第11話 ジョバンナのお役目 

文字数 2,750文字

 王都デネボラ
 ロザリアが出ていったあの日からヘスティ様がたくさんの騎士を地下室に連れていくようになった。
 そのことにロメオは嫌な予感を感じる。
 なぜなら、城の地下室はヘスティの実験室でもあり、ロザリアを魔族に変える赤黒い性液を作っていた場所。
 城の地下室に呼ばれたもので帰ってきたものはいないといいう。
 ついに英雄試練でロザリアの相手をしてくれたエルギンも呼ばれ、その日以来姿を消した。
 ロメオはジョバンナを呼び出し、ヘスティ様が地下室で何をしているか探るようにお願いをした。
 そして、その日の夜からジョバンナも姿を消した。
 ロメオは数年ぶりに城の地下室へと向かった。
 女王陛下の許しを得ずに入ることは昔から禁じられている。今まで一度も破ったことがなかったロメオだが、現状そうもいかない。
 もうロザリアへの心配もない。
 古い大きな木の扉。その先がヘスティの研究室。
 聞き耳を立てるも魔力探知にも一切の反応を示さない。
 ゆっくりと力を入れると、気がきしむ音が地下室に響いた。
 中にはいりさらに奥に進むと、鼻を突くような甘ったるいにおいが鼻を衝く。魔物特有のにおいだ。
 そして、目の前の光景に絶句した。水槽の中に入れられた裸の騎士たちのお腹に魔物が寄生している。
 寄生獣にお腹は抉られ、牙の隙間から内臓が見えていた。
「勝手に入ってはいけない」
 後ろから冷たい声が囁かれる。
 一切気づかなかったロメオは剣を引き抜き距離を置く。
 目の前にいるゆるくふわっとしたピンクの部屋着のようなものを身に着ける少女。ぱっと見はただのかわいらしい女の子だが、この国の女王ヘスティだった。
 普段の女王陛下としてのドレス姿とは違い、初めてみたかわいらしい服装にロメオは戸惑いを隠せない。
 だが、ヘスティの目に映る禍々しい赤い魔眼を見てロメオから迷いが消える。
 外見は白髪の少女だが、そこに女の子らしい可愛さはない。相手を生き物だと思っていないような冷たい目線を向ける。
 それもそのはず、彼女は人間ではなく、その中身は全くの別物。
 人間の少女の皮を生きたまま剥ぎ取り、その皮を被った姿。魔族には倫理観というものは存在しない。だから、こんな非人道的なことを平気でできた。
「あ、この姿には理由がある」
 冷たく何かを言おうとするヘスティにロメオは怒りを押し殺す。この周りの水槽に入れられた騎士たちの思いを今晴らすためにも、感情的になっては終わりだ。
 ロメオは大きく一呼吸おいてから飛び出した。
 ヘスティは驚く様子もなく、体を黒い膜で覆う。
 魔法障壁だ。
 ロメオの魔力のこもった斬撃はいとも簡単に塞がれる。
 同時にもう一枚の魔法障壁を二人を囲むように展開する。
 水槽を破壊されたくはないのだろうか。しかし、ロメオには好都合だった。
 まだ息はあるであろう周りの騎士たちに気遣うことなく本気で戦える。
 ロメオの体にさらに魔力が流れ、速度が跳ね上がる。
「今は練習に付き合あえない」
 ロメオの殺意を一切認識できてない。感情というものをまるで理解していないヘスティの言葉に怒りがこみ上げる。
 この場に及んで、この戦闘をロメオの戦いの練習だと思っているようだ。
 何年も前からずっと戦闘訓練など行っていないのにもかかわらず。
 いたるところにあらわれる黒い斬撃。昔何度も見た技だ。剣を使わず、剣士を愚弄するその魔法。
 今までの鍛錬で無限に現れる黒き斬撃を全てさばききることができた。触れるだけで、黒き炎に焼かれるその斬撃は、対象を消すまで燃やし尽くす。
 一撃でも体をかすめたら負ける。
「いまは……」
 ヘスティの言葉と同時に魔法障壁が崩壊する。頭を押さえ、倒れこむヘスティ。
 今まで一度も見たことのない好機だった。
 この機会を逃せば、ロメオは恐らく一生勝てない。そして、ここで殺される。
 ロザリアの宿願を果たすため、全ての魔力を籠める。
 そして、今までの思いを剣に乗せ飛び出した。
 ——大丈夫。そんな冷たく感情がこもっていない声で頭を撫でてくれたヘスティの事を思い出す。風邪を引いたロメオをヘスティが看病してくれた。妹のロザリアの誕生日プレゼントを選ぶ時に手伝ってくれた。ロザリアの遊び相手をしてくれたヘスティ。
 なぜか、頭に蘇る思い出はそんなものばかりだった。
 果たしてこれも彼女の魔力によるものなのだろうか。
 ゆるむ両手に力を込めなおし、その因縁を断ち切るように最後の咆哮を上げる。
「はぁぁぁああああああああ」 
 ——この一撃で決めろ!
 ロメオの声に共鳴するように剣の輝きが増し、魔力が膨れ上がる。
『お兄ちゃん嫌だよ』
 ロザリアの声が聞こえた気がした。
ロメオの力が緩むと同時にヘスティの前に現れたのはジョバンナだった。
 ただ目の前にいる幼い少女を守るようにジョバンナの剣がロメオの剣を受け止める。
「どうして!」
 ロメオの言葉にジョバンナが答える。
「私の家系は代々ヘスティ様を守るお役目が与えられてきました。これは第一頭首、ルピリア様がかの勇者一行のミラルフ様から託された先祖代々伝わる大切のお役目です」
 ミラルフ。その名前にロメオは言葉を詰まらせる。
 ミラルフとは英雄伝説に記載された勇者一行、三人のうちの一人。
 小さいときにジョバンナから少し聞いた話だった。
「ジョバンナ。君も僕を騙していたのか」
 この覚悟を、この怒りを、どこにもぶつけられない感情を剣に乗せる。
 ロメオに押され肘をつくジョバンナはその思いを受け止めるように口を開く。
「騙していたわけでは……ありません。ロメオ様、ヘスティ様は悪人ではない。ヘスティ様からいただいた物が確かにあるはずです。その胸のうちの怒りがあることは知っています。しかし、その行いを黙って見過ごすわけにはいきません。私はヘスティ様を死んでもお守りいたします」
 膝を付くジョバンナの後ろで、ヘスティが立ち上がる。
 同時に三人を囲うように展開される黒い障壁。
「もう大丈夫」
 感情のない言葉と同時にジョバンナの方に手を置くヘスティ。
「はい。女王陛下」
 ジョバンナが剣を下ろし鞘にしまう。ロメオの斬撃は空中で停止していた。
 ロメオは腰を入れ踏ん張っているがヘスティの黒い小さな刃をはじくことができない。ジョバンナの剣と置き換わるように置かれたヘスティの黒き刃が赤くきらめくと、爆発しロメオを吹き飛ばす。
 空中で障壁に背中を強打したロメオは唾を吐いた。
「ロメオ、魔力制御が甘くなってる」 
 ヘスティの忠告は背中を強打し意識を飛ばしているロメオには届かない。
 同時に無数の黒い斬撃がロメオを襲う。鎧は一瞬にして砕け散り、体中の肉を黒い刃が切り裂いた。
 風船が破裂するように鎧が一瞬で切り裂かれロメオの体中から血が噴き出した。
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