十三

文字数 918文字

 すぐにミライだとわかった。ミライは薄手の黒いセーターに、グレーの落ち着いた膝上までのスカート姿で、ナチュラルなストッキングを履いていた。長い髪を後ろで束ね、形の整った耳が見えた。ミライは外出するところだったのか、帰宅したばかりだったのかわからないが、テツヤが扉を開けた時、一瞬目を丸くして、脱ぎかけの茶色いブーツ、いや、履きかけの? ブーツを片足に残したまま、玄関先に立っていた。テツヤを部屋に招き入れた。片方だけ履いていたブーツを脱ぐ時、テツヤが見つめていることに気がつくと、顔を紅くした。ブーツを脱ぐと、白い足首が現れた。踝の骨張ったところに、申し訳無さそうな筋肉、弾力のあるふくらはぎ、丸く綺麗な踵、膝、太腿。畳の上に敷いたピンク色のカーペット。ミライがクッションを差し出し座るように言った。台所で茶をいれて持ってきた。座る時に、脚をずらした拍子にスカートが捲れて、太腿の奥が一瞬見えた。顔を見た。目鼻立ちのよい、薄い横顔に微かな記憶が残っていた。
「おかえりなさい」
「ここは僕の部屋?」
「そうよ」
 出された茶を飲むと、ようやく気持ちが落ち着いた。
「ここはあなたの部屋。覚えてない? ここはあなたが蒸発する前に住んでいた部屋。覚えていないのは無理も無いわ。あなた倒れていたところを発見されて、ずっと病院のベッドで記憶を失ったまま、眠り続けていたんですもの」
 言葉を失った。
「戻ってきてくれてよかったわ。私、さっきあなたを探しに行こうと思っていたところだったのよ。あなた、病院で目が覚めて、ここに戻ってきて以来、目を離すとすぐにふらっとどこかへ行ってしまうから」
「ごめんよ、全く記憶に無いんだ。家を出た記憶も、戻った記憶も、病院の記憶も、何もかも全て覚えていない」
 顔が青ざめた。
「さあ、ご飯にしましょう。食事の支度をするわ」
「本当に心配かけてごめん。何かほっとしたら急に眠くなってきた、先に少し横になってもいいかな」
「もちろんよ、疲れたのね。食事は目が覚めてからにしましょう」
「でも、眠ってしまうのが怖いよ。目を覚まして、もし君が居なかったら」
 ミライが少し離れたところで微笑んでいるように見えたが、それからすぐに眠ってしまった。
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