星の尾根行
文字数 1,659文字
山道を一列になって登る三騎。
大きな馬のキトロス博士、小さいトカゲ馬(?)のネリ、スレンダーな馬のマミヤ。
出発の時は泣きそうだったネリも、それなりに様になって来た。
五つ森を出たのは暗くなってからで、ネリには不安だったが、先頭を行く博士には勝手知った道であろう、惑う事なくズンズン進む。馬は夜目が効くが、博士の見る能力も野生動物並みらしい。
「私が馬選びに手間取ったせいで遅くなってしまって、すみません」
「そんな事はない、元々夜間行動の予定だったんだ。何でも自分のせいにしてクヨクヨするのは良くないぞ、ネリ。たまには図々しく振る舞ってみろ」
「図々しく……ですか」
「取りあえずマミヤに丁寧語をやめてみよう」
「えぇえ、無理ですよぉ」
「私は構わない、ネリ。呼び捨てて貰っていい」
「そんな、言われて急に変われる物じゃないですって」
そんなこんなと話しながら小休止も挟み、夜半と言える時刻。
空気がシンと冷え込み、標高が高くなって来たのが分かる。
不意に、馬の歩様がフワリと軽くなり、周囲の枝から抜けて、ある瞬間ぱぁっと空気が変わった。
「わぁあ!」
一気に広がる星空。
尾根に出たのだ。
突き通す風。
自分の居る場所から地平まで、光の一切無い真っ黒な地上。
彼方に薄墨のようにぼやける山陵。
そして天上にはひたすら星、星、星。空の端から端までの天の川なんて、ネリには勿論初めて。
「わあ、わあ、うわぁあ!」
「語彙が無くなっていますね」
「そこまで感動されるとこちらも嬉しくなる」
怖い気持ちも情けない気持ちも吹き飛んで、ネリはトカゲ馬の背中で思いきりのけぞった。視界すべて星、星、星。
「ね、きれいだよ、きれいだねえ」
自然に手が伸び、博士たちが自分の馬にやっているようにトカゲ馬の首をポンポンと叩いていた。
トカゲ馬は気持ち良さげに喉を鳴らした。
「博士、この先の湧き水のある窪で少し長く休みたいのですが」
珍しくマミヤが進言をした。
「ああいいぞ、馬の荷も下ろして大休止にしよう」
定番の休みポイントがあるらしく、博士は脇道へ入った。
少し下ると水音がし、本当にこんな標高の高い場所に水が湧いている。山って不思議。
「山は生き物のように鼓動している。地中の流れは血管の如く水を押し出し、我々を生かしてくれる」
「大昔から積み上がった絶妙なバランスなんですね」
「そうだ。便利だからと手を加えては、たちまち壊れて二度と戻せなくなってしまう」
博士が馬を降りてカンテラを灯すと、岩を伝う湧水から少し下がった場所に多少の広場が設えられている。本当に足りるだけ最小限、という感じだ。
馬具を緩めて馬に水を飲ませ、ヒトも座布を敷いて身体を伸ばした。
マミヤはビスケットをかじった後しばらく黙っていたが、いきなり立って自分の座布を博士の方へ寄せた。
「ん? 何だ?」
「ちょっとだけ横になってもいいんじゃないですか?」
「私がか?」
「いいから目を閉じて」
「そんな必要……」
しかし一度まぶたを着けると博士はいきなり静かになった。
目を丸くしているネリの前で、マミヤは素早くリュックを枕代わりに突っ込み、博士の大きな上半身を抱えて横向きに寝かせた。
「このヒトいきなり落ちるから」
さっきまで元気に喋っていた口が、本当にスヤスヤと寝息を立てている。
毛布を広げて被せる助手を、ネリはただビックリして眺めた。
「キ、キトロス博士マスターのマミヤさんって、呼んでもいいですか」
「何だそれは」
珍しくクスリと笑って、ネリの座布にくっついて腰掛け、後は博士を起こさないよう小声になった。
「寝落ちする寸前まで自分で気付かないヒトだから」
「起きている時間いっぱい、有効に使っていらっしゃるんですね」
「そういう捉え方もあるが……」
マミヤは呆れた感じで息を吐いた。
「ネリも寝ておいた方がいい。博士が起きたらまた全開で動き出す」
「じゃ、マミヤさんこそ寝て下さい」
「私は……」
フイと、マミヤはカンテラを持って立ち上がった。
「ネリ、散歩をしてみる気分はあるか?」
「え、はい……」
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