9と10の序. 顔合わせ

文字数 5,020文字

その日の18時、俺はいつもの通り集合場所に10分前に着く。指定のあった月極駐車場は、ビルの合間の暗がりにひっそりと存在する小さな駐車場だ。
この時間はまだ明るいが、もう少しすれば太陽は地面の下に隠れ、あたりは暗くなるだろう。近くの街灯が点灯するのが見えた。
いつもは駐車場に着いたらすぐに車に乗り込み待機するが、今日はどうやら様子が違っていた。
バイト使用のワンボックスカーは、今日は2台横に並び、手前に2人の人間が立っていた。
その顔は記憶に新しい、Lと Mだ。

長身でひょろりとした笑顔の男性、Lと、小柄で無表情な女性、M。
「あ、また会ったね。Nさん」
俺に気がつき声をかけてきたのはLだった。
「Lさん。お久しぶりです。……いったいどうしたんです?」
「聞いていないかい? 急遽呼び出しを受けてね」
そう言われて俺も携帯を見てみると、ほんのついさっき新着メールがはいっていた。
内容は、今日は4人で集合、というもの。
「急ですね」
「だよねぇ。まあ、こういうのにも慣れちゃったけど」
Lは肩をすくめて見せる。MはLの横で手持ち無沙汰そうに携帯を操作している。
辺りを見回すが、まだSは来ていないようだ。その時、彼がやってきた。

「やあ、ご苦労さま。全員揃っているかな?」
そんな声とともに駐車場の入り口から悠々と現れたのは、細い銀縁の眼鏡をかけた男だった。
長い髪を後ろで一つに結んでおり、顔の横に垂らした2本の髪の先は紺色に近い青色に染められている。頭頂部は黒髪だが、街灯の光に反射すると青くも見える。
青い髪。形容するなら、そうなのだろう。
彼はまさに青い髪の男だった。
ならば彼が……?
「あれ。Sさんじゃないか」
疑問を解消する言葉を発してくれたのはLだ。
そう、彼が今のSにこの仕事を教え、そして行方不明となった、“前のS”なのだ。
「君、生きてたんだね」
「随分な言いようだね。生きてるに決まっているだろう? それに、僕はもうSじゃないよ」
Lの言葉に男は呆れたように返す。
そうだ、今はもう違うSがいるのだ。
青い髪の男は勿体ぶって口を開く。
「僕はね、“Sea”だよ。アルファベットじゃないよ。単語の方さ」
その言葉を噛み締めるように目を閉じて彼は言う。
「シーって……海の?」
「いいだろう? Sがつく、深く広がる青の名前だ」
Lの質問に彼は上機嫌に答える。
「センターではバイトそれぞれにアルファベット一文字のコードが与えられているだろう?
バイトから昇進すると、元のコードから始まる単語を、新たにコードにしてもらえるんだ。
単語は希望を聞いてもらえるんだよ」
「……確かにセンターには、“管理者”と呼ばれる、私たちに指示を出す人間がいることは知ってたけど」
口を挟んだのはMだった。
「バイトから昇進するなんて初めて聞いたわ」
バイトから管理側に回るということはありそうな話ではある。しかし昇進というのが引っかかる。
「僕も初めて聞いたよ。Sさん……じゃなくてSeaさんは、なにか昇進するだけのことをしたとか?」
「ああ、僕はある人を見つけたんでね」
彼は満足気な笑みを浮かべてそう言う。
そして辺りを見回すように首を回す。
「ところで、あと一人いないみたいだけど」

「“鈴木”?」
その時、Seaの後ろの方から声がした。
駐車場の入り口にいたのは、いつもの短くてハネのある頭。Sだ。手にはファストフードの紙袋を持っている。
「やあ、久しぶりだね」
SeaはSを認めると、少し嬉しそうに目を細める。
そうだ、今のSをこのバイトに誘ったのはSea(元S)で、元のバイト先も一緒だったから、二人には面識があるのだ。俺も彼らがファミレスのバイトだったらしいことまでは知っている。
「あ、髪を染めたのか。前は真っ黒だったのに、本当に青い髪になってるじゃん」
「髪の先だけね。僕の青く輝く髪にちょうどいいだろう?」
「鈴木、そういえば言ってたよな。自分の髪は珍しい、青く光る髪だって。俺はちょっとよくわかんなかったけど」
「……そういえば君はよくわからないと一蹴してくれたね」
通常人間の髪が青くなることはない。ただ、光の反射の加減で青く発光して見えることはある。彼の場合、地毛の黒髪がそうだったのだろう。
「いや、似合う似合う。つーか、無事で良かったよ。もうお前死んでると思ってたから」
「そう簡単には死なないさ。また君に会えて何よりだよ。
……ああ、でも一つ訂正させてもらおうか」
そこで彼はSに近づき目を見開いた。
「僕はもう鈴木なんて凡庸な名前ではないんだ。Sea、海を表すSeaだよ。
だからその名前で呼ばないでくれ。“(すめらぎ)くん”」

スメラギ?
そう呼ばれてSは顔をしかめる。
「そっちの名前で呼ぶなって」
「だったら、君も僕のことはSeaと呼んでくれ」
「わかったよ……変わらないな、まじ」
Sは呆れたように肩をすくめる。
スメラギ。その名前に聞き覚えがあったが、思い出せない。
どこかで聞いたような名前だが。
名前を聞いた後、LがSの方を見ていたのが気にかかった。
「さて。人も揃ったところだし、今日の仕事の話に移ろうか」
Seaが手をたたき俺たちに呼びかける。
いつのまにかあたりは暗くなっていた。



「今回は案件が2つ入ったんでね、君たちに分かれて担当してもらいたいんだ。いつもとは違う二人組でね」
Seaは手に持ったタブレット端末を操作し、俺たちに見せる。
提示されたのはSとL、Mと俺……Nという組み合わせだ。
いつもの組み合わせはSと俺、LとMだから、相方を交代した形となる。
それを確認すると、Lはすぐに不満そうに口を開く。
「なぜそんなことをするんだい? 別にいつものままでもいいと思うけど……正当な理由がないと納得できないな」
「まあ、聞いてくれ。これは君たちの適性を見て選んだ結果なのさ」
なんでも今回の妖怪は2つとも特殊なもののようだ。
「センター側もまだ詳細未確認のものでね。
そういう場合はその件にあたるバイトの人数を増やすんだが、君たちの適性を考えれば、この組み合わせなら2人ずつで対処できる」
だからこれでお願いするよ、とSeaは言う。
Lはまだ不満げだったが、Mはこくりと頷く。
「それが効率的っていうなら、それに従うべきよ」
「Mちゃんは判断が早いよ……」
そうLが愚痴るが、俺とSも特に不満はない。Lもようやく了承した。
全員が了承したのを確認すると、Seaは改めて俺たちを見回す。
「さあ、今日もよろしく頼むよ。
僕ら人間と妖怪の共存のために!」


**

「いつも通りMちゃんと一緒だと思っていたのになぁ」
集合場所の駐車場から指定された場所へ移動する車中、口を開いたのはLだった。
Lがワンボックスカーを運転し、Sは助手席に座っている。Sが持っていたハンバーガーの紙袋はSの目の前のダッシュボードに置かれている。
「あ、別に君と一緒が嫌だってわけじゃないからね。
むしろ君と一緒に仕事ができて嬉しいよ」
Lはさっきまでの不満そうな様子から一転、Sに朗らかに笑いかける。
「君のような有名人と一緒なんてね」
「……有名人?」
「だってそうだろ、君があの(すめらぎ)(のぞみ)くんならさ」
Sは表情を固くする。車中の温度が急に下がった気がする。
「……知ってたのか?」
「いや? さっきS……じゃなくてSeaさんが話してた名前でなんとなくね」
「ったく、あいつが余計なこと言うから……」
皇希。
十数年前、一時世間を騒がせていた名前だ。
地方の都市開発を中心に行なっていた皇グループの、一族焼死事件。グループ会長の誕生記念パーティーのため、個人所有の別荘に一族全員が集まっていた。
遺体が見つからなかったのは、社長家族の末っ子“皇希”ただ一人。そして現在まで彼は行方不明、ということになっている。
山奥の屋敷、火の気のないところで起こった事件だったため、放火の疑いもあった。
そんな状況で、ただ一人行方不明の人物に疑いがかかるのは、自然な流れともいえた。
「……あんたも週刊誌の記事とか気になっちゃうクチ?」
「まあ、話題になっているときにはそりゃ耳にしたけどね」
「それで、だったらどうするよ?」
SはLを横目で睨みつける。返答次第では対応を考えねばならない、という覚悟があった。
対してLは軽く返す。
「いやいや、安心してくれよ。僕がそれを知ったところで何もしないさ。
……だって、僕に何の利益もないだろう?」
「……そーですか」
さも当然かのように言われて、Sはいくらか気が抜けた。


カーブに差し掛かり、ガサ、と音がしてダッシュボードに置いていた紙袋が揺れる。Sは思い出したように紙袋を取り上げ、中を見る。
「あ、バーガーを渡してくるのを忘れたな」
「バーガー?」
「Nの分も買ってあったんだ。Lさんとやら、いる?」
Sは紙袋から一つハンバーガーを取り出した。
「いや、僕はもう食べてきたからね」
Lは少し考えてからつけたす。
「ああ、“夢喰い”用かい? 今日は別件が入っているし、無理にやらなくてもいいだろう」
妖怪の“夢喰い”は、ジャンクフードにつられて現れる。現れたところを捕獲するのだ。バイトの際は毎回捕獲するための罠を張っている。
「少し買いすぎたんすよ。あー、今夜はバーガー祭りだな」
「僕はずいぶんバーガーを食べていないな。
その香りもひさびさにかいだ気がするよ」
「えっ、バーガー食べないんすか」
「いや、食べるけど最近はって話さ」
ふーん、とSはハンバーガーの包みを開ける。
「というか、夢喰い用にあんたらも買うでしょう」
「ああ、僕らはバーガーじゃなくてスナック菓子とかで代用してるからね」
「えっ、バーガーじゃなくてもいいんすか」
「たしかそういう説明があったはずだよ」
「まじっすか」
Sはハンバーガーを一口食べた。
「久しぶりなら、なおさら。一個どうですか。うまいっすよ」
そしてLにまた勧めてみる。
「だから、もう食べてきたって言ったじゃないか」

**

「あ」
「……なにかあった?」
俺、NとMは、SとLが乗った車が駐車場を出てゆくのを見送る。
さて、俺たちも向かわなければというところで思い出した。
「バーガーをもらうのを忘れたなと思って」
「バーガー?」
「ほら、夢喰い用のですよ。ついでに自分が食べる分も買ってもらってたんです」
「……とはいえ呼び戻すわけにもいかないわ。
どこかで買っていく?」
「いえ、夜食は買ってあるんで大丈夫です」
「そう」

「あなたは来ないんですか?」
Seaは俺たちに説明をし終えると、ではこれで、と去ろうとするので俺が呼び止めた。
「僕は忙しいのさ」
「じゃあなぜわざわざここで打ち合わせだったんです?」
いつもは全てメールで連絡がくるのだ。
「まあ、急な話だったというのがすべてだけどね。メールをしている時間もなかった」
それと、とSeaは続ける。
「せっかくだからね、顔合わせは必要かと思ったんだ」
Seaはまた嬉しそうに目を細めてこちらをみる。
「その方が、心構えもできるだろう?」

何かあれば連絡してくれ、と言う言葉を残してSeaはどこかへ去っていった。
「Seaさんのことはよくご存じなんですか」
俺はMに聞いてみる。
「いいえ。バイトで数回会った程度よ」
「前からあんな感じの方で?」
「プライド高そうよね、彼」
Mは無表情でそんなことを言う。冗談なのか、本当にそう思っているのか判別がつかない。
「まあ、前と変わりないわよ。髪を染めてたのは初めて見たけど。
そういえば私たちにも自分の髪が青く見えることを話してたわ」
前から青い髪は彼のトレードマークだったようだ。俺たちも車に乗り込んだ。

「うわ、これなんですか」
ワンボックスカーの後部座席にはパソコンの本体らしきものや黒いアタッシュケースなど、いつものバイトの際には乗っていない器具が様々に固定され置かれていた。
「ほとんどパソコンとか、妖怪の“固有値”測定に必要な機材よ。おそらく必要ないとは思うけど、念のためお願いしておいたの」
固有値とは、妖怪の出す特有のノイズのようなものだ。測定をすることができればその妖怪の居場所を検索できるようになるという。
「この機材も運んでもらうけど、よろしくね」
「はあ、まあ」
よろしくね、の言葉に、さきほどLと別れる際にLから「Mちゃんをよろしくね」と笑顔で言われたのを思い出す。その目は笑っていなかった。
その目を思い出して少し身震いする。
今回は何事も起きないことを祈るしかない。

ただ、妖怪の対処と言う仕事で、何も起きないことなどあり得ないのだと、この時の俺は理解していなかったのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

⭐︎バイト: S

どちらかというと背は低い方。

ガサツなところがある。

ファミレスハンバーグが好き。

⭐︎バイト: N

どちらかというと背は高い方。

慎重派。

仕事が終わったらすぐに寝たい。

⭐︎バイト: L

背が高く、細身。

髪の一房を金髪に染めている。

常に明るく振る舞う。

⭐︎バイト: M

背は小さめ。ボブカット。

常に冷静で無表情。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み