第66話 第三章/銅鏡の秘密 裁判 -4

文字数 2,646文字

「ねがい? ……だと、」

「わたしは罪を犯しました。
 それは(いつわ)りのない事実です。
 しかしわたしは、あなたの言う罪人(つみびと)を知りません。

 これは神に誓って言います。
 もし無実のナジムを罰すれば、そなたは、神に対して(いつわ)りをおこなうことになるのです。

……考えてもみよ!
 そなたの言動は、〝マギラ〟を通して世界とつながれてゆくのです。
 そなたの一方的な道理など通らぬ。

 ここに集う他国からやってきた多くの人びとが、そなたの言動のひとつひとつを、
〝マギラ〟をもちいて切り取り、
貼りあわせ、
個人の解釈にして世界中に発信するのだ。

 しかもそれを……、
世界中の人びとが、
〝マギラ〟をつかい、自分流のアレンジにして拡散してゆくのです。

 つまり……、そなたの言動のひとつひとつが、そなたの本意とは別物の、
〝マギラ〟の創作物になって世界中にばらまかれてゆくのです!
 
――いまや世界は、〝マギラ〟がうごかしているのだ!」

サムのことばを聴きながら、ゼムラはそうか……と、思いました。

『たしかに……、サムの言うとおり、ここは慈悲をかけたようにふるまうほうが都合がよかろう。
 とにかく、クリーンなイメージさえ印象づければ、あとは何とでもなる。

 敵の命は、この手の中にあるのだから。』――と。

 ゼムラは立ちあがると、両手をひろげて、

「わが信仰の神は偉大である。
 とともに、たいへん慈悲深い神でもある。

 死に()くものの最期のねがいとあらば、聞きとどけることばもあろう。 

……申してみよ。」

 そのとき、ゼムラの思惑を察した数人の党員が立ちあがり手を叩くと、それはたちまち、場内を呑みこむ拍手の嵐になりました。

 その拍手の鳴りやむのをまって、
サムは――、

「ここにいるナジムと無実の村人にたいし、今後いっさい、暴力を行わない。
と、約束してほしい。
 願いは……、それだけです」

 サムのことばに、場内の目が、覆いの奥に一斉にむけられました。

「馬鹿な。血迷ったかサム! 
 ナジムがつねにおまえと行動をともにしていたことは、
だれもが知る周知(しゅうち)の事実。

 おまえの自白は、ナジムの自白もどうぜんなのだ。

 しかし――、先ほども言ったように、
村人に危害は加えないとやくそくしよう。

 ただし……、
村で収穫する作物や生産物は、
今後いっさい、わが国が徴収し管理する。

 だが勘違いするな。
 これは、村人に危害をくわえる――ということではないぞ。
 慈悲深い我が一族が、おまえたちを国民の一部とみとめて、
責任と役割をあたえるのだ! 

――ありがたくおもえ!」

 しかしこのあくまでも一方的なかんがえは、他国の人びとからしてみれば、
身包(みぐる)()ぎ取られ、丸裸にされてこき使われる。
……ようなことでした。

「ゼムラ――!
 そんな一方的な道理が通ると思っているのか。

 無実のナジムを罰し、そのうえ、村人の労働から得られるすべての報酬を奪い取ろうなどと、そんな人権を蹂躙(じゅうりん)する行為を、
世界がだまって見ているとでも思っているのか!

 だいいち、そんなことが知れれば、抑える者の不在となった村人が、(せき)を切ったように街に押し寄せ、
街の者とのあいだで引きおこされる争いが、はかりしれない犠牲者をつくることになるだろう。

 そんなことになれば、他国の人びとは自国へともどり、この国の(おろ)かさを言い広め、

 ゼムラ!――、
 国の内紛が、国を滅ぼす道へと引きずり込むことになるのだ!」

 サムはいのちをかけて訴えました。

 腕を組み、(あご)をしゃくりあげながら聞いていたゼムラは、
だれにもわからぬように舌打ちすると、さきほどよりもさらに声高に、

「フハハハハハーッ!
 サム――、
わすれるな。
 我が国には軍隊があるのだ。

 しかも我が国の科学力は、
ついに――、
〝マギラ〟を結晶化させ、

最終兵器に作り上げたのだ。

 ちょうどよい。
 そのときは、村人どもを実験台に替えるとしよう」
 そう言って口もとを歪め……、

「サム! そのとき〝マギラ〟は、
押し寄せる村人どもを、村ごと一瞬で焼きはらい、
その惨劇を、世界中が目の当たりにすることになるだろう。

 そのとき世界は――、
われわれを愚か者と笑うどころか、
……恐れおののき、
この力を求めて、奪いあいを引き起こすことになるであろう。

 わが国は、
『夢叶える自由と平和の国』であるとどうじに、
どのような侵略をもゆるさぬ、まさに、世界最強の国家なのだ!

 この国の自由と平和に危害をくわえる者には、
容赦なく鉄槌(てっつい)を下す――!」

 そう言いながらも、ゼムラは、
……しかし、たびかさなる改造によって、
制御機能を失った終末的(しゅうまつてき)破壊力(はかいりょく)をもし本当につかってしまったら、
その影響は……、
村はおろか、街の大半、いや……、
この国全体にまでおよびかねない・・ことを、心得ておりました。

 そこでゼムラは、次の手立てを講じることにしました。

 ゼムラはふたたび両手をひろげると、

「しかーし、
そのように惨いことは、我が神も望むところではない。

……よろしい。
ナジムは無傷で村へかえすと約束しよう!」

 そのとき、他国の人びとから拍手がおこり、
しかしゼムラは、手を(かざ)してすぐにそれを(さえぎ)り、

「ナジムよ!
 そなたは、村の住人たちがおとなしく裁きにしたがうように()(まと)めよ!

 ただし――、サムの命令にしたがい、タワー・オブ・ザ・ドリームに火を放った者を差し出すのだ。

 三日の猶予(ゆうよ)をあたえる、」

 ゼムラが言いおわるや、

「ゼムラ! それでははなしがちがう!」
サムは叫びました。

 ゼムラはすかさずサムを指差して、

「ばかな――!、
 村人全員を犠牲にするかッ!

 村の(あるじ)の犯した罪。
 本来ならば村人全員の死をもって償うべきところを、
のぼせあがるのもいいかげんにしろ!

 ナジムは、放火の犯人とひきかえに渡すのだ。

 おまえが主謀者であることはうごかぬ事実となった。

 しかしだれが……、

おまえ一人がのこのこやってきて、
警戒厳重なわが軍隊の警備の目をすりぬけて、
そのように、大それたことを為果(しおお)せたと信じよう。

 (よう)は、だれもがなっとくする放火の真犯人を引き渡せ。
と――、言っているのだ!」

 ゼムラは、左の(てのひら)で机を数回たたき、閉廷のことばを催促しました。


 こうして、裁判長の読みあげる復讐劇にそった判決文によって、裁判は締め括られました。


 ゼムラは、判決内容を聞きながら、

『ああ、――これで、

無念に散った先祖の霊前に、
サムの磔火炙りと、
その一族ともいうべき村人の虐げられるすがたを手向(たむ)けて、

そしてわたしは、……ついに、

この呪われた因縁の鎖からも、解きはなたれよう‼』


 
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