第39話 第二章/ふたつの葛藤 生還 -3
文字数 2,455文字
サムはゼムラの目の奥をじっと見すえ、
「……ゼムラ。そなたがハンを誑 かしたのであろう」と投げました。
その問いに、ゼムラは一瞬、焦点を逸 らしましたが、咳ばらいをしてすぐに、
「陛下。なにを仰るかとおもいきや……、
わたしが殿下を誑かしたと?
わたしはこの国の将来のことを思い、
殿下のお役にたつことだけを考えて、
毎日毎日、誠心誠意お仕えしてまいってきたので御座います。
……陛下はきっと、
長旅のつかれで殿下の訃報をお聞き届けになれずに、
そのように、ありもしないことを仰るのでしょう。
陛下――、しばしの間ご静養なされませい。
ことの経緯は、そののちにくわしくおはなしいたします――」
サムは、そのふてぶてしくも平静をよそおい演じるゼムラの態度に、
「ゼムラよ、
そなたはなぜ、わたしが城に還ってきたそのときに、
真っ先に来てそのことを報せなかったのですか?
それが、そなたの役目というものではなかったのですか?」
と、問いただしました。
「これはこれはご無礼をば……いたしました」
とゼムラはかるく頭を下げて、
「じつは、殿下の喪 が明けてまもなく、
疲れが高じたせいか流行りの風邪をこじらせてしまい、寝込んでおりました」
ゼムラは二度三度とつづけざまに咳ばらいをしました。
サムは、またしばらくの沈黙をおいて、
「そなたの務めは……、
ハンの身のまわりの一部始終を見守ることにありました」
とそこまで言って、
じっとゼムラの答えをまちました。
「いかにも。 ……左様ですが?」ゼムラは、上目づかいにサムを見ました。
「……では訊くが。ハンが天に召されたあと、ハン宛てに報せがとどけられたことも、とうぜん、知っていますね」
その一瞬、ゼムラの眉がピクリとうごき、なにかを捜す瞬間をサムは見逃しませんでした。
「知っていますね!」
「陛下が……なぜそのことを」
「ゼムラ、わたしが訊いていることにこたえなさい!
遣いの者は、なんと?」
「遣いは……たしかに来ましたが、
わけのわからぬことを申すのですぐに追い返しましたが……、なにか?」
「遣いの者が――、なんと言ったのか、それをこたえなさい!」
「――陛下。どうも陛下のごようすがいつものとおりでは御座いませんな。
わたしが罪に問われるようなことでも、何か――?」
「……」
「……」
「じぶんから言いましたね、」
「……」
「遣いは、なんと――!」
ゼムラはじっとサムを見据え、
「イラが、役目を果たした、とか、なんとか」
「……」
「…………」
「それだけですか、」
「……それだけ?」
ゼムラの目が、焦点を失ったそのとき、
「――イラは、わたしの身代わりになったのです!」サムは言い放ちました。
広間がどよめき、その目がいっせいにゼムラにむけられました。
「――‼」
ゼムラの眼差しが、そのことばを撥ねつけ、
なにかを捜して一瞬暗くなり、
……しかし、なにかをみつけて不気味に光りました。
「ハンは、そなたには、なにもはなしてはいなかったのですか?」
「、、、、、、」
ゼムラは、そのことばを奥歯にはさんでギリギリと噛みつぶしました。
「ゼムラ。よくわかりました!
――皆も下がりなさい!
そして自分の持ち場にもどり、
今後の方針を伝えるまで控えていなさい!」
言い放ち、玉座を後に、部屋にもどって扉に鍵をかけました。
ゼムラは自室に入ると、家臣の胸ぐらをつかんで、
「イラが国へ帰っただと――!
ハンに、まんまと一杯食わされたぞっ!
ハンのもとに届けられていたのは、『武道の嗜 み』などではなかったのだ!
イラはサムの護衛について、その報告を、いちいち送ってよこしていたのだ!」
ゼムラは、差しむけた三人の刺客 がことごとくもどらぬ理由を、
このときはじめて知りました。
ゼムラにとって、
「サムが死んだ」という報告以外、
知る価値に値するものなどありませんでした。
したがって、
目の前からすがたを消したサムが、
その後どこを歩きどのような旅をつづけて……どこにたどり着き、
そして、どのようなできごとに関わっていたかなど、知 る由 もないことでした。
二日間泣きとおし、泪の涸れたサムは、顔をおこすと、ナジムを部屋によびました。
ナジムは部屋に入ると、昔の面影とはあまりにもかけはなれた、
目もとを窪ませ、ほほの肉のそげおちた、
まぶたを腫 らして立つ祖父に駆け寄り――、
幼かったころのままに抱きつきました。
「おじいちゃま――!」
そしてサムも、
すっかり成長したナジムを、
その父親、ハンのすがたにかさねて抱き締めました。
「おまえも、さぞかしつらかったであろうな」
そのことばに、ナジムは肩をふるわせました。
「ナジムや、おまえはいくつになった?」
ナジムは、顔をあげると、泪をぬぐって、
「はい。まもなく二十一歳になります」
「おーぉ、いつのまに」
サムは、ナジムの髪を両の掌 でなでまわしながら、その成長をたしかめました。
そして――、
「ところでナジム。ハンが亡くなるときには、おまえもそばにいたのかい?」
とナジムを見ました。
ナジムは、
「……はい。母上とお祖母さまといっしょに、父上の掌 をかわるがわるに摩りつづけておりました」と応えました。
「ほかの者は? ……いなかったのですか」
「はい。お医者さまと付き人がおりました」
「ゼムラは?」
その問いに、ナジムは一瞬顔をくもらせて、
「……先生は、いつも忙しくしておいでで、父上のそばにいることはありませんでした」
それをきいてサムは、ナジムの肩に手をやり椅子に座らせ、自分もその前に腰をおろして、
「ハンは亡くなるまえに、おまえに言いのこしたことはなかったのですか?」
ナジムは、
「はい……。
お祖父さまのことと、ゼムラ先生のこと。
それから〝マギラ〟のことについて、いろいろなおはなしをしてくださいました」
サムはナジムの両手を握りしめて、
「ナジム。わたしはそのことが知りたかったのだ。
――詳しくはなしておくれ」
と、ナジムの目を見つめました。
ナジムはうなずき、父の語ったはなしの断片を、つなぎあわせ、紡 ぎだすようにかたりはじめました。
「……ゼムラ。そなたがハンを
その問いに、ゼムラは一瞬、焦点を
「陛下。なにを仰るかとおもいきや……、
わたしが殿下を誑かしたと?
わたしはこの国の将来のことを思い、
殿下のお役にたつことだけを考えて、
毎日毎日、誠心誠意お仕えしてまいってきたので御座います。
……陛下はきっと、
長旅のつかれで殿下の訃報をお聞き届けになれずに、
そのように、ありもしないことを仰るのでしょう。
陛下――、しばしの間ご静養なされませい。
ことの経緯は、そののちにくわしくおはなしいたします――」
サムは、そのふてぶてしくも平静をよそおい演じるゼムラの態度に、
「ゼムラよ、
そなたはなぜ、わたしが城に還ってきたそのときに、
真っ先に来てそのことを報せなかったのですか?
それが、そなたの役目というものではなかったのですか?」
と、問いただしました。
「これはこれはご無礼をば……いたしました」
とゼムラはかるく頭を下げて、
「じつは、殿下の
疲れが高じたせいか流行りの風邪をこじらせてしまい、寝込んでおりました」
ゼムラは二度三度とつづけざまに咳ばらいをしました。
サムは、またしばらくの沈黙をおいて、
「そなたの務めは……、
ハンの身のまわりの一部始終を見守ることにありました」
とそこまで言って、
じっとゼムラの答えをまちました。
「いかにも。 ……左様ですが?」ゼムラは、上目づかいにサムを見ました。
「……では訊くが。ハンが天に召されたあと、ハン宛てに報せがとどけられたことも、とうぜん、知っていますね」
その一瞬、ゼムラの眉がピクリとうごき、なにかを捜す瞬間をサムは見逃しませんでした。
「知っていますね!」
「陛下が……なぜそのことを」
「ゼムラ、わたしが訊いていることにこたえなさい!
遣いの者は、なんと?」
「遣いは……たしかに来ましたが、
わけのわからぬことを申すのですぐに追い返しましたが……、なにか?」
「遣いの者が――、なんと言ったのか、それをこたえなさい!」
「――陛下。どうも陛下のごようすがいつものとおりでは御座いませんな。
わたしが罪に問われるようなことでも、何か――?」
「……」
「……」
「じぶんから言いましたね、」
「……」
「遣いは、なんと――!」
ゼムラはじっとサムを見据え、
「イラが、役目を果たした、とか、なんとか」
「……」
「…………」
「それだけですか、」
「……それだけ?」
ゼムラの目が、焦点を失ったそのとき、
「――イラは、わたしの身代わりになったのです!」サムは言い放ちました。
広間がどよめき、その目がいっせいにゼムラにむけられました。
「――‼」
ゼムラの眼差しが、そのことばを撥ねつけ、
なにかを捜して一瞬暗くなり、
……しかし、なにかをみつけて不気味に光りました。
「ハンは、そなたには、なにもはなしてはいなかったのですか?」
「、、、、、、」
ゼムラは、そのことばを奥歯にはさんでギリギリと噛みつぶしました。
「ゼムラ。よくわかりました!
――皆も下がりなさい!
そして自分の持ち場にもどり、
今後の方針を伝えるまで控えていなさい!」
言い放ち、玉座を後に、部屋にもどって扉に鍵をかけました。
ゼムラは自室に入ると、家臣の胸ぐらをつかんで、
「イラが国へ帰っただと――!
ハンに、まんまと一杯食わされたぞっ!
ハンのもとに届けられていたのは、『武道の
イラはサムの護衛について、その報告を、いちいち送ってよこしていたのだ!」
ゼムラは、差しむけた三人の
このときはじめて知りました。
ゼムラにとって、
「サムが死んだ」という報告以外、
知る価値に値するものなどありませんでした。
したがって、
目の前からすがたを消したサムが、
その後どこを歩きどのような旅をつづけて……どこにたどり着き、
そして、どのようなできごとに関わっていたかなど、
二日間泣きとおし、泪の涸れたサムは、顔をおこすと、ナジムを部屋によびました。
ナジムは部屋に入ると、昔の面影とはあまりにもかけはなれた、
目もとを窪ませ、ほほの肉のそげおちた、
まぶたを
幼かったころのままに抱きつきました。
「おじいちゃま――!」
そしてサムも、
すっかり成長したナジムを、
その父親、ハンのすがたにかさねて抱き締めました。
「おまえも、さぞかしつらかったであろうな」
そのことばに、ナジムは肩をふるわせました。
「ナジムや、おまえはいくつになった?」
ナジムは、顔をあげると、泪をぬぐって、
「はい。まもなく二十一歳になります」
「おーぉ、いつのまに」
サムは、ナジムの髪を両の
そして――、
「ところでナジム。ハンが亡くなるときには、おまえもそばにいたのかい?」
とナジムを見ました。
ナジムは、
「……はい。母上とお祖母さまといっしょに、父上の
「ほかの者は? ……いなかったのですか」
「はい。お医者さまと付き人がおりました」
「ゼムラは?」
その問いに、ナジムは一瞬顔をくもらせて、
「……先生は、いつも忙しくしておいでで、父上のそばにいることはありませんでした」
それをきいてサムは、ナジムの肩に手をやり椅子に座らせ、自分もその前に腰をおろして、
「ハンは亡くなるまえに、おまえに言いのこしたことはなかったのですか?」
ナジムは、
「はい……。
お祖父さまのことと、ゼムラ先生のこと。
それから〝マギラ〟のことについて、いろいろなおはなしをしてくださいました」
サムはナジムの両手を握りしめて、
「ナジム。わたしはそのことが知りたかったのだ。
――詳しくはなしておくれ」
と、ナジムの目を見つめました。
ナジムはうなずき、父の語ったはなしの断片を、つなぎあわせ、