7. 透明なインフルエンサー(前編)

文字数 3,157文字

『ねえこんな写真が回ってきたんだけど、やばくない?』
『え、この2人……これまじ?』
『やばすぎ! 保存していいですか?』
『これがほんとなら、大ニュースだよ!』



アイドル出身のクリーン俳優!
それが世間一般の俺のイメージだ。
この地位を手に入れるために、多くの人を踏み台にしてきた。
そのために諦めたことも、捨ててきたことも沢山あった。
そうでないと、手に入れることのできない称号だった。
こんな称号、ありきたりでオリジナリティに欠けると思うだろうか。だが、それを実際に得た時に得られるものは名前以上のものだと思った。
俺の親はエリートでもなんでもないし、むしろ世間一般から見れば貧乏な家庭で育った。子供の頃はいじめられてばかりだった。それを見返してやりたいと、ここまで上り詰めたのだ。
今俺はその称号を手にし、安泰のものにしようとしている。
このドラマが成功すれば俺のイメージは盤石のものとなる。
俺は気合を入れ直してドラマの現場に入ると元気よく挨拶をする。
「おはようございます!」
ディレクターが近寄ってきた。
「あのな、それならそうと言ってくれればよかったのに」
「……はい?」
言われた言葉に、俺は全く心当たりがなく曖昧な返事をする。何のことだか聞き返そうとしたが、ディレクターはもう他の人に話しかけに行ってしまった。
その後も会う人会う人からねぎらいやら羨望やらの声を投げかけられ、首を捻る。ようやくつかまったADに話を聞く。
「何って……付き合ってるんですよね?アイドルのGさんと」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を出した俺に、ADはスマホの画面を見せてれる。
そこには『俳優のFとアイドルG熱愛?!』という見出しのネットニュースが映し出されていた。ホテルらしき建物に入っていく、2人の後ろ姿が写った写真まで載っている。
俺は足元の地面がガラガラと崩れていくような感覚に襲われた。

**

「今日って、まじなのか?」
ワンボックスカーを運転していると助手席の男……Sが俺に話しかけてくる。
「まじって……なんのことだよ」
「ほら。他のバイトの奴と仕事するって話だよ。LとM、だっけ」
「……らしいな」
今、メールで指示を受け、指定の場所……とある貸ビルの会議室に向かっているところだ。
今回は緊急で人手がいるとのことで、いつものシフトとはズレた時間帯での仕事だ。
夜勤が通常業務の俺たちだが、今日は朝日の登りきった明るいうちの集合となる。
この仕事はこういうことがたまにある。
「他の奴と一緒に仕事するなんて、Nも初めてだろ? どんな奴だろうな」
「……Sはバイトの他の人間と会ったことはないのか? 
ほら。バイト先で話を聞いたとか言ってたろ」
この仕事を以前から知っていた、というようなことを前に話していたのを思い出す。
「それは前のアルバイト先でだぜ。
確かにそいつは同じここのバイトだったのかもしれないけど、行方不明になってからその後は知らないしな」
Sの前のバイト先の同僚だった彼が、Sにこの仕事のことを教えてきたという。そして、彼はその後行方不明になり、Sはこの仕事に勧誘された。
「それに、そいつ以外には会ったことねえよ」
「そうか」
車は目的地に到着した。


「お、やっと来たね!」
俺が扉を開くと、中から声がした。
会議室らしきそこには、中央の机と、その周りに4脚の椅子が、2脚ずつ向かい合わせになるように用意されている。
うち2脚に向かい合わせに座っていた彼らは俺たちが扉を開けると、同時にこちらに視線をやった。
細身で背が高く髪の一房を金髪に染めた、軽薄そうな印象の男。
ボブカットで小柄な、無表情の女性。
扉が開いたと同時に、男は俺たちに声をかけたが、次の瞬間口をつぐんだ。
そして少し考えるような間があったあと、男は声をかけてくる。
「あー、えっと。今日一緒に仕事をする人で合ってる?」
「……ああ、初めまして。俺がNでこっちがS。あなたたちがLとMですか」
俺は入り口の扉を閉めると答える。Sは俺が紹介すると彼らに向かって少し会釈しつつ、よろしくっす、とまるでやる気のない若者の典型のような挨拶をする。
俺たちの言葉を聞いて、男の方はほんの一瞬だけ、動揺するような表情を見せた気がした。しかし、次の瞬間にはそれをすっかり引っ込め、笑顔になる。
「やっぱり! よかった。いやぁ、予想してた人と違う人が来たもんでちょっと驚いたんだ。
そう、僕がLで彼女がM。僕のことはロングのLって覚えてくれたらいいから。ほら、背がひょろっと高いでしょ。彼女はね、えーと……ミニマムのMかな。小柄でカワイイからね。てことで、今後ともどうぞよろしく」
彼は立ち上がり、気さくな様子で俺たちに自己紹介をする。
女性は既にこちらを見てはおらず、目の前のノートパソコンをカタカタと操作している。
握手を求めてきた彼……Lに素直に応じる。細く硬い指は、骨に皮だけついたような、人形の指を思わせた。
「君たちはそうだな……君はスマート……よりスモールのSかな。それで君はノーマルのNだね。すごく平凡な感じ」
Lという男はじっくりこちらを眺めたかと思うと頼んでもいないのに俺たちをそのように評する。
「……全く褒められてる気がしないんだが」
つい本音を口にした。
「ああ、ごめんね! 僕ら、テンションが上がってるんだよ。だって他の同業者に会うなんて滅多にないだろ」
「無理矢理私を巻き込まないで、L」
全く気にしない様子のLがにこやかに弁解しているとMと呼ばれた女性がパソコンを操作しつつ口をはさむ。
「えー! Mちゃんだっていつもよりタイプミスの回数が多いじゃないか!」
「なんでわかるのよ……」
「そりゃあ、君と僕との付き合いだからね。……とにかく、今日はよろしく頼むよ」
Lはそう言ってこちらに笑顔で微笑みかけた。
……よく喋る男だ。

「予想してた人と違う……って、言ってましたけど、どういうことです?」
気になったことについて聞いてみる。
「ああ、それは……」
「S」
Lの言葉を遮り、はっきりとそう発したのはMだ。パソコンを操作していた手を止めると、こちらに顔を向ける。
「前は、青い髪の男だった」
青い髪の……?
Sの方を見ると怪訝な顔をしている。
「……それって、髪が長めで、細縁眼鏡がキザったらしいやつか」
「ああ、前のSはそうだったね」
Lが答える。Sは彼らの言う人物に会ったことがあるようだ。俺は驚いてSに聞く。
「知ってるのか」
「前に話したろ、俺がこの仕事を知るきっかけになったやつさ」
それを聞いて俺も理解した。行方不明になったという彼のことらしい。
「でも、今のSは君ってわけだ」
Lは爽やかな笑顔を浮かべて話す。前の“青い髪のS”がいなくなったため、いまのSがその後任に入った……そういうことなのだろうか。
「前のSはどこに行ったんだ?」
「さぁね。この仕事ではよくあることだよ」
俺や、おそらくSも、その点についてもう少し詳しく教えてほしいと思ったところだったが、Mが突然立ち上がったことで質問を飲み込む。
「もうその話はいいんじゃない。今日の仕事には関係ないのだし」
「あ、その通り! ささ、君たちも席について。今日の仕事は急を要するんでね、人手がいるってんで君たちが呼ばれたんだ」
Lは俺たちに空いた席を示す。そこにもそれぞれノートパソコンが置いてあり、インターネットのブラウザが開いている。
「パソコンは自由に使っていいからね」
俺は男が座っていた隣に、Sは女性の隣に、それぞれ向かい合わせになる席に座った。
LとMも席につく。
会議室の中央に置かれた机を4人が挟んで向かい合っている。多少空間を持て余している感じは否めない。
「さて。今回のターゲットだけど」
Lが俺たちの顔を見渡して、口を開いた。
「『噂の出所』を探してもらいたいんだ」
Mの静かなタイプ音が響く。


つづく
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登場人物紹介

⭐︎バイト: S

どちらかというと背は低い方。

ガサツなところがある。

ファミレスハンバーグが好き。

⭐︎バイト: N

どちらかというと背は高い方。

慎重派。

仕事が終わったらすぐに寝たい。

⭐︎バイト: L

背が高く、細身。

髪の一房を金髪に染めている。

常に明るく振る舞う。

⭐︎バイト: M

背は小さめ。ボブカット。

常に冷静で無表情。

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