文字数 712文字

 闇の中から音がする。鼓動か? 一定のリズムで脈打っている。その響きを感じているうちに、赤子のような気持ちになった。胎児として生まれる前の意識があるとすれば、こんな感じなのだろうか? 早く外に出たい。光の世界が恋しい。だが、まだ出口が見つからない。郷愁にも似た心の高ぶり。しかし、この先に何があるのかを知らない。不安が背筋に貼り付いている。心が闇の核に近づけば近づくほど、不安が深まった。汚れた尻がミライのものであると感じた時、愛情と嫌悪が同居した。分裂したような、自らの心に戸惑った。思わず叫んだ。
「誰でもいい、大声で叫んで、不確かなものをこの世に確定させてくれ! さあ、ミライ。僕たちは互いを存在せしめるために存在している。欲望のために君を作ったわけじゃない。さあ、出てきてくれ。そして、僕の名前を呼んでくれ!」
 声がコンクリート壁に反響して、奥へ奥へと木霊した。
「僕をたった一人にしないでくれ。僕はこの世界の誰一人として名を知らず、名を呼ばれたことも無い。お願いだからミライ、僕は声に出して君の名を呼び、君を存在せしめる。ミライ、世界でたった一人だけ、君のことを知っているのは僕だけなんだ。君は僕が存在して初めて、この世で存在できる。ミライ、早く姿を現して、僕の名前を呼んでくれないか。そうすれば、僕はずっと僕でいられるというのに!」
 叫びは、テツヤの心の空洞にも木霊した。走るのを止めた。闇の向こうに小さな明かりを見つけたのだ。これまで以上に急速に心が惹きつけられた。慎重に歩み寄った。明かりは次第に大きくなり、それは、ある部屋から洩れてくる明かりだとわかった。人影がある。人がいる。自分以外の誰かがその部屋にいる。
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