第12話 本気 元気 勇気

文字数 1,458文字

 翌朝、登校すると(たまき)はそろりと後ろの出入り口から教室に入った。  
普段は前方のドアを開けて、教壇に立つのだが。
高久(たかく)の席は、真ん中の列、一番後ろ。
あいうえお順で、本来は高久が前の方だったのだが勝手に席替えしてしまったのだ。
それ以降、勝手に席替えが横行し、今ではあいうえお順に出席を取ると、あちこちてんでばらばらに手が挙がるようになってしまった。
指導力の無さの表れ、と白鳥に指摘されたが、目が悪い生徒が前方に数名居るのも確かで、仕方なしとしたのだが。
「あ、キンタマ来たー」
びくっとして(たまき)は姿勢を正した。
担任の金沢環(かなざわたまき)の姿、今は中に高久(たかく)が入っているのは誰も知る(よし)も無いが。
(たまき)は扉を開けて入ってきた女教師の姿を見て、ほっとして胸をなでおろした。
割にまともな姿だ。
髪の毛はどうしようもなかったのだろう、つたないながらも後ろに一本に束ねてあり。
スーツはちょっと明るめのグレーのもの。
インナーがブラウスやシャツではなくティーシャツなのが残念だが、中身は男子高校生なのである。
頑張った方だ。
そうだ、褒めて伸ばさねばならぬ。
お前はよくやったと(たまき)高久(たかく)の健闘を讃えた。
クラス委員長の一本杉(いっぽんすぎ)が、立ち上がった。
「起立、礼、おはようございます」
号令と共に全員が従った。
「・・・おはようございます」
高久(たかく)も挨拶をすると当然のようにクラス名簿を開いた。
「では、出席を取ります。・・・麻生(あそう)君」
「はい」
安藤(あんどう)君・・・、笠井(かさい)君・・・橘内(きつない)君・・・」
はい、とあちこちから手が上がった。
「・・・高久(たかく)くん」
はい、とハラハラしながら手を挙げた。
目が合った。
高久(たかく)はにこりともしなかったが、目が笑い出しそうなのを堪えているのが分かった。
「・・・高橋(たかはし)君・・・土田(つちた)君・・・天童(てんどう)君・・・」
全員、合計三十人の名前を呼んで、高久(たかく)は、ぱたんと名簿を閉じた。
「全員出席ですね。・・・今日は、午後から避難訓練がありますから、放送があったら速やかに行動してください」
どうした。すごいまともだ。
(たまき)は感動を覚えていた。
「それでは、クラス目標唱和」
高久(たかく)がそう言うと、全員が昌和した。
「本気、元気、勇気!」
これこそ四月に皆で決めた目標なのである。
他のクラスは「真摯・努力・達成」や「精神一到」や「ボーイズビーアンビシャス」等、それぞれ個性が表れている。
クラス目標が決定して、学年会議で学年主任の白鳥に、小学生かと一度却下されたのだが、(たまき)が食い下がったのである。
自分たちで一番最初に決めたことを、ダメだ、やり直せと言いたくはなかったから。
全員が着席して、一限目の現代文の準備を始めた時、高久(たかく)が声を上げた。
高久(たかく)くーん、保健委員でしょー。あとでクラス分の保健だより渡したいから、保健室に来てください」
「・・・は、はい」
そうだ。高久(たかく)は保健委員であった。
彼は生き物委員か放送委員を希望したが、まさかのジャンケン三連敗で決まったのだ。
経緯はどうあれ、高久(たかく)と二人で話せる機会が多いのは助かった。
しかし、午前の授業が終わり、昼食の合図の音楽が放送された時にはもうぐったりで・・・。
内容自体は、まあ遠い昔とはいえ、知らぬことではないし、わからないとか戸惑いなどということはない。
だが、座ってほぼ四時間授業を受けるのがこんなにしんどいとは・・・・。
東海林(しょうじ)が声をかけてきた。
高久(たかく)、パン買って来るから!」
「・・・あー、保健室行って保健だよりもらってくるから、食べてて」
「オッケー。ほら、高橋(たかはし)、売り切れる!」
財布を握りしめた東海林(しょうじ)高橋(たかはし)が飛び出して行った。 
(たまき)は、しなのが持たせてくれた弁当を取り出すと、立ち上がった。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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