シュウ

文字数 1,822文字

   

 山の稜線でにじんでいた朝日が輪郭をはっきり現し、草原の霞を追い払った。
 前方に少しの建物群と数台の貨物車が並んでいるのが見える。
 街と街の間の休憩所だ。
 燃料や軽食が売られ、端の方には馬の水のみ場もある。

「ひと休みだ」
 御者のテオ叔父は空いた場所に馬車を乗り入れ、馬の前に水バケツを置いた。
 子供たちも馬車を降りる。

「皆、手洗いはあっちの建物な。自動車は止まっていてもぜったいに近付くなよ」
 言うと叔父は、本棟の方へスタスタと歩き出した。

 キオは両方の馬の世話を始め、ルッカは寝ぼけまなこで伸びをしている。

 ネリは叔父を追い掛けた。
「あの、テオ叔父さん、こういう所って休憩料とかお水代がかかるんですよね」

「ん? ああ、そうだな、商売でやっているからな」
「じゃあ、幾らか負担させて下さい」

「いいって、いいって。馬車一台に付き幾らだから、お前たちがいてもいなくても同じだ」
「バス代がいらなくなったし……」

「学習割引であとから返って来るんだろ。こちらが馬車に乗せたせいで余分に金銭を使わせたら、逆に申し訳なくなるぞ」
「でも、それじゃ……」

 後ろからシュウが追い付いて来た。
「あ、やっぱり使用料が掛かるんだ。テオさん、僕たち、社会学習も兼ねているんです。どうか少し負担させて頂けませんか」

「お前ら堅い子供だなぁ」
 叔父は肩を竦めて苦笑いした。
「じゃあ代わりにちょっと頼まれてくれるか」
 小声になって、シュウを近くに呼び寄せた。
「キオと仲良くしてやってくれるか。ほらあいつ、信じられないくらい口下手だろ。このままじゃろくな大人になれん。ネリも良くしてくれるが、やっぱり男友達がいた方がもっと活発になれると思うんだよなあ」

「はい、僕もキオ君と仲良くなりたいと思っていたんです!」
 メガネ男子は優等生らしい元気な返事をした。 
 シュウにしたら渡りに舟。
 叔父に頼まれたというバックボーンがあれば、多少グイグイ行ったって不自然じゃない。
 何としても今日という機会に、キオと仲良くなるのだ。
 彼の父親に紹介して貰い、書庫の出入りを許される程に。

 そうかそうかと嬉しそうな叔父に肩を叩かれ有頂天になっているシュウ。
 後ろでネリが渋い顔になっているのには、まったく気付かない。


 ***


 幼い頃から、自分の家は他と

という自覚があった。
 広くて清潔で何でもある家。
 豊かさは外見や教養に注がれ、それがまた豊かさをもたらすという循環を成り立たせている。物心付くとシュウは、祖先が成したその循環を崩してはならぬという義務感を持った。

 不自由のない暮らしの代償として、他の子みたいな自由がなかった。しょっちゅう一族の行事に引っ張り回され、時として学校を休まされ。
 席順はトップが当たり前、習い事は親が決める。色んな事を諦めた、お泊まり会も冒険も川遊びも。
 しようがない、僕の家は特別だもの。

 でも、これだけは手放さない。
 ――ネリ
 初等の三学年に上がった時、幼馴染みのルッカが連れて来た、びっくりするほど裏表の無い子。
 何の駆け引きも要らず、側にいるだけで陽だまりみたいにポカポカと安心出来る。
 将来の伴侶なんてどうせまた一族に支配されるんだから、それまでの子供時代、ただ好きな子と一緒に過ごしたっていいじゃないか。

(そのネリに知らない部分があるのは嫌だ。意識させぬよう無理なく自然に、僕が一番の隣に収まるんだ)
 自分にはそれが出来ると信じている。



「ね、今の、聞こえた?」

 シュウはハッとした。
 馬車の揺れに心地よくなっていたようだ。

「朝早かったものね、起こしてごめん」
「いや、せっかくの道行き、寝ていたら勿体ない」

 と言う横で、ルッカは荷物を枕に、本格的にグウグウ寝ている。
 そちらは起こさないよう、シュウは小声でネリに聞いた。
「何の話だった?」

「聞いた事のない鳥の声がしたから」
「どんな?」
「ピッコロ、ピッコロ、チュルリリって」
「高い声?」
「うん、リズミカルに笛を吹いてるみたいな」
「キビタキじゃないかな」

「キビタキ……名前だけはよく聞くけれど」

「街の公園なんかでもたまに見るよ、喉が水仙の花みたいな黄色。街では周りが騒がしくて、鳴いていても聞こえないんだと思う。僕らの耳には優先されない音域なんだって。彼ら、仲間に向けて鳴いているんだし」

「そっか、さすがシュウは何でも知っているね」

 当たり前、ネリがたまに鳥の声を気にするので、図鑑を取り寄せて猛勉強した。 



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登場人物紹介

ネリ: ♀ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 香辛料屋の娘。

歴史と書物が大好き。高所恐怖症、運動神経は壊滅的。

先頭に立ちたくないのに、誰も前に出ない時、仕方なく引き受けてしまう貧乏くじタイプ。

シュウ: ♂ 草原の民、クリンゲルの街の中等学生。貴族系富豪の一人息子。

学業優秀、理論派。一族の束縛に反抗心はあるが、家を守る義務感は持っている。

常にリーダーにおさまり、本人もそれが自然だと思っている。

ルッカ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 シュウとは幼児からの親友。

蹴球(サッカー)小僧。大人にも子供にも好かれるコミュ力おばけ。

皆の接着剤的役割、そしてそれを自覚している。

キオ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生。町外れの牧場の子。

地味で無口。学校では空気のような存在。

一見気遣いタイプだが、己の信念はぜったいに曲げない。

チト: ?? 蒼の妖精 修練所の学生 ネリたちと同い年。

長様の執務室で小間遣いのバイト中。長さま大好き。

容姿が可愛い自覚あり。己の利点を最大限に生かして、賢く生きたいと思っている。

セレス・ペトゥル: ♂ 蒼の妖精 当代の蒼の長

長の血筋の家に生まれ、成るべくして蒼の長になった。実は一番面倒臭いヒト。 

ハールート: ♂ 草原の民 クリンゲルの街はずれの牧場主、キオの父親。

過去を洗うと埃と灰汁がバンバン出て来る闇歴史の持ち主。義理堅くはある。

キトロス博士: ♀ 三章『カラコーの遺跡にて』に登場。

考古学者。豪快で大雑把な現実主義者。

マミヤ: ♀ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の助手。この世のすべての基準がキトロス博士。


ツェルト族長: ♂ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の幼馴染。神経質でロマンチストな医者。

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