文字数 891文字

 ジュッと熱で肉を切り裂く、湿った音が部屋に響き渡っている。額に滲む汗。部屋に窓は無い。空気は淀み、それがコンクリートで囲まれた空間に充満している。天井には幾つもの切れかけた蛍光灯が瞬き、灰色の壁は所々塗装が禿げ、ひび割れていた。部屋にはローラー式のベルトコンベアーが並び、数人の人影が動いている。奴らの音は聞こえても、直接話したことも無ければ、顔すらわからない。勿論、名前も知らない。ただ、遠くで奴らの音だけが聞こえてくる。単調で、デジタルな音声。顔らしきもの、例えば目、鼻、そういった顔を構成する要素は、断片的にしか思い出せない。今思えば奴らは皆、白い作業服を身に着けていた。
 部屋は規則的な金属音で溢れていた。ローラーが回転する機械的な冷たい音に混じって、レーザーメスが肉を切り裂く音が響く。人間の体毛を焼いた時のような臭いがたち込め、うっすらと白い煙があがった。テツヤがここで働き始めた頃、その臭いを嗅ぐ度に人間が火葬されて白い煙となり、空気中に拡散して行く様を想像して吐き気を催した。気分が悪くなり、部屋から出ようとして扉を開けると、そこにはもう一つ別の、重厚な鉄の扉があった。外に出ることができないと悟った時、眩暈を覚え、思わず鉄の扉に胃の中の物を全て吐いた。扉が所々錆付いている。きっとテツヤを含めた大勢の人々の吐瀉物によるものだ。重さを増し、完全に開かなくなってしまった扉。自らの手で、自らを閉じ込めているようなものだ。もし、扉を外から開けることができるとすれば、それは救世主であり、内から開けることができるとすれば、それは超越者である。どちらでもいい、この薄暗い工場で働く全ての者に、光を与える存在が現れて欲しい。しかし、そんな希望はすぐに消え、今では虚しさと諦めの境地で働き続けている。かつては必死に逃げ道を探したこともある。その度に行き止まり、立ち尽くした。いつも背後から人影が現れて、顔の無い奴らに連れ戻された。抵抗しなかった。初めの頃に、蹴られたり殴られたりしたからだ。顔に青黒い痣ができ、床に転がった時に味わった、あの冷たい硬質の床の感触が忘れられない。
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