第57話 第三章/銅鏡の秘密 ゼムラ一族の過去 -2

文字数 2,439文字

 やがて陽がかたむき、山の(ふもと)にならんだ店の軒先が暗くなると、人びとは参道にでて列になり、むかいあう人垣をつくりました。

 ほどなく、参道の両側にならんだ松明(たいまつ)に火が(とも)されはじめて、人びとのざわめきがしずかになると、火は、山の麓から儀式のおこなわれる山上までの参道を登りあがりつつ下りながら、
やがて歓声とともに、闇の中に一本の道が(しる)されました。

 その……、二列の炎のあいだを、一際明るい松明が、むかいあわせの人の手から人の手へとわたされて、山上の入り口でまつ祭司のもへと運ばれてゆきました。

 やがて、ながい階段をのぼり上がった松明が祭司に差し出され、
火を()けた祭司が(ひるがえ)り――、生贄のそなえられた祭壇にむかってあるきはじめると、
儀式をまつ人びとの鼓動も、祭司のふみだす足のはこびにあわせて、一歩、一歩、と高鳴ってゆくのでした。

 祭司は、右手にもつ松明を高々と掲げると、権威をあらわす衣装のすそを引きずりながら、大地に敷かれたまっ赤な絨毯(じゅうたん)の上を、そろりそろりとすすんでゆきました。

 火は――、夜の(とばり)にかくれた人びとの顔を闇の中にうかび上がらせながら、時の流れを(おごそ)かにえがきあらわし、
やがて祭壇のまえにきてたちどまると、
人びとはいっせいに立ちあがり、
祷りの声は――、山上の広場にとどろきわたりました。

 静寂をやぶる(いの)りのなか、祭壇をのぼり上がった祭司が松明の一本一本に火を点しはじめると、
祭壇は、闇を照らす荘厳な光景となってうかびあがり、祷りのあいだ、薪に染み込んだ油を温めつづけました。

 やがてながい祷りの後、右手にあった松明が左手に持ちなおされると、
祭司は、右手に神聖な油壺を取って、薪の上に(かざ)して、中の油を薪全体に回しかけました。
 まもなく、油壺の油が(しずく)にかわり元の場所にもどされると、
左手の松明は右手に持ちなおされて高々と掲げられ、
火は、祭司の手をはなれて、薪のなかへと投げ入れられました。

 いつもであれば、生贄をつつみこんで立ち上がる炎をとおして、祭司の口より律法が(とな)えられ、儀式のクライマックスをむかえる場面でありました。

――が、

爆発音とともに炸裂(さくれつ)した炎は、生贄もろとも祭司まで呑みこんでしまいました。

 その瞬間――、

「しまった!」と口にしたのが、
人びとの中に紛れこんでいたサムの先祖でした。

 長い時間あたためられた油の燃焼力は、サムの先祖の予想をはるかに越えるものでした。
 サムの先祖はすぐにその場に走り、
身につけた上着を取って祭司のからだを覆いました。
が炎は、サムの先祖までつつみこみ、
――と、どうじに、

「たたりだ! これは神の(たた)りだ!」

と、人びとの中から声があがりました。

 するととつぜん、燃えさかる祭司は、
その口に――、

「た!、た!、り!」

と叫びながら、一族のいならぶ席をめがけて(はし)りだしました。

 それが――、一族の人びとにとって、

まるで
『祟りが跳んできた!』

かのごときであったろうことは、
逃げまどう姿からして明らかでした。


 山上の広場は騒然となり、一族の人びともその他の人びとも、迫りくる祟りから逃れようと、麓につながる階段めがけて一気に押しよせ、
つまずく人にうしろの人がつまずき、
そこへうしろの人がかさなり、と……、
人波は前へ前へと押し流されるように崩れはじめて、たちまち大勢の人を呑み込んで、サムの先祖の目論見(もくろみ)とはうらはらに、多くの犠牲者をだすことになりました。

『祭司と一族に祟りが下った!』

――という噂は、たちまち国中に広まり、
民衆は、権威を失った祭司と一族の屋敷を集団になって襲いました。

 なかには家財を奪うだけではおさまらず、命を盗る者まであらわれて、
祭司と一族は国を追われ、
世界各地に散り散りにされてゆきました。

 祭司と一族の独裁から民衆を救ったサムの先祖は英雄とたたえられ、後には国の始祖とあがめられて、律法にまつわる祭事は廃止され、国民主体の法が制定されてゆきました。


 その後――、
事の真相を知った祭司の家族と一族は、サムの一族への復讐を誓いあい、
ながきにわたる流浪のすえに、砂漠のオアシス一帯にひろがる土地を征圧して、
独立を果たしました。

 その指揮をとったのがゼムラの曾祖父(そうそふ)で、ゼムラの曾祖父は、建国と同時に、
サム一族に奪われた祖国を取りもどす計画を柱とする世界征服を(くわだ)て、
工作員の養成と、戦略兵器の開発に民族の力を結集させてゆきました。

 そのゼムラの曾祖父の時代、
ルイの祖父によって発見されたNEOエネルギーは、ゼムラの祖父と父によって、秘めたるその力に〝マギラ〟の名を与えられ、
開発なかばの兵器の心臓部に据えられることになりました。

 すると〝マギラ〟は……、
まるで深い眠りのなかから目覚めるように、
秘めた力を物理エネルギーにして活動をはじめると、
(あたか)も、ゼムラ一族の心のなかに燃え盛る復讐の炎を食するように、
未知なる力を増大させてゆきました。

 しかしその力は、
引き出されるほどに暴れる力をも増大させたために、開発にはおびただしい数の命の犠牲が伴いました。

 それを見兼ねたルイの祖父は、
制御不能に(おちい)った〝マギラ〟を停止させ、暴れる原因の究明に取りかかり、
〝マギラ〟は解体されて、
構成する素材や配合を換えながら、
エネルギーに変化を加える実験が来る日も来る日も繰り返されてゆきました。

 すると偶然……、
新米の研究員の手違いによって引き起こされた現象が循環作用(じゅんかんさよう)を生じさせて、暴れる性質は中和され、
ルイの祖父はそれを見逃すことなく本来の研究に組み入れて、
〝マギラ〟は、制御可能な状態にまで抑制されて、犠牲者の数も劇的なまでに軽減されてゆきました。


……こうして〝マギラ〟は、
ルイの祖父によるコントロール機能を得たことで、
ゼムラ一族のもたらす物理的力を保持したまま……、
人心をあやつる兵器となるべく、急速な進化を遂げてゆきました。


 それはまさに……、
祭司と一族の心のなかにつくりだす力を――現実的な力へと、
時代をまたいではぐくみ育ててゆくかのごときでありました。

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