろにローブの魔物が現れる。魔物から放たれる魔法を軽やかに飛び上がり回避する。
 引き抜かれた双剣でトドメは一瞬だった。
 しかし、それにつられるように魔族が現れる。
「なによ!アンタたちが私の相手になるとでも!」
 ストレスをぶつけるように、怒りをぶつけるように魔物を次々に屠っていく。
 少し開けたところに出たと同時に正面から嫌な魔力を感じた。
 同時に地面から溢れ出す巨大な魔族。
「なんだお前、人間か?ただうまそうな魂を持っているな」
 雲の様に体の薄い魔族はまるで魔力だけでまとまりを得てるようだ。
「まだ半分は人間よ。死になさい!」
 飛び出したロザリアの斬撃は一瞬で魔族を捉える。
 しかし、体をすり抜けるだけで攻撃が通らない。
「ぎゃっはっはっは!相性が悪かったな!物理攻撃など我には一切きかんのだ!貴様の攻撃は魔王ヘルト様に認めてもらった、この第四魔族のニルタリアスには無意味だ」
 アウラみたいな奴にあたった。
 こんなことなら少しぐらいは魔法を覚えておくべきだったと一瞬思ったが、やっぱり性に合わないと否定する。
「私の攻撃を食らわない?それはアンタも一緒じゃない?」
「あ?いきがりやがって!」
 ニルタリアスの体から何本も腕が伸びロザリアを襲う。しかし、その攻撃がロザリアに当たる事はなかった。
「アンタ、遅すぎるのよ!」
「これが限界ではないわ!」
 魔族が咆哮を上げると同時に周囲の森から下級の魔物が襲ってくる。更にニルタリアスの腕が増え、ロザリアから遠い手は魔法を放ってきた。
「アンタ私をなめすぎ」
 さらに加速するロザリア。同時に破壊力も跳ね上がる。 
 魔物を蹴散らしていくロザリアの目の前に両親が姿を現した。
 同時にニルタリアスが笑みをこぼす。
「両親は死んだ。アンタ私にケンカ売ってんの?」
 ロザリアの本気の睨みにニルタリアスの動きが一瞬止まる。
 ニルタリアスは戸惑った。
 この自分が本能で怯えたことに。
 本能で怯えた経験は二回だけ。先代魔王と勇者レペンスだけだった。だからこそ、目の前の赤髪の少女の確かな殺意に怯える意味が分からなかった。
 勘違いだ。
 そう思い込んだと同時に周囲の魔物が一瞬で飛散した。だが、やはりロザリアの斬撃は一切食らわない。馬鹿げた身体能力だが物理攻撃しかないロザリアにニルタリアスが負けることはない。
「その力は気に入った!われの眷属にしてやろう」
 ニルタリアスの体が膨れ上がると、魔族や魔物、人間の形をした化け物が体から零れ落ち生まれだす。
 今まで取り込んだ死んでいった者の魂なのだろうか。しかし、ニルタリアスに取り込まれるような者でロザリアの相手になるものはいない。
 ロザリアは迫りくるニルタリアスの無数の腕をかわしながら生まれ落ちた化け物を全て瞬殺する。
 しかし、ニルタリアスは何故か嗤っていた。
「ロザリア」
 唐突に後ろから呼ばれた声に反応してしまう。その声を忘れるはずがない、それはロザリアにとってたった一人の家族なのだから。
 予想もしていなかった声の主に、ロザリアは呆けた声を出してしまう。
「は?」
 ここは霊域。死の国シェオールだ。アンデットや魔族に限らず死人が出て人の心を惑わすことは知っている。だからロザリアは両親が出てくることも容易に想像できた。
 だからこそ、ロメオがなぜ目の前に現れるのか理解ができない。生きているはずの彼の体は光輝き、実体はなかった。
「なんで」
 同時にロザリアの体が地面にたたきつけられる。
「やはりいいなー!この魔法は。一瞬の駆け引きが命取りとなるのに簡単に呆けてくれる」
 ロザリアはその怪力で抜け出そうとするがうまくいかない。
「お前みたいなゴリラを止めるのには魔法が一番だ。脳みそまで筋肉でできていて魔法というものを何も理解できていないからな」
 ロザリアを押さえつける腕にきざまれた魔法陣が彼女の動きを抑制する。
「これはいい収穫ができた。魔王ヘルト様もお喜びになるだろう」
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