第14話
文字数 2,188文字
故郷の風景 その六
ところが、そんなわたしに、学校の先生が出す宿題以上の必然が現れたではないか。
日常のふとした瞬間、わたしは思い出したのだ。
幼稚園に通っていたころのわたしは、修一くんの背中におんぶされるたびに、「まみは、おおきくなったらしゅういちくんのおよめさんになるの」と言ってたらしいということを。
ただ、わたしに、その記憶はない。
「幼稚園に通っているころ、まみは、よく言ってたもんよ」と母さんが、教えてくれた。
いまのわたしの修一くんへの思慕を思えば、あばがちそれはウソじゃない、とうなずける。
すると、そううなずいてたわたしの頭にふと、素朴な疑問が湧いてきた。
そもそも、血の繋がった修一くんと、わたしは結ばれることができるのだろうか、という疑問が……。
やがて、その疑問は喜びと悲しさとをきっかり半分づつ伴いながら、わたしの小さな胸の中で、次第に、膨らんでいった。
結婚できるのか、できないのか。こうなったら、はっきりさせるしかないわね――それで、修一くんは「何等親」なのか、わたしは考えざるを得なくなったというわけ。
だったら、あれしかないわ、と少女探偵のわたしは自分にささやく。
ふたたび、父さんの書斎の冒険を敢行するのよ、というふうに。
父さんの書斎の扉をこっそりと開ける。
見ると、大きなマホガニーの机が設えてあるのが目に入る。その天板の上に、マックのノートパソコンが置かれている。
それを目にしたわたしは、ふふ、とほくそ笑む。少女探偵のわたしはなぜか、父さんのパスワードを知っているからだ
はやる思いで、パソコンを起動させる。ヤホー検索で、「とうしん」と打ち込んでみる。
「8等身」
いや、これじゃない。でも、待って。わたしは、何頭身だろう……いやいや、いまはそれどころじゃないわ。もちろん、興味津々だけど……。
それより、何等親かを調べないと。あった、これだ。
クリックすると、そこに説明書がある。
なになに、「四等親であれば大丈夫」――そう記されている。
じゃ、修一くんは、何等親になるの?
という問題が、にわかに浮かびあがる。
四等親であってほしい。そう願いつつ、『等親表』というのを見つけたわたしは、それと、にらめっこする。
でも、ややこしくてよく分からない。とにかく、ややこしいことを考えるのが、苦手なわたし――。
それでも、いまやその謎を解き明かすことだけをミッションとしている少女探偵のわたしは意識を集中させて、必死に、それに目を凝らす。
どうやら、三等親までには当てはまらないようだ。ややこしいことを考えるのが苦手なわたしでも、それくらいのことは理解できた。
やったー!!
思わず、わたしの頬がゆるむ。でもだからと言って、それでどうなるというわけではないけれど……。
それは、十分わかっている。けれど、わたしの妄想は勝手に羽を広げて、自由気ままに天を舞う。
そういえば――最近、社会の授業で習ったこの国の憲法をわたしは突然、思い浮かべる。それをくわえたわたしの妄想はさらに自由気ままに、天を舞う。
憲法には、こう記されている。この国に暮らす国民には『権利』と『義務』がある、と。それからすると、こうとも言えるのではなかろうか。
わたしは修一くんと結婚をする権利を有して、修一くんはわたしのプロポーズを受ける義務を有している、というふうに。
ふふふ――不謹慎ながら、わたしは勝手に憲法を弄び、罰あたりなことを妄想して、ひとり悦にいっている。身体的に大人になったわたしは最近、妄想までもが、どうも、おませになっちゃってるらしい。
身体的に大人――ふと、そのことばが念頭に浮かんだわたしは、いたずらな妄想から覚めて、ハッとわれに返る。
それと同時に、おぞましい大人という単語も、胸に痛く浮かんできたからだ。
知らないうちに、わたしも、そういう大人へと確実に近づいているのだろうか……。だったらイヤだな、とわたしはわけもなく思った。
修一くんは現在、上京して、東京の大学に通っている。たぶんいまは、三年生だったろうか? 留年していなかったら……。
別段、近くに住んでいるわけでもないし、家同士がとりわけて近しい間柄でもないのに、修一くんはなぜか、わが家にけっこう馴染んでいて、休みを利用して帰郷する際は、必ずと言っていいほど、わたしに顔を見せてくれる。
理由はよくわからないけれど、おばあちゃんは修一くんがわが家に顔を出すのを、あんまり歓迎していないみたい。それでだろうか。むしろ、母さんは歓迎しているようだ。
でもわたしは、二人の思いに翻弄されたりはしない。いつも、わたしはちがう感情を抱いて、修一くんをわが家に迎え入れている。
昔、わたしは、修一くんにおんぶしてもらって、「まみは、おおきくなったらしゅういちくんのおよめさんになるの」と言ってたらしい。
そんなわたしのことばを、修一くんはどんな顔をして、そして、どんな思いを抱いて、背中越しに聞いていたのだろう……。
答えをたしかめるのは気恥ずかしいし、まして、そういう勇気はいまは、ない。それでも、いつかたしかめられたらいいな、とは思っている。
それより、いまは修一くんの声が耳に届いていることが、何より、嬉しい。
おばあちゃんと母さんがいないぶん、それは、よけいに。
つづく
ところが、そんなわたしに、学校の先生が出す宿題以上の必然が現れたではないか。
日常のふとした瞬間、わたしは思い出したのだ。
幼稚園に通っていたころのわたしは、修一くんの背中におんぶされるたびに、「まみは、おおきくなったらしゅういちくんのおよめさんになるの」と言ってたらしいということを。
ただ、わたしに、その記憶はない。
「幼稚園に通っているころ、まみは、よく言ってたもんよ」と母さんが、教えてくれた。
いまのわたしの修一くんへの思慕を思えば、あばがちそれはウソじゃない、とうなずける。
すると、そううなずいてたわたしの頭にふと、素朴な疑問が湧いてきた。
そもそも、血の繋がった修一くんと、わたしは結ばれることができるのだろうか、という疑問が……。
やがて、その疑問は喜びと悲しさとをきっかり半分づつ伴いながら、わたしの小さな胸の中で、次第に、膨らんでいった。
結婚できるのか、できないのか。こうなったら、はっきりさせるしかないわね――それで、修一くんは「何等親」なのか、わたしは考えざるを得なくなったというわけ。
だったら、あれしかないわ、と少女探偵のわたしは自分にささやく。
ふたたび、父さんの書斎の冒険を敢行するのよ、というふうに。
父さんの書斎の扉をこっそりと開ける。
見ると、大きなマホガニーの机が設えてあるのが目に入る。その天板の上に、マックのノートパソコンが置かれている。
それを目にしたわたしは、ふふ、とほくそ笑む。少女探偵のわたしはなぜか、父さんのパスワードを知っているからだ
はやる思いで、パソコンを起動させる。ヤホー検索で、「とうしん」と打ち込んでみる。
「8等身」
いや、これじゃない。でも、待って。わたしは、何頭身だろう……いやいや、いまはそれどころじゃないわ。もちろん、興味津々だけど……。
それより、何等親かを調べないと。あった、これだ。
クリックすると、そこに説明書がある。
なになに、「四等親であれば大丈夫」――そう記されている。
じゃ、修一くんは、何等親になるの?
という問題が、にわかに浮かびあがる。
四等親であってほしい。そう願いつつ、『等親表』というのを見つけたわたしは、それと、にらめっこする。
でも、ややこしくてよく分からない。とにかく、ややこしいことを考えるのが、苦手なわたし――。
それでも、いまやその謎を解き明かすことだけをミッションとしている少女探偵のわたしは意識を集中させて、必死に、それに目を凝らす。
どうやら、三等親までには当てはまらないようだ。ややこしいことを考えるのが苦手なわたしでも、それくらいのことは理解できた。
やったー!!
思わず、わたしの頬がゆるむ。でもだからと言って、それでどうなるというわけではないけれど……。
それは、十分わかっている。けれど、わたしの妄想は勝手に羽を広げて、自由気ままに天を舞う。
そういえば――最近、社会の授業で習ったこの国の憲法をわたしは突然、思い浮かべる。それをくわえたわたしの妄想はさらに自由気ままに、天を舞う。
憲法には、こう記されている。この国に暮らす国民には『権利』と『義務』がある、と。それからすると、こうとも言えるのではなかろうか。
わたしは修一くんと結婚をする権利を有して、修一くんはわたしのプロポーズを受ける義務を有している、というふうに。
ふふふ――不謹慎ながら、わたしは勝手に憲法を弄び、罰あたりなことを妄想して、ひとり悦にいっている。身体的に大人になったわたしは最近、妄想までもが、どうも、おませになっちゃってるらしい。
身体的に大人――ふと、そのことばが念頭に浮かんだわたしは、いたずらな妄想から覚めて、ハッとわれに返る。
それと同時に、おぞましい大人という単語も、胸に痛く浮かんできたからだ。
知らないうちに、わたしも、そういう大人へと確実に近づいているのだろうか……。だったらイヤだな、とわたしはわけもなく思った。
修一くんは現在、上京して、東京の大学に通っている。たぶんいまは、三年生だったろうか? 留年していなかったら……。
別段、近くに住んでいるわけでもないし、家同士がとりわけて近しい間柄でもないのに、修一くんはなぜか、わが家にけっこう馴染んでいて、休みを利用して帰郷する際は、必ずと言っていいほど、わたしに顔を見せてくれる。
理由はよくわからないけれど、おばあちゃんは修一くんがわが家に顔を出すのを、あんまり歓迎していないみたい。それでだろうか。むしろ、母さんは歓迎しているようだ。
でもわたしは、二人の思いに翻弄されたりはしない。いつも、わたしはちがう感情を抱いて、修一くんをわが家に迎え入れている。
昔、わたしは、修一くんにおんぶしてもらって、「まみは、おおきくなったらしゅういちくんのおよめさんになるの」と言ってたらしい。
そんなわたしのことばを、修一くんはどんな顔をして、そして、どんな思いを抱いて、背中越しに聞いていたのだろう……。
答えをたしかめるのは気恥ずかしいし、まして、そういう勇気はいまは、ない。それでも、いつかたしかめられたらいいな、とは思っている。
それより、いまは修一くんの声が耳に届いていることが、何より、嬉しい。
おばあちゃんと母さんがいないぶん、それは、よけいに。
つづく